陰影
扉を抜けた先は、紅蓮の炎が全てを焼き尽くす場所だった。
木々が燃え、大地が燃え、空も、水辺も、何もかも。それ以外の色は漆黒、灰色、燃え残りの火の粉、焼けた大気が重々しくのしかかるそこは、エルクリッドの脳裏に強く過去を呼び覚ます。
(あたしの、過去……メティオ機関のこと……あたしの住んでた集落の……)
大切な場所が消えて行く記憶、失われ戻らないもの、その時に感じた痛みと哀しみが蘇りエルクリッドはその場に膝を着きかけるが、踏み留まり両腕を強く掴み堪えた。
そして確信する、呼び覚まされる苦痛がアスタルテとどう関係しているのかを。両腕を掴むのをやめながら目を閉じて深呼吸をし、ゆっくりと開いて前を見る。
自分の足下から赤く揺らめく影が燃える大地に伸び、その先に、同じ出で立ちをした黒髪の少女が佇み、赤い涙を流しながら振り返った。
「……アスタルテ、って呼べばいいのかな、あなたの事を」
「便宜上はそれで構いません、アタシはあなた、あなたはアタシ……あなたが奥底に残して見ようとしなかったものが、調整の結果生きたものだから」
エルクリッドは、目の前の少女がアスタルテでありそうでないものと、矛盾してるようで矛盾しないものと見抜く。
奥底に残して見ようとしなかったもの。これまでの自分が受けた経験の中で、幾度もあった辛さや哀しみ、痛み、苦しみ、怒り、絶望、心の傷として刻まれてきたもの、それがネビュラによる調整を受けた時に目覚めたものと。
振り返れば何故自分はこんなに傷ついても前向きに進めたのかとエルクリッドは思い返す。幼き頃からずっとそうだった、泣いて傷ついても、手を握り締めながら前へと進めたから。
(そう、あたしは昔からそうだった……辛くても、前に行けた……)
ノヴァと出会ってからも変わらなかったもの、思い返して胸が苦しくなっても止まる事はなかった。
何故なのか? エルクリッドはすぐにその答えに気づき、腰につけているカード入れを手に取り見つめる。
「そう、あたしが辛い時はいつも傍に同じように辛い人がいた、苦しんでる人が……ヒレイも、セレッタも、スパーダさんも、ダインも、ローレライだってあたしを心配してくれたお母さんが残してくれたもの……そして、教官達、ノヴァも、シェダも、リオさんも……いた」
居場所を失い悲しむ自分と初めて邂逅を果たしたヒレイは、傷つき苦しんでる状態でいた。それを見て泣くのをやめて何とかしようと思った事をエルクリッドは思い返す。
同じように、自分が進む道で誰かの為に自分が苦しいのを堪えるようになっていた、目を逸らしていた。それは心の奥底に、自分が明るく振る舞えば振る舞う程により陰影を濃くしながら蓄積し続け、そして調整の為にアスタルテと混ざり合った結果意思を得たものが今目の前にいるもの、アスタルテとして関わり続けたエルクリッドの影そのもの。
向き合う事をしなかったものが最後の試練として立ちはだかる。かつてない相手、消し去るのではないやり方で乗り越えなければならない相手を前にエルクリッドはカード入れを腰につけ直し、アスタルテと向かい合う。
「アスタルテ、あたしはあなたから逃げない。ずっと置いてきぼりにしたことはごめん、だからこそ、もう逃げずにあたしは自分の痛みと向き合う! あたしの心の声を、聴き届けて抱き締める為に!」
凛とし覚悟を決めエルクリッドが走るとアスタルテの姿が消えると共に周囲の炎も消え、やがて漆黒の世界が灰だらけの空間へと変わりながら巨大な迷宮を作り出す。
「なら、アタシを見つけてください……声を聴くと言うのならば、それを辿れば来れるはず……でも簡単にはこさせない」
枯れたようなアスタルテの声が響く中でエルクリッドは右隣の壁が歪むのを察して前へと飛び込み、振り返って壁から伸びるトゲを捉えた。
己の心の傷が牙を剥く、当然といえば当然だとエルクリッドは思って両頬を叩き、立ち上がりながらカード入れに触れて目を瞑る。
(ヒレイ、セレッタ、スパーダさん、ダイン、ローレライ……あたしに力を貸して、あたし自身を、助ける為に……!)
カード入れが静かに光を帯びてエルクリッドの思いにアセス達が心を共にする。自分自身を助ける為の戦い、向かってくる脅威は全て己の痛みそのもの、ならばそれに対抗できるのも自分自身であり、自分と心を通わせた存在だから。
微かに聴こえるすすり泣く声を頼りにエルクリッドは迷宮を駆ける。最後の試練、己の心を見つける戦いが始まった。
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