第26話 千年前の”誓い”

 ユーフェミアとヘグニが屋敷のある丘の近くまで戻ってきた時には、既に日は暮れて、夜ももうずいぶん遅くなっていた。

 電気の無いフェンサリルでは、辺りは一面の闇に沈み、村のほうは灯り一つなく寝静まっているようだ。

 子犬のフェンリスも、二人の帰りが遅くて待ちくたびれたのか、ヘグニの小屋の前で丸くなって寝入っている。起こすのも可愛そうなので、今日はそのままにしておくことにした。

 小屋の側で馬を降りると、ユーフェミアは、手綱をヘグニに託した。

 「それじゃ、私は屋敷に戻りますね。警官の人たち、今日はもうここには寄らないと思いますが、もし何か聞かれたら…」

 「ええ、承知しております。」

ヘグニは頷いて、馬たちのほうに視線をやった。

 「ユーフェミア様のこと、それにローグ殿のことをよそ者に漏らさぬよう、村の者たちにもそれとなく口止めしておきます。馬は、明日にでもホテルに戻しましょう」

 「ありがとうございます」

月は、まだ出ていない。それとも雲に隠れているのかもしれない。やはり起こしてでもフェンリスを連れてくればよかったかもしれない、などと思いながら、ユーフェミアは、月明かりのない薄暗がりを丘に向かって足を急がせた。

 知っている道だと言うのに、全く灯りの無い暗がりというのは、ひどく不安になる。

 (今日はヘビ除けの御守りを持ってきたし、途中で襲われることは無いはずだけど…)

森の木陰に入ったところで、ユーフェミアは、ほっと一息ついた。

 昼間は薄暗く不気味で、村の人々からさえも恐れられている森だが、この森は番犬ガルムの領域なのだ。ここまで来れば、もう、何かに悪さをされることは無いはずだった。

 「グルゥ」

影の中から、帰りを待っていたらしい巨狼の輪郭が浮かび上がる。

 「ただいま。待っててくれて、ありがとう」

 「……。」

狼の湿った鼻面を撫でて通り過ぎようとした時、ユーフェミアはふと、ガルムがじっと自分の胸元を見つめたままなのに気がついた。

 「あ、…もかして、気がついたの? これ」

胸元のポケットから黄金の腕輪を取り出すと、狼犬が一瞬、たじろいだような表情を見せた。

 「お墓で、お祖父さんの幽霊に会って受け取ったの。」

 「……。」

鼻面で、そっとユーフェミアの腕を押す。

 「え、着けてろってこと? でも、これ、すごく重たいわよ。それに、あんまり持ち歩くものじゃないと思うんだけど…」

 「………。」

狼犬は、なおも促してくる。ユーフェミアは、渋々と腕輪を自分の腕に嵌めた。

 「これでいい? でも、寝る時くらいは外させてよね。それじゃガルム、おやすみなさい。」

 『…ああ。ごゆっくりお休みください、族長ゴジ…』

 「え?」

嗄れた、低い声が聞こえたような気がして振り返った時には、もう、灰色の巨狼の姿はそこから消えている。

 (いま、ガルムが喋った? …まさか、この腕輪のせい?)

ユーフェミアは、自分の左腕に嵌めた、ずしりと重たい腕輪を見下ろした。

 明るいところで確かめてみなければ細かい細工までは分からないが、その腕輪には、絵本では見たことのない、何を意味しているのか分からないルーンが刻まれている。――もしかしたら、それが何か魔法のような効果を生み出しているのかもしれない。

 (…まさかね。でも、…明日、もういちど確かめてみなくちゃ)

腕輪を嵌めたまま、ユーフェミアは屋敷へ向かう最後の階段を駆け上がった。

 日が暮れて、そろそろ小人たちが仕事をはじめている時間だ。

 遅い昼食を食べてから何も口にしておらず、お腹もぺこぺこだ。何か作ってもらったら、小人たちへの報酬の酒を準備して…。それから…。


 次にやるべきことを考えながら扉を開くと、玄関にいた小人たちの動きがぴたりと止まった。

 あっけにとられたような顔をしてユーフェミアを見つめ、どこか気まずそうに、おずおずと一歩下がる。

 「…え、何?」

 「おや、お帰りでしたか、ご主人様」

小人たちの奥からドゥリンがにこやかに進み出てくる。彼だけは、いつもどおりのようだ。

 「”支配の腕輪”をお持ちになって戻られたので、みな驚いているのでしょう。気にされずともよろしいですよ。それは、ヴァニール族の族長ゴジがお持ちになるはずのものでしたから」

 「え? 支配の腕輪? そういう名前なの、これって」

ユーフェミアは、左手の腕輪を玄関の灯りに翳してみた。何か魔法的な効果のあるものだとは思っていが、黄金の杯とどこか似た意匠で、ただの骨董品とは思えない雰囲気を纏っている。

 眺めていた時、おぼろげに記憶が蘇ってきた。

 (そうだ。これって確か、幻の中でみた過去の族長――ヘルガが身につけていたものじゃない?)

