第2話 少女

今は十六歳だ。なぜか、エーテル学院が俺の能力を見つけて、六日後に始まる入学試験の招待状を送ってきた。


別に、どうでもいいけど。


母さんは行けってしつこく言った。「お前の未来なんだから」「チャンスを無駄にするな」って。正直言って? 時間と体力の無駄にしかならない気がする。だが今朝、母さんに無理やり家から引っ張り出された。だから、今ここにいる――試験の最初、筆記試験を受けに向かっているところだ。


もちろん、勉強なんてしてない。する理由がないだろ。母さんにも文句言われたけど、どうでもいい。


「きゃあっ!!」


……叫び声だ。


前方から聞こえた。近づくと、黄色い髪を緩く結んだ女の子がいて、青い目をキョロキョロさせていた。中学の制服を着ている。通り過ぎようとしたら、いきなりこっちを向いて――


「エーテル学院の入試、受けに行くの?」


知らない奴に行き先を教える必要なんてないだろ。返事もしないうちに、彼女は失礼にもスマホを覗き込んで、俺のGPSが表示した「エーテル学院へ直進」のルートを見つけた。


「行くんだね?」


「……ああ。」


彼女の顔がぱっと明るくなった。「私はアニー・スキヤキ。あなたの名前は?」


「……ヒカル。ヒカル・カゲ。」


彼女の表情が固まった。「え……その一族の人?」


……予想通りだ。みんな同じ反応をする。


「どうやってエーテル学院にスカウトされたの?」


それを俺が知りたいくらいだ。


「わからない。」


「同じところに行くなら、一緒に歩かない?」


首を横に振った。「電車で行く。」


「じゃあ一緒に行くね。」


なんで? ちっ。まぁ、黙ってくれるなら別に構わない。


もちろん、黙るわけがない。


渋谷駅につく頃には、彼女がずっと話し続けていた。なんなの、この子。誰かに似てる――思い出したくない誰かに。


「黙ってくれないか?」と、つい呟いた。


彼女はくすくす笑った。「あ、口数少ないタイプなんだ? かわいい〜。」


「……今、何て言った?」


「なんでもないよ。」


うっとうしい。


やっとエーテル学院に着くと、アニーの目がキラキラしていた。「すっごく大きい!」


確かにでかかった。


キャンパスは広大で、建物が二十五棟ほど並んでいる。中央には巨大なガラスタワーがそびえ、太陽を受けて刃のように光っている。新品みたいで、未来から持ってきたみたいに非現実的だった。


ホログラムの案内板が建物への道を示している。


「たぶんあそこだな」と俺は呟いた。


中に入ると、他の受験生の流れに合流した。グループだけで五百人くらいいるらしい。別のグループは明日試験を受けるようだった。


ホールでは、座って筆記試験に備えるよう指示が出た。


「頑張ってね、ヒカル!」アニーが明るく声をかけ、席に向かった。


俺も紙を受け取り、座った。周りを見ると、他の受験生の目には混乱と焦りが見える。絶望が空気にまとわりついていて、重苦しい。


問題用紙を見た瞬間、思わず笑いそうになった。これはただの小学生のテストだ。


くだらない。


試験が終わる頃、部屋中に囁き声が広がった。


「落ちた……」とある生徒が呟く。


「いや、落ちてないよ」と友達が慰める。


「そうかな?」


「うん。」


くだらないおしゃべりだ。


アニーが駆け寄ってきた。「試験どうだった、ヒカル?」


「別にどうでもいい。」


「すっごーい。」


「……何がすごいんだ?」


「なんでもない!」彼女はすばやく言って、にっこりした。


鬱陶しい。


「じゃ、二日後に会おうね」と彼女が付け加えた。


「いいよ。」


「電話番号は?」


「今日会ったばかりだ。教えるわけないだろ。」


「了解。じゃあね!」


彼女は元気よく手を振りながら通りを駆けていった。俺はそっぽを向いて家路についた。


筆記試験は終わった。二日後には実技試験がある。


別に、どうでもいい。


その台詞をずっと繰り返してきた。


望んで言ってるんじゃない。ただ、それで自分を保っていたんだ。


子供の頃、カゲ一族の長老たちはいつも俺が聞いていないと思うとこう囁いた。「あの子は――預言の子だ。五つの神を宿す者だ」って。


嫌だった。


彼らが俺を見る目が嫌だった。子供ではなく、抜かれるのを待つ武器を見ているみたいだった。


あの頃、父さんはまだ生きていた。厳しい人だったが、世界のことを聞けば優しく教えてくれた。あるとき、こう言ったことを覚えている。「なんでみんなお前をそんなに見るんだ?」と俺が聞くと、父さんは何も言わずに髪をくしゃりとやった。父さんの沈黙で十分だった。


カゲ一族は弱かった。全一族の中で最弱。なのに、神々は俺を選んだ――少なくともそう言われた。


子供たちと訓練したのを覚えている。他の子たちが苦戦している間、俺は影を動かせた。伸ばして、形作って。長老たちはそれを見て微笑んだ。「預言は本当だ」と。


祝福か? 違う。呪いだった。


他の子供たちは俺を憎んだ。殴られ、嘲られ、暗がりに追い込まれた。毎回、拳を握りしめて泣かなかった。いつしか涙は出なくなった。感情が一つずつ閉ざされて、残ったのは沈黙だけだった。


その時、気づいたんだ――これが神に選ばれるってことなのかもしれない、と。


それでも――一人だけ、俺をそう扱わなかった子がいた。


女の子だ。


彼女は遊びに俺を引っ張り込んで、他のやつらが俺を追い詰めれば守ってくれた。「ヒラくんに手を出すな!」って、小さくても拳を固くして叫んだ。


彼女は陽だまりだった。俺が人間だと思い出させてくれる唯一の存在だった。


だが、彼女は去っていった。


十歳のとき、父さんが死んだ。母さんが厳しくなった。長老たちの要求は増えた。そしてその女の子の家族は都会へ引っ越した。


彼女が去る日のことを覚えている。彼女は泣いた。俺は泣かなかった。


「ヒラくん、自分の道を生きなさいって約束して」と彼女は言った。


返事はできなかった。ただ頷いた。彼女はそれでも笑ってくれた。


そのあと、沈黙が俺を丸ごと飲み込んだ。


神々が沈黙の中で囁く。怒り。悲しみ。喜び。恐れ。愛。


五つの声が俺の中で押し合っている。


遮るために、自分の内側に壁を作った。自分を閉じ込めるために。


それで今の俺になった。感情のない、距離を置く男。繰り返す言葉はひとつ。「別に、どうでもいい」。


でも、試験中にアニーのぼんやりした青い目を見たとき、何かが小さく揺れた。過去の薄い残響。女の子の笑顔の記憶。


足音がして、現実に戻った。


目を瞬かせると、受験生の群れはもう散り始めていた。アニーは相変わらず元気に手を振りながら通りへ走っていった。


俺は逆方向へ向かう。


渋谷の街は人であふれ、生活音が溢れ、色がある――でもそれらは俺の中へは届かない。孤独に歩く。サクラの記憶がうっすらと耳辺りに残る。


うっとうしい。思い出したくない。感じたくない。


それでも…彼女の声が耳に残る。


「約束して。自分の道を生きるって。」


ちっ。


ポケットに手を突っ込み、歩調を速める。


別に、どうでもいい。


実技試験は、きっと激しくなるだろう。 誰かと戦わなきゃならない。


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