終着

 空気がより重くなっていくと激しい揺れと共に迷宮の床が抜けてエルクリッドは落ちかけるも、すぐに足場を蹴って跳んで何とか先へと乗り移り、すぐにセレッタのカードを抜く。


「セレッタ、力を貸して……!」


 水流と共に華麗に現れる水馬ケルピーセレッタがその背にエルクリッドを乗せ、彼女がしっかりたてがみを手綱代わりに掴むと嘶いてから一気に駆ける。

 床が抜けようとも華麗に飛び越え、破片から破片へと跳んで一気に距離を稼ぎ、途中崩れてくる燃える天井にも水魔法による壁を作り対処していく。


 セレッタの背に乗りながらエルクリッドは周囲の景色がさらに変わっていくのを捉え、やがてセレッタが急停止し道が途絶えているのを確認するとそこで下りて先に目を向けた。

 途絶えた道の先にあるのは炎に覆われ燃え続ける小島のような場所、すすり泣く声がそこから聴こえてるのはすぐにわかり、ここから先に進むにはと静かにセレッタをカードへ戻しかける。


 その瞬間、エルクリッドは突き飛ばされ底知れぬ奈落へと追いやられる。宙で振り返り佇むアスタルテの光のない瞳と目が合う中で、セレッタが水魔法で助けようとするも僅かに届かず、そのまま漆黒の闇に飲まれてしまう。


「エルクリッド!」


 セレッタが飛び降りて救助に行こうとすると身体に火がついて燃え始め、それを消そうと蹄から水を噴き出すもすぐに蒸発し消火が間に合う事なく前進を焼かれ崩れ落ちる。


 当然それはエルクリッドへの反射となって闇の中で全身を焼かれる感覚が襲いかかり、果てしない奈落の中で繰り返し響き渡る阿鼻叫喚の己の声に心身共に追い詰められていく。


(あたし、あた……し、は……)


 音を立てて心が砕けていく感覚がエルクリッドの脳裏をよぎる。これ程に自分は苦しみ、悲しみ、絶望していたのかと思うと、込み上げてくる様々な感情が全てを塗りつぶしていくよう。


 もう自分には何も残ってはいない、心と向き合うなんて、そう思い闇に身を委ねかけた時に赤い光がカード入れから放たれてるのに気づき、そのカードを抜いて目に光を取り戻す。


(そう、だよね……今、みたいな時に、あたしは……あなたと出会った……!)


 遠い日の記憶、母の犠牲で命からがら一人生き延びたエルクリッドは悲しみと絶望の中で彷徨い、やがて力尽きかけた時に同じ目をした者と出会った。


 傷ついた火竜の幼体、それを見た時に自然と身体は動いてそっとその火竜を撫でて寄り添い、声をかけて励ました事を。


(あの時から俺は共にいる、そしてこれからも……お前が己の心と向き合うなら、そこへ導くさ……!)


「ヒ、レイ……ありがと……いっしょに、あたしを助けに行こう!」


 そのカードに思いを込め、白き鱗に赤き外骨格を持つヒレイがエルクリッドを乗せて深淵より飛び立つ。


 闇の中の絶望も、悲しみも、苦しみも、痛みも全て振り切る翼で飛び立ち、燃える小島へと向かって飛ぶ。

 途中、天から降り注ぐ漆黒の槍の雨に降られてもエルクリッドに当たらぬよう、己の身体に刺さらぬよう、最低限の傷だけでくぐり抜けて小島へと迫る。


 ここで小島が上陸を拒むように黒鉄の壁を出現させて行く手を阻むも、エルクリッドの覚悟を受け取ったヒレイは構わずに口内に白き炎を貯めて火炎弾を放ち、壁を粉砕して一気に島へと乗り込む。

 当然壁の破壊は心の破壊、エルクリッドへの痛みとなるが、彼女自身はそれに耐え切り幼き頃よりずっと共にいてくれたヒレイと共にそこへ降り立つ。


「着いたよ、アスタルテ……あなたの、所に……!」


 燃える炎の中で蹲る黒髪の幼い少女がそこにいた。それは幼い頃のエルクリッドの姿をした、己の影そのもの。


 赤い涙を流しながら光のない目で見上げ、近づくエルクリッドから逃げようとするもその前に手を掴まれ、そして抱き締められる。


「もう、離さない……逃げたりしない、ちゃんと向き合うから……一緒に行こう、明日へ……」


 刹那、エルクリッドはアスタルテに胸を貫かれる。生き物の如く蠢く黒い手が刺し貫いて荒れ狂い、だがそれでもエルクリッドは抱き締め続け、ヒレイも己の身体に炎が燃え移っても動じる事なく見守り続けた。


 そこからどれだけ時間が経ったかはわからない。エルクリッドが気がつくと炎が消えて、抱き締めていたアスタルテもすーすー寝息を立てて眠っていた。

 そして自分が受けた傷が開いて血まみれになっても、エルクリッドはアスタルテを抱いて微笑み最後まで見届けたヒレイの所へとやって来る。


「……終わったのか?」


「ううん、これからが始まりだよヒレイ。あたしがあなたと出会った時と同じように、この子と……あたしの弱さと一緒に生きてくんだ」


 絶望の底に見つけたもの、それはエルクリッドもよく知っていた。


 光が強い程に影は濃くなる、そして、影が濃い程に光もまた強くなる。自分が抱える影が強かったからこそ、前に行く光と出来たことだと。


 多少のふらつきはありながらもエルクリッドは身を屈めるヒレイの背中に二人で乗る。そして上方に白く輝く光が見え、目を開けたアスタルテと共に見つめ手を繋ぐ。


「さ、帰ろ、今度は一緒に……」


 冀い続けたものを感じながらアスタルテの涙が赤いものから透明なものへと変わり、エルクリッドに抱かれヒレイが飛び立つ。


 大切な人達が待つ場所へ、自分が進む明日へと。


NEXT……

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