だとしたら、千年前から受け継がれている貴重な遺物のひとつだ。

 ユーフェミアは、慌てて服の袖で腕輪を隠した。

 「支配とか、そんなつもりじゃないのよ。これ、塚でお祖父さんの幽霊に渡されたの。ガルムも、身につけていろっていうから…」

 「ええ、ええ。肌身離さずお持ちになることをお勧めいたしますよ。それは、神代から伝わる最も強力な神器の片割れ。かつてこの島に住んだ、九つの種族を支配する力を持つもので、エーシル族の受け継いだ”支配の首輪”と対を成すものなのですから」

 「……。」

ユーフェミアが、反応に困って黙っているのを見て、ドゥリンはわざと陽気に笑った。

 「おっと、余計な話が過ぎましたな。お疲れでしょうから、どうぞ、食堂のほうへ。夕食をお持ちいたします。それと――」

台所のほうに去りかけながら、彼は意味深に目配せしてみせた。

 「狂戦士ベルセルク殿が、お帰りをお待ちでしたよ」

 「…ローグさんが?」

そういえば、一緒に三人組を探しにいくか尋ねた時、ローグは、行かないと答えたあと、何か言いたげな顔していた。

 もしかしたら、行きずりだったとはいえ一時的に行動を共にしていたのだから、その後のことは気になっているのかもしれない。あとで、今夜の顛末を伝えよう。


 食堂で椅子に腰を下ろしていると、しばらくしてローグが部屋に入ってきた。

 「戻っていたのか。」

どこかそわそわした様子で、側に立つ。

 「ただいま。夜ご飯は、もう食べました?」

 「…メシはどうでもいい。聞きたいことがある」

 「いいですけど…とりあえず、座ったらどうですか?」

ユーフェミアの前には、小人たちが手洗い用の水の入った器や、夕食を盛り付けた皿などを次々と運んで来ている。

 彼女の腕にある腕輪に気づいて、ローグの眉が微かに跳ね上がった。

 「その腕輪…。」

 「ああ、これ、塚に行った時に、お祖父さんの幽霊から受け取ったんです。…って、この説明も何回目かな。あの三人、塚に穴を開けて侵入してたんです。残念だけど、一人は亡くなってました。ご先祖様たち、ものすごく怒ってたみたいで…」

 「ふん、墓荒らしには当然の顛末だな。生き残った連中もたっぷり呪われていればいいんだが。まあ、そんなことはどうでもいい」

 「え? それじゃ、話したかったのって…」

あの三人のことではなかった?

 ローグは、深い溜め息をついた。

 「今朝、あんたが言い捨てていったことのほうだ。」

 「今朝…? あ! お祖父さんの書き置きの件?」

 「千年前の因縁、だ。まったく、自分の言いたいことだけ言いたい放題して行きやがって」

言いながら、乱暴に椅子に腰を下ろして傍らに抱えていた剣を立てかける。

 「夕飯までには帰って来るから食堂に来い、と言ったのは、そもそもお前だぞ」

 「そうでしたね」

 「で、だ。…うん。その…」

勢いよくやってきたわりに、ローグは何やら、言いづらそうにしている。ユーフェミアのほうは、食事を口に運びながらローグが話し出すのを待った。

 「あー…。その、何だ。あんた、生まれ変わり、って信じるか」

 「え? どうしたんですか、いきなり」

 「いや…。」

どうにも、歯切れが悪い。

 しびれを切らしたのか、ローグの足元にいた黒い熊が、ローグの隣の椅子に、ひょいと飛び上がった。

 『つまりは、アタシたちの事情を説明したいってことだよ。こらシグルズ、あんた、話すってもう決めたんでしょうが。しゃんとしなさい』

 「うっせぇなクソババア。どう説明したらいいか…考えてたんだよ…」

 「あ、」

思わず、ユーフェミアの手からパンが落ちた。慌てて、左腕の腕輪に視線を落とす。

 「カーラさんの言葉も分かる…?! やっぱり、この腕輪ってそういう魔法の力があるの?」

 『そりゃそうだろ。”支配の腕輪”は、この島にかつて住んだ九つの種族すべてを支配する。つまり、すべての種族の言葉を理解する。魂だけの存在や、化生けしょうも含めてね』

