弱音

 呼吸の乱れが落ち着くにつれてエルクリッドの足は速くなり、再び迷宮を疾駆し奥を目指す。


 灰の世界は真っ赤な血飛沫まみれる様相へと変わっていき、燃焼途中のような焼けた跡も増えて煙が上がり視界を遮る。元々の重さもあって息苦しさはさらに増し、だが同時にそれだけ影へと近づいたのだというのは聴こえる泣き声の大きさを通して理解する。


(まだ、これから……このぐらいで、へばってられない……!)


 両頬をパンっと叩いて己を奮い立たせるエルクリッドが迷宮を走り抜けていくと、いくつもの石像が並ぶ場所へと出た。石像は部分的に欠けてひび割れも酷い状態であるが、皆それぞれ剣や斧といった武器を持ち異様な雰囲気を放つ。


 エルクリッドはその中央を走りながらカードを引き抜き、刹那、石像が動き出して武器を振り下ろすと同時に黄金の風と共に現れたスパーダが剣で押し返し、そのまま反撃、と思うがエルクリッドの心である以上は切裂けないと判断し押し飛ばすに留め彼女と共に走った。


「ありがとスパーダさん、でも気にせず切っていいよ」


「そうはいきません。あなたの痛みは我々の痛み、一心同体と言っても過言ではありません。あなたが苦しみ辛さを感じれば我々も同じように思う……それもまた、あなたが影を強めた理由なのですから」


 スパーダの言葉にエルクリッドははっとしてただひたすら前に行けたのはアセスを思うが故のもの、影を強める要因となっていたと悟る。


 誰かが悲しんでるから自分は奮い立って我慢していただけでなく、身近な存在にその思いを背負わせたくない事もまたそうしていたと。

 アセスが傷つけば反射を受けてリスナーは傷つく、エルクリッド自身はそれでも戦う事を諦めなかった程でアセス達も応えてくれた。では、その逆はどうなのか? そう考えた時に、行き過ぎた思いやりだったのかもしれないと省みて、エルクリッドは俯きつつも走り続ける。


「ごめんなさいスパーダさん、あたし……」


「それ以上はいいっこなしです。確かにあなたの影を強めたのは事実、あなたの優しさや思いやりの対価というのも間違いないでしょう……ですが、だからこそ我々はあなたのアセスとなれたのも間違いない事実です」


 穏やかに諭すように話しながら迫りくる石像達の攻撃をスパーダは大剣の一閃が巻き起こす風で吹き飛ばして道を開き、そのまま一気に進み行く。


 刹那、次の通路の前に現れた敵を前にスパーダが大剣を振り下ろすが、それがアスタルテとわかった瞬間に寸前で止める。が、逆にアスタルテの方はカードを手にそれをかざし、エルクリッドがすぐにスパーダを突き飛ばして代わりに受ける形となった。


「スペル発動、ブラッドペイン……」


 枯れた声と共に発動されるスペルによりエルクリッドの足下に現れた血溜まりから針千本が伸びて彼女を刺し貫く。すぐにスパーダが駆けつけようとするが、エルクリッドはスパーダの後ろに迫る石像に気がついてすぐにカードへ戻し、同時にエルクリッドを石像達の持つ武器が刺し貫き大量の血が流れ落ちた。


「アセスを庇うなんて……同じ事、してくれなかったくせに……」


 そう言い残してアスタルテが消え、石像達も崩れ去ると同時にエルクリッドの身体が解放されて叩きつけられる。


 幻とわかっていても痛みは本物で、心の痛みの深さが理解できる程により強さを増していく。アスタルテの、心の声の重さもあって尚の事それは強く、深く、どれだけ苦しかったのかと思い知らされた。


(進まなきゃ、ね……進むんだ、前に……)


 二枚目のヒーリングのカードを使って傷を癒やせども、先程よりも傷が多く深い事もあり完治とは行かず出血を抑えるに留まる。

 だがそれで十分とエルクリッドは走り出す。傷だらけになろうと戦い続けてきた、自分の心と向き合う為に傷つくのを恐れても仕方ない。


 だが走る速度は自覚できる程に遅くなっているのは感じ、息を切らして壁を背に立ち止まって休んで深呼吸を繰り返す。


(エルクリッド、僕の背に乗ってください。少しは早くつくはずです)


(セレッタありがと、でも、もう少しだけ自分の力で歩かせて)


 語りかけてくるセレッタに笑みを浮かべながら返答しエルクリッドは再び迷宮を走っていく。


 少しずつ、傷つく度に、傷つけられる度に多くの事を思い返す。ここまでの道程でずっと言いたかった事を言えなくなっていたこと、そしてそれを感じながらも待ち続け見守る人がいた事も、それ故に弱音を吐きにくくなっていた事も。


(あたし、全然強くないのに強がってた、弱音を吐きたかったのに言わないように……強く、いようとしてた……タラゼドさんとかにはお見通しだった、そして、バエルのやつも、きっと……)


 確かなものとして心技体の三つが揃い強さとなったのは事実で、強くなれた事は強くなれたのだろう。だからこそ、この試練は今一度己を見つめ直す為のもの。

 強さの果て、高みの先、そこに辿り着いたからこそ思い返して受け止めるものがある。置き去りにしてしまった思い達、無意識に弱さと切り捨ててしまったものを。


 

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