「影を操る俺が、落ちこぼれから世界最強の祓魔師になるまで」

ゼナ キラ

第1話 火花

ちょうど五十九年前、世界は燃えた。

それは第四次世界大戦と呼ばれたが、今の人々の多くはただ「大崩壊」と呼ぶだけだ。


原因か? イデオロギーでもなければ、プライドでもない。いつもの権力欲ですらない。

原因は――飢えだった。


数十年にわたる過剰消費で資源を奪われた国々は、飢えた獣のように互いに襲いかかった。石油は枯れ、肥沃な土地は砂漠に変わり、水は宝のように配給された。どの国も他国が持つものを欲しがったが、差し出すものなど誰にも残っていなかった。

そのとき、戦争は始まった。


大陸は裂け、あらたな同盟とともに再編された。絶滅の淵で互いに寄り添う必死の群れ――そしてその中心にいたのは五つの国だった。名前だけで帝国の重みを持つほど大きく、恐れられた国々。

日本、中国、アメリカ合衆国、ロシア、韓国。

五大強国。


ある者は言う、小国をまるで死にゆく太陽の周りを回る惑星のように自らの軌道に引き込んだと。別の者は、そうした国々が自らの保護を乞い集まったのだと。どちらにせよ、五つは新世界の軸となった。


だが、戦争は永遠に続かない。最も貪欲な機械も、いつか燃料を使い尽くす。

そのときが来た。


最初の“力”が現れた正確な日を知る者はいない。ある者はモスクワだと言う、凍てつく戦場で少年が素手から炎を呼び出したと。別の者は東京だと証言する、少女が手のひらを掲げて弾丸の雨を空中で止めたと。ネバダの砂漠だと囁く者もいる、兵士が肉体だけで戦車を持ち上げた場所だと。

どこで始まろうとも、結果は同じだった。


世界中が混乱に包まれる中、人は説明のつかない能力に目覚めた。すでに消耗しきっていた五大強国の軍隊は、鋼を引き裂き、雷を操り、傷を瞬時に癒す兵士たちと相対することになった。

科学は答えを出せず、宗教はそれを天罰だと呼び、あるいは贈り物だと称した。


だが結局、理屈など問題ではなかった。結果だけがものを言った。戦争は続けられなかった。

一人の個人が一個大隊を壊滅させうるのだ。


そして、十二年にわたる火と飢えの後、五大強国の指導者たちはひとつの会議室に集まった。歴史はそれを紅の協定(クリムゾン協定)と呼ぶ。

伝説が本当なら、文字通り血で署名されたその協定は、単純明快だった――ここで戦争は終わる、と。


国境は引き直され、領土は分割され、この新たに生まれた“力”の使用は、脆いが必要な平和のもとで監視されることになった。


だが、戦後世界は静かにはならなかった。平和――それは決してそんなに単純なものではない。


力が人類に広まると、濫用も早くやってきた。数秒で金庫を溶かす炎で銀行を襲う者。誰も逃れられぬ影で一家を消す者。そして、ただ破壊を楽しむ者たちもいた。世界は恐怖した。もし一人の才能ある人間が街を跡形もなくできるなら、法はなお存在しうるのか。政府はどう生き残るのか。


そこで、一つの発想が生まれた。五大強国自らが創設した特別機関だ。秩序を逸脱した者たちを統制するための組織。彼らはその者たちを「エクソシスト」と名付けた。

皮肉めいた話だ。かつては悪霊を祓う祭司を指した言葉が、今では人間――人間を祓う者を指すようになったのだ。


エクソシストは新時代の均衡の象徴、正義の手となった。守護者と呼ぶ者もいれば、処刑人と呼ぶ者もいた。しかし一つだけは誰もが知っていた。エクソシストが標的に定めれば――逃げ場はない、ということを。


もちろん、エクソシストは一夜にして生まれたわけではない。鍛えられ、成形され、折れない武器として研ぎ澄まされねばならなかった。そして各国に学院が築かれた――五大強国それぞれに一校ずつ。


アメリカの学院は砂漠の要塞と噂され、生徒たちは国そのもののように華やかで大仰な力を振るうという。ロシアの学院は氷の下に隠され、極寒のもとで最強だけが生き残る。中国の学院は石造りの大都市のように広がり、一国の中のもう一つの王国だと言われる。韓国の学院は鋼とガラスの迷宮、テクノロジーが唸る場所だ。


そして日本には――

エーテル・アカデミーがあった。


東京に位置し、その塔はガラスの刃のように空へ伸びる。それは単なる学校ではなく、るつぼだった。日本の才を持つ者たちがエクソシストへと鍛えられる場所。伝説の名が生まれる場所だ。

誰もがエーテル・アカデミーへの入学を夢見た。そこで卒業することは力と地位と尊敬を意味した。学びの廊下を歩くことは、日本の新時代の中心へ踏み込むことを意味した。


だが、僕はそうは思わなかった。

僕はエーテル・アカデミーを夢見てはいなかった。エクソシストになることを望んでいなかった。なぜなら――他の誰とも違って、僕には世界を救う野心がなかったからだ。


結局のところ、運命を信じられない感情のない少年が、どうして他人の“悪”を祓うふりなどできるだろうか?