 「化生…?」

 『アタシみたいな人間の成れの果ての化け物のことだよ。お察しのとおり、アタシは千年前、終末の戦いで死にきれなかった”熊の氏族クラン”の女戦士カーラさ。”誓い”の条件が果たされるまで氏族クランの末裔たちを守護し、生き残らせ、戦場に戻らせる役割を持つ』

 「――で、こいつに目をつけられ、取り憑かれた俺は、嫌だろうが何だろうが戦場に戻らなきゃならん宿命ってやつを背負わされてる。終わらなかった戦の舞台となったアスガルド、このフェンサリルの地にな」

ローグが、ため息まじりに口挟む。

 「…それが、”千年前の因縁”ってこと?」

 『そういうこと。この子が因縁を断ち切って”誓い”を終わらせてくれりゃあ、アタシの魂も解放される。ただ、厄介なことに、その因縁を断ち切る条件が分からないんだ』

熊は、トン、とテーブルの上に載った。灯りに照らされても影は落ちておらず、体の重みも感じない。姿は半透明で、部屋の向こう側の灯りが透けて見える。

 『アンタのような”黄金の一族”とは別に、アタシたち狂戦士ベルセルクにも、生来持つ魔法の力がある。”獣の力を借り、正気を失う代わりに人の器を外れた尋常ならざる力を発揮し戦い続ける”という力。――狂戦士ベルセルクと呼ばれる由縁だよ。

 ただし、この力を使いすぎれば本物の獣と成り果てる。正気を失ったまま戻れない者は、一族の討伐対象となってしまうんだ。ごく稀に、アタシみたいに獣の姿のまま正気を取り戻す者もいるんだけど…まあ、正気を取り戻したところで人間の肉体のほうが耐えきれず、こうして影みたいな魂の姿になっちまうんだけどね』

 「それじゃカーラさんは、本当に、シグルズのお姉さんだったカーラさんなのね?」

 『そうだよ。信じる?』

ユーフェミアは頷いた。中央島セントラルならともかく、ここはアスガルドだ。信じる、信じないの問題ではなく、実際に目の前で起きていることかどうか、だ。

 「だけど、魂になっても獣の姿のままだなんて…あっ?! それならもしかして、外にいる、あのガルムも同じ、ってこと?」

 『多分ね。最初は全然ニオイがしなくて分からなかったけど、多分、あれは狼の氏族クランの誰かなんだろうね。確か、ヘルガ様に使えてた狼の氏族クランの戦士が何人かいたはず。ま、だとしても、アタシのような守護霊とは別物だよ。守護霊なら自分の一族に憑くはずなんだ。”狼”の一族が死に絶えちまって憑く相手もいないんなら、もはやただの亡霊だね』

 少しずつ謎が氷塊していく。

 と同時に、新たな謎がいくつも浮かんでくる。

 カーラは何故、ローグをこの島へ連れてきた? ”誓い”とは一体、何のことなのだろう?

 ユーフェミアの表情から聞きたいことを察したらしく、黒い熊は、笑みに似た表情を浮かべて続けた。

 『さっき、その子が生まれ変わりの話をしただろ』

 「ええ」

 『アンタが嵌めてる、その”支配の腕輪”には、支配する九つの種族の者たちに、魂をかけた”誓い”を成させる魔力がある。たとえば、”命がけで自分を守れ”と命じて誓わせれば、誓った者は本当に命を賭けて、それこそ死をも厭わずに主人を守ることになる。”決して裏切るな”と命じて誓わせれば、裏切った瞬間に命を失うことになる。

 …で、厄介なことに、この支配の力っていうのは、腕輪を嵌めた者の魔力次第で効果が強まるらしくってさ。…つまり、本当に力をを持つ者が使用すれば、魂までも束縛することが可能になる。”誓い”が果たされるまで、或いは”誓い”を実行する魔力が薄れるまで、”誓い”を成した者は何度でも転生させられるんだ。』

