第5話 引き裂かれぬ愛
お父さんとの二人暮らしも、案外早く慣れた。学校にも普通に通えている。でも、大好きな由美がいなくても今まで通りの生活をすることが出来るんだな、と思うと、自分がひどく酷薄な人間に感じたものだった。
もっと、ダメージを負うと思っていた。泣いて泣いて泣いて、自分の部屋から出ることも出来なくなると思っていた。でも実際は、普通に眠れるし、普通にご飯を食べられるし、普通に学校に行っている。自分は適応力がある人間なんだろう。きっと、お父さんが死んで一人暮らしをすることになっても、私はひと月もあれば慣れてしまうんだろうな。そんなことを考えると、ますます自分のことが嫌いになっていく。自分を好きだと思ったことは一度もないけれど、適応力があるということは、自分を守るのがうまいということではないだろうか。それは結局、自分がかわいいということでは? 人は守る価値があると思うものしか守らないでしょ? なんて、答えがそう簡単に出るわけでもない問いが頭の中をグルグルと回っていた。この問いに関しての答えは、今も出ていない。
お母さんの思惑で引き離されてからも、由美とはちょくちょくラインでやり取りをしていた。どうでもいい話が多かったけれど、その時間は至福の時だった。何故なら、由美が今の状況になにひとつ満足しておらず、むしろ苦しんでいることが分かったからだ。
新しい学校に馴染めていないこと。
新しい家が狭いこと。
そもそもその地域のノリが合わないこと。
お母さんが過干渉であること。
そして、お姉ちゃんがいないこと。
どれもつらい、つらくてたまらない。
そういうメッセージを見る度、私の心が由美の涙で満たされていくのを感じた。やっぱりね、由美には私が必要なんだ。そして、お母さんじゃ役者不足だということが分かるのも嬉しかった。大人の力を利用して私と由美を引き裂いても、心までは引き裂けない。そんな三文ドラマみたいな思考も、私を酔わせた。
由美は、何度も私に会いたいと言っていた。その度、お母さんに邪魔されていることも。とても残念なことに、私は高校生で由美は中学生だった。そう簡単に遠出も出来ない。これはお父さんのせいでもある。お父さんは、女子高生が一人で遠出するのを好まなかった。色々怖い事件があった時期でもあったし、お父さんとしても可愛い娘がそんな目に合うのを望まなかったのだろう。それでもお父さんは、私と由美が仲が良かったのを理解してくれていたから、なんとか会わせてやれないものかと努力はしてくれていた。でも仕事のことや新しい生活のこともあったから、なかなか姉妹の感動の再会は実現しなかった。しょうがない、そうそう物事はうまく運ぶものではないから。果報は寝て待て。そう思うくらいの余裕が私にはあった。何故なら私には確信があったからだ。私が由美を愛しているのと同じくらい、由美が私に依存していることに。愛と依存、それでいいと思っていた。由美のそばにずっといられるのなら、他人に気持ち悪いと思われようが、奇異の目で見られようが、乗り越えられる、と。それに、あまり直視したくはないけれど、私が由美に抱いているこの情欲も、由美なら受け入れてくれる、受け入れざるをえないだろう、という打算もあった。だから由美とするラインのしめには、いつもこう打っていた。
大丈夫。きっと近いうちに会えるよ。
お母さんは、どう思っていたんだろう。引き裂こうと思っても引き裂けない、思い合う二人。自分のお腹を痛めて生んだ、とびっきり憎い子ととびっきり愛しい子。この二人の深い深い絆を、お母さんはどのような思いで見つめていたのだろう。憎んでいたのだろうか、嫉妬していたのだろうか。あるいは、その両方だろうか。でもしょうがないでしょう。由美が自分の意志で選んだのは私で、あなたは選ばれなかったんですから。それに母子の愛より、姉妹の愛のほうが強いんですよ。私がもっと大人になった時、そう言ってやれたらどれだけ気持ちがいいだろう。私はその日が待ち遠しくてしょうがなかった。
そう、そう思っていたのに。
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