第6話 あっけない喪失

 ある日を境に、由美と連絡がとれなくなった。

 最初は、そういうこともあるか、と気にも留めなかった。でも、一週間、二週間と既読のつかない自分のメッセージを見て、いやに胸がざわめくのを感じた。三週間目に電話をかけてみることにしたが、電話は空しく切れるだけで、何度かけても私と由美を繋げない。なにかかがおかしい。そう思った私は、お父さんにそのことを伝えた。正直、心配しすぎだよ、そんな言葉が返ってくると思っていたけれど、お父さんは私の懸念に真剣に耳を傾けてくれた。どうやらお父さんもお母さんに連絡を取ってみているが、やはりこちらも繋がらなかったらしい。それからのお父さんの行動は早かった。その日のうちに、母方のお爺ちゃんに連絡をとってくれたのだ。孫の私から見てもお爺ちゃんとお父さんはとても仲が良く、すでに自分の父親を亡くしていたお父さんを実の子のように可愛がっていて、お母さんと離婚した時もずっと私とお父さんの心配をしてくれていた。お爺ちゃんならなにか知っているだろう。お父さんはそんなことを言っていた。事実、お爺ちゃんは知っていた。私達には信じられないことを、私達が信じたくないことを。

 あいつは由美とイギリスに行くと言っとったぞ。

 お爺ちゃんも戸惑っていたそうだ。お爺ちゃんによれば、お母さんはこの話をもうお父さんと私に話していて、私達が了承した、ということになっていたらしい。それも旅行ではなく、移住だということも。寝耳に水のこの話に、お父さんと私は言葉を失った。一縷の望みをかけて、お爺ちゃんはお母さんと連絡を取っているか、と尋ねてみたが、駄目だった。お父さんは、最後に小さな声でお爺ちゃんにお礼を言って、電話を切った。

 私は己の慢心を呪った。なにが心が通じ合っているから大丈夫、だ。こんなにも簡単に引きはがされているではないか。こんなことなら、お父さんに黙ってでもこっそり由美に会いにいくんだった。そんな今更考えてもどうしようもない後悔ばかりが、頭の中でグルグルと回っていた。

「大丈夫、大丈夫だ。きっとまだ、手はあるはずだ」

 お父さんのその言葉は私よりも、自分に言い聞かせているようだった。

 イギリス。いつの日か、由美と一緒に行ってみたい外国を考えていた時に名前が挙がっていた気がする。たしか、由美が言ったんだったか。私が、ご飯がマズいらしいからやめておいたほうがいいよ、とからかった気がする。なるほど、お母さんにとっては絶好の口実だったわけだ。娘が行きたいと言っている国へ連れて行ってあげる、娘の夢に理解のある母親。そこまでするか、二人も子供のいる大人が。そんな言葉が負け犬の遠吠えでしかないことは、他ならぬ私がよく分かっていた。

 別に死に別れたわけじゃない。大人になれば再会することも出来るだろう。そんな冷静な自分は私の中ではあまりに無力で、私にはこの別れが今生の別れのように感じられた。いや、違う。たぶん私はおそれているのだ。私のあずかり知らぬところで、どんどん変わっていく由美を。私の記憶に刻み込まれている、可愛い可愛い由美。それが異国の地でどのように変わっていくのか。考えただけで頭がおかしくなりそうだった。大人になった由美はきっと、すごい美人になるだろう。勉強は出来なかったけど、それも魅力になるような立派なレディになるだろう。それが私には許せなかった。そうなるにしても私の目の届くところでなってくれないと、どうしても私には納得が出来ない。

 あぁ由美、私の可愛い由美。

 自分でもおぞましいと思う。簡単な話だった。私は由美が私に依存していると思っていた。でも逆だったのだ。私が由美に依存、執着していたのだ。それも病的に。会おうと思えば会える、そんなごまかしで日々を消化してきたが、本当は私の胸は悲鳴をあげていたのかもしれない。

 あぁ由美、あなたに会いたい。

 ささいな夢だと思っていたが、本当はだいそれた夢だったのかもしれない。こんなにも簡単に引きはがされるのだから。

 お母さん、私はあなたを許さない。

 違う。

 お母さん、私はあなたが羨ましい。

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