 「えっ…」

ユーフェミアは思わず、隣で苦々しい顔をしているローグを見やった。

 ということは――まさか。

 『愚弟のシグルズはね、この千年ずっと、”誓い”に縛られて何度も転生させられてるんだよ。これで四度目。アスガルドまで来たのは、今回が初めてなんだけどね』

 「そんな! もう千年も経ってるのに、未だに行動を縛られるなんて…それじゃまるで、呪いみたいなものじゃないですか!」

 「だから言っただろ。”厄介な呪い”だって」

ローグは、ため息をついた。

 「かつての俺は、雇い主だったヴァニールの族長ヘルガを守りきれずに死んだらしい。だが、”誓い”の相手が死んだのなら、契約としては終了のはずだ。なのに、いまだにヴァニールとの契約が終わっていない…なのに、何を誓ったのか俺は全く覚えていない。厄介なことに、まずはそこから探り出さなきゃならなくてな。」

 『で、アタシは愚弟に付き合って、こうして守護霊として、一族の中に愚弟の魂が転生してくるたびに面倒みてやってるってわけさ。まぁそれ自体はべつに迷惑じゃないよ。この子とは腐れ縁みたいなもんだと思ってるし』

黒い熊は、自分でそんなことを言ってクックッと笑う。

 「…ってことは、つまりローグさんは、古い歌にある英雄シグルズの生まれ変わり、ってことですよね? それで、今のローグさんが、千年前にシグルズさんの果たせなかった”誓い”を果たせれば、カーラさんも解放されるんですか」

 『多分ね。アタシの心残りなんて、この子のことくらいだろうし』

 「ただ厄介なことに、俺のほうを縛ってる”誓い”――”呪い”は、単にこの城に戻って来るだけじゃ解けない類のものだったらしい」

ローグは、立てかけていた剣を布の包みから取り出し、柄の部分をユーフェミアの前に突き出した。

 そこには古びた金属板が嵌め込まれている。刃や柄は近代に新しく作り直されたものだが、そこだけは、かなり古い時代の遺物に見えた。

 金属板の上に描かれた文字のようなものを見た時、ユーフェミアは、はっとした。

 「これ…ルーン…?」

 「”守護”のルーン。そして”力”のルーン。どちらも、戦場に立つ時に主となる”黄金の一族”から与えられるものだ。千年前の戦場で使われていたものを、俺のご先祖様がアスガルドを離れる時に携えて行った。で、代々、熊の氏族クランの族長が、愛剣に嵌め込んで使って来たんだ。」

 『ただ、このルーンは、ヘルガ様に与えられたものじゃないんだよ』

と、カーラ。

 『アタシはヘルガ様の魔力を覚えてる。…それとは違う。これは、フレヴナ様の魔力だよ』

 「フレヴナの…?」

 「そう。よりにもよって、”呪われた最後の族長”のな」

ユーフェミアは、まじまじと剣の柄に嵌め込まれた金属板を見つめた。

 「でもフレヴナは、いつ、これをシグルズさんに? 族長を継いだのは、ヘルガさんが亡くなった後のはずですよね。その時にはもう、戦いは終わっていて、シグルズさんも死んでいたんじゃ…」

 「それが分からないから困ってるんだ。何でこれが後生大事に伝来されてるのかもな」

 『アタシの記憶にも無いんだよね。あの最後の戦場、アタシは愚弟とはべつの場所で、正気を失うまで戦っていたらしい。気がついた時にはもう、この姿になってたからね。…もしかしたら、シグルズが”誓い”を立てた相手はフレヴナ様のほうだったのかもしれないのさ。

 で、相手が誰であれ、当時交わされた”誓い”を果たさない限り、――或いは、この”誓い”の効果が尽きるまであと何百年か、アタシたちの魂は解放されない』

カーラは口元を歪める。

 『と、まあ、これがアタシたちの事情なのさ。アタシたちは何とかして、解放の条件を探さなきゃならない』

 「…なるほど。それで、私がフレヴナだって言った時に、あんなに動揺してたんですね」

ユーフェミアは腕組みをしてしばらく考え込んだのち、ひょいとパンを手にとった。

 「とりあえず、ご飯が冷めちゃうので先に食べてから考えることにしましょうか」

 「おい! ここまで聞いといて、今それか?!」

 「だって、勿体ないじゃないですか。せっかく小人たちが作ってくれた夕食…。中央島セントラルじゃ、こんなに豪華なご飯なんて一年に一度くらいしかでなかったんですよ?!」