それは五十九年前の話だ。

今、僕――その後に生まれたただの一人の少年が、その歴史の影の中を歩いている。戦の灰の上に再建された世界で、能力は空気のようにありふれている。そんな世界のなかで、僕はただ一つの問いを自分に投げかける。


あの日、本当に平和は始まったのか――それとも真の戦いは、今、始まったばかりなのか?


紅の協定の後、世界は変わった。

神話と歴史がいつも交差する日本では、力の時代を生き抜くために社会のあり方も変わった。もはや人は財産や出自だけで分けられない。能力によって分類されるようになったのだ。


こうして、氏族(クラン)が生まれた。炎の血を引く家系、嵐の血を持つ家系。雷、影、鋼、風――それぞれの一族が名を刻み、新世界に勢力を広げた。子孫の強さによって栄光は決まり、強者は支配し、弱者は踏みにじられる。これが掟だった。


頂点には“天”と呼ばれる一族たちが立った。山をも砕き、軍を癒し、刃ひと振りで海を分ける力を生む彼らの名は歴史書に刻まれ、学院の門や政府の庁舎にその紋章が掲げられた。


そして――僕たちの一族があった。忘れられた一族。カゲ一族。


我らは炎を持たず、雷を引かず、大地を砕く武器も持たない。日本の他の者たちにとって、私たちはほとんど「一族」とも呼べない存在だった――巨人の影に沈む、力のない血筋に過ぎなかった。

たぶん、彼らの言う通りなのだろう。


だが――僕が生まれた夜、すべてが変わった。


長く封印されていた古い文献に、前兆の言葉が囁かれていた。こう刻まれていたという。『世界が憎しみに沈むとき、最も低き一族から一つの子が生まれる。その子は五つの感情の神を宿し、救いか破滅かを選び取るだろう』――と。


五つの感情の神々。

伝説では、彼らは人類そのものの断片であり、世界の始まりに封じられた古の存在だとされる。愛、憎しみ、歓喜、悲哀、怒り――文明を形作る感情たち。天と地を揺るがすほどの力を持つという。


そして奇跡のように、僕はその五つすべてを宿して生まれた。


もちろん、天の一族にとってそれは意味のないことだった。彼らにとって、予言はただの昔話に過ぎない。最弱の一族からの“救世主”? 彼らは笑い、嘲り、僕を血の過ちだと呼んだ。


だが僕は、ずっとそれを感じてきた。胸が締め付けられ、手が震え、心が言葉よりも大きく叫ぶたびに――何かが内でうごめくのを。炎ではない、感情の火だ。自分でも制御できない力が、僕を震えさせる。


それで僕は生きている――軽蔑と運命のはざまで。


一番弱い一族からの少年。理解しきれぬ神々を抱えた子。

そして心の奥底で一つの問いがこだまする。


本当に私がこの世界の救世主だとして――いったい何から救えばいいのか?


人々は僕を“救世主”と呼ぶ。

だが正直に言えば、僕にはどうでもいい。予言も運命も神々も、全部焼け落ちればいい。僕の人生は埃を被った書物や巻物を抱えた年寄りたちのものではない。僕の人生は――僕のものだ。


それでも、人々は僕を見つめる。哀れみのまなざし、恐怖のまなざし。そしてなにより――期待のまなざし。

《彼は我々を救う。》

《彼がすべてを変える。》

《彼は最強になる。》


それが信じてほしいことになっている。彼らが僕に信じさせようとすることだ。彼らが押しつけた幻想だ。


だが真実はもっと単純だ。

僕はヒーローでもなければ救世主でもない。――ただ、空っぽなだけだ。


いつの間にか、感情を失っていた。人を人たらしめるものを。いつそれが起きたのか、思い出せない。学院で“血のない”と笑われたときか。母が人の目を気にして泣いたときか。あるいは、どれだけ叫んでも誰にも届かないと悟った瞬間か。

その理由も、時期も――知らない。覚えてもいない。思い出したくもないのかもしれない。


鏡を見ると、笑わない顔が映る。光らない瞳。笑わない、泣かない口。

感情の抜け落ちた殻――五つの神を宿すはずの少年の皮を被った空虚。


…皮肉な話だ。


人は言う、僕には愛、憎しみ、歓喜、悲哀、怒り――五つの感情の神が宿っていると。いつかその感情が世界を救うのだと。

だが、感情で世界を救うというのに、僕は自分自身でそれらを感じることすらできないのだ。

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