 「どういう生活してたんだよ、あんた。…まったく…。」

ローグは頭を抱え、カーラのほうはクックッと笑っている。

 『まあ、良かったじゃないかシグルズ。こちらのお嬢さんは、あんたに酷い呪いをかけるような相手じゃあなさそうだよ』

 「良くねえよ。”誓い”を果たさなければ解放されないにしても、その”誓い”とやらが何だったのかが分からねえんだぞ。会ったことも覚えてもいない女の呪いで何度も生まれ変わりを続けさせられた挙げ句、誓いを果たせなければ一定年齢で死ぬ、なんて、どうしろっていうんだよ。」

スプーンでスープをすくっていたユーフェミアの手が、思わず止まった。

 「…”死ぬ”? そういえば、前にもそんなこと言ってましたけど…」

 『ああ、言ってなかったっけ? そうなのよ。今までの三度の転生では、シグルズはアスガルドへ向かわず、時には戦士としての人生すら歩まずに暮らしていた。でも、必ず同じ年齢で死んでしまった。事故、病気、いずれも原因は違っていたけれど、シグルズが戦死したのと同じ年、二十二歳で――』

 「……。」


 ”運命の足音を聞いたのです”


 ユーフェミアが思い出していたのは、父の残した、投函されることのなかった手紙に書かれていた内容だった。

 千年前、フレヴナの父は、フレヴナがまだ幼い頃に巨人族との戦場に斃れてこの世を去った。それは、自分の父が若くして死んだことと何か関係しているのだろうか? 父も転生を繰り返していて、毎回、同じ年齢で…


 いや。まさか、そんなはずはない。

 父は、”誓い”に縛られていたわけではないはずなのだから…。


 「すいません。正直、何にもわからないんですけど、…その”誓い”、私なら解除できると思います?」

 「それは、こっちが聞きたい」

ローグは、剣を元通り布に包みながら不機嫌そうに言う。

 「今となっては、あんたは誰にも文句のつけようのない正当なクリーズヴィ家の当主、”支配の腕輪”の持ち主だ。なら、新しい”誓い”で上書きするか、過去のものを破棄することも出来るかもしれない」

 『アタシは正直、その案はお勧めは出来ないねえ』

と、カーラ。

 『束縛が千年も続いてるってことは、フレヴナの魔力は相当に桁外れなものだったんだと思うね。お嬢さんに、それを上回るだけの魔力が無けりゃ、悪化するか、共倒れになるだけさ』

 「じゃあ、どうしろと? あんたの言うとおりアスガルドへ来て、この城を歩き回って、関係のありそうな場所も周ってみたが全く効果無しだ。大噴火はとっくに終わり、巨人族は滅び、終焉の戦いも千年前に終結してる。これで”誓い”の内容が”戦いを勝利に導く”とかなら、達成不可能な条件だ。手詰まりじゃねえか。何が望みなんだよ、亡霊め。クソッ」

 ローグの苛立ちをよそに、手と口を動かしながらも、ユーフェミアは、腕輪に視線を落として考え込んでいた。

 魂さえも縛り、何度も生を与えて”誓い”を果たさせようとする強力な魔法。

 実感は湧かないが、実際に千年前を生きていたカーラの魂がそこにいる以上、信じる他にない。

 それに、自分がこれまでに繰り返してきた、死んでは同じ時間に戻る繰り返しの現象も、敢えて言うならば転生に近い現象だ。

 おそらく、ローグの探している”千年前の因縁”と、祖父エイリミの書き残した”千年の因縁の起点”とは、同じものを指しているのだろう。


 フレヴナは――

 ――霧の中に見た限り、気弱で、自分の責務におびえているだけだったあの少女は、一体、最後の戦いの中で何をしていた…?


 空になった食器を前に、ユーフェミアは、勢いよく席を立った。

 「よし。寝ます」

 「…は?」

ローグは、ぽかんとして彼女を見上げている。

 「私、どういうわけか眠るとフレヴナの記憶を夢に見ることが出来るんです。今までは偶然だったけど、今日は狙ってみるわ」

 「狙う、…って、おい…」

 「誰も知らないし覚えていないことなら、本人の記憶でも覗くしかないでしょ。私だって、”呪い”の始まりを知りたいんです。何か分かったらお知らせしますね。それじゃ、また明日。おやすみなさい」

 「……。」

あっけにとられたまま、青年は何も言えずに固まっている。

 ユーフェミアの食事が終わったのを見て、小人たちが食器の片付けのためにどこからともなく現れた。

 「さて、と」

休む前に、小人たちのための今日の報酬を台所の容器に満たしておかなくては。

 頭を抱えているローグと、苦笑いしているカーラを食堂に残したまま、彼女は、寝室に黄金の杯を取りに戻っていったのだった。

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