その6 神様、決戦前夜に緊張する?
これで概ねカードは揃った、と私は思った。
--相良京子は私たちが、あの廃村に行くことを考えた時、『そのとおりよ』と言った。誘っているのだ
しかし、それでのこのこ行く馬鹿がいたら、顔を見たいものだわ。
と考えながらも、私は伊丹空港から秋田行きのJAL便に乗っていた。達也くんや凛子さんに黙って出てきた理由は、ヒルマモチにされた早穂と
ところで…… 搭乗中の約1時間半の間、早穂は、空の上からの景色には、いま一つ関心がないようで、私の膝の上で、ずっと映画を観ていた。イヤホンを私が付けることで音声は共有できるらしい。便利な体になったものだと私は我ながら感心している。映画の内容は「亡き妻の骨壺を抱え彷徨う男性の人間ドラマ」で、早穂もずいぶん渋い作品を選んだなと思いながらも、私は早穂共々、熱心に観ていた。だが、秋田へ到着した時、ラストシーンの盛り上がりの最中、モニターが突然ブラックアウトする。呆然としながら、泣きそうな顔で私の顔を見る早穂に、かける言葉が見つからない。私もまたいつの間にか夢中になっていたんだ。
おい! 飛行時間と映画の時間くらいあらかじめ考えておきなさいよ!
うなだれる早穂をおぶって空港を出た私は、バスで秋田の市街へ出、そこで宿を取った。
明日の早朝からが勝負だ、と気を引き締めていたのだが、まずは腹ごしらえ、とばかりに個室利用ができそうな居酒屋をスマホで探して何とか潜り込むことに成功した。秋田といえばきりたんぽが有名だが、ネットの記事では、きりたんぽ以外にも美味しいものがあると紹介されていた。
早穂の食べることのできそうなもの、と考えて「しょっつる鍋」を頼んでみる。2人前からだと言われたが、むしろその方が良いよね早穂、とばかりに二人で平らげたのであった。早穂が海のお魚も美味しいと食べたのは久しぶりだ。旅の効果なのだろうか。
いずれにしろ、明日の目的地は秘境駅から歩いての山道だ。今夜はゆっくり休んで、明日は始発で向かおう。
きりたんぽに齧りついている早穂を見ながら、
--明日も二人でご飯を、きっと食べようね
と静かに思うのだった。
さて、その時の私が知らなかった、もう一つのドラマがその頃、別の場所で進展していたの。バカップル夫婦の珍道中…… って、毒があり過ぎたか、お世話になったのにね。
***
置いてけぼりにされた達也と凛子は車を飛ばしていた。車中、凛子は怒りマックスの状態で、達也はずっとハラハラしていた。運動神経と地頭の良い凛子は、車の免許も軽々と取得した。とは言え夜間に怒りながら高速道路を飛ばすのは考え物だ。運転はできるだけ達也がすることにした。いずれにしろ、明日は自分より凛子の負担の方が大きくなるだろう。それにここ数日、凛子は微熱が続いているようだ。時折ふらつきもしている。風邪でも引いたのだろうと本人は言っているが、あまり負荷はかけない方が良いに違いない。
助手席で、凛子は煎餅を齧っていた。
--どこかの神様みたいだ、僕の女神は
達也は馬鹿なことを考えていることには、凛子は気が付いていなかった。
--自分でも怒りを鎮めようと意識はしているのかな、もしかすると早穂にあやかっているのかもしれない
と、とりとめもなく考えながら達也は運転をしていた。
「早苗のやつ、勝手に飛行機で行くなんて……」
達也は運転席からナビをチラリと見る。
「でも、秋田で一泊するだろうから、朝までには、まだ間に合うよ」
凛子は煎餅をもう一枚齧り出した。
「間に合うじゃないの。間に合わせるの!」
神様と違って、シートにはぼろぼろと煎餅かすが落ちる。普段、一番気にするのは凛子なのに…… と思いながらも、石川県に入ったら一度交代してもらおう、少しは落ち着いているだろうし、と安全運転を心がける達也だった。
石川県のサービスエリアで休憩をとりながら、達也は運転を凛子に替わってもらうことにした。煎餅はずいぶん減っていたが、おかげで凛子は落ち着きを取り戻しつつあった。凛子がトイレに行っている間に、達也は雪が降る中、トランクに入れてあった掃除機でシートを掃除する。煎餅かすの量が、凛子の怒りの度合いを物語っているようだった。
「ごめんなさい。私がするわ」
と背後から凛子の声がした。
「いや、もうだいたい終わったよ」
と返事をし、振り向くと凛子は両手にコンビニの唐揚げとホット珈琲を抱えている。
「フードコートは終わっていたから……」
と言い、ダッシュボードの上に唐揚げを、珈琲はドリンクホルダーへ、それぞれ置いた。
「君のは?」
と聞くが、凛子はお腹をさすりながら舌を出す。ああ、あれだけ煎餅を食べていれば膨れるか。
達也も舌を出して笑った。
少しだけ腹ごしらえをして、凛子が運転する車は再び走り出した。
しばらく走った頃、達也は凛子に話しかけた。
「ところで気になっていることがあるんだ」と。
「なに?」
「あの村って戦後すぐあたりで廃村になってるけど、ヒルマモチっていつ頃まで作ってたんだろうか?」
凛子は黙って考えていたが、しばらくして、
「何とも言えないけれど、もしかすると昭和初期までは続いたかもしれないわ」
と、答えた。
「寒さの夏はおろおろ歩き……か」と達也は呟き、
「東北の農業は飢饉の歴史と言っても良いくらいだね。ヒルマモチの生まれる土壌はできている」
そう言うと、達也はさらに疑問を口にした。
「そんな時代まで、どうやって見つからずに『穢穀道』の儀式が続けられたんだろうか? 特に江戸時代なんかは人別に厳しかっただろうし、明治以降は国勢調査も行われていたわけだし……」
「そうね…… 想像だけれど…… もし飢饉のときでも安定して収穫が見込めるなら為政者は保護しようとしないかしら。藩とか大名レベルの話じゃなく…… 小さな領主レベルなら、うまくやれば儲けにつながるわ」
「だから知っていても見逃していたってこともあるか……」
「でもそれだけじゃ無理があるわね。800年間も秘儀を維持するなんて…… ただ、あの廃村で気になったのは結界の痕跡と、もうひとつ……」
いつになく歯切れが悪い凛子に達也が不審に思う。
「結界は…… そうだね、あっただろうね。でもそれだけで800年間というのは、それこそとんでもない結界だよ」
凛子は言いにくそうに言う。
「今回の家出人集めについても、霊体の相良一族がどこまでできたものなのかしら…… 物理的な人間を、どうやってあの廃村に誘導したのか…… そう考えるとね」
達也ははっとした。
「人間の協力者がいる?」
「うん。そしてそれはあの廃村、集落を守ることのできた……」
「ふもとの村か!」
達也は驚いた。そして初めて訪れた時の、独特の雰囲気を思い出した。
凛子は努めて冷静に言う。
「あくまでも想像よ」
達也は急ぎ電話を掛ける。だが早苗は出ない。
心持ち車の速度が上がる。
「今頃は二人して、『きりたんぽ』とか『しょっつる鍋』の夢でも見てるんじゃない?」
少しイラついているようだ。ふもとの村に疑いがあるなんて、あの二人は全く考えてはいないだろう。これはなにがなんでも合流しなくては。
達也はナビの示す到着予定時刻と、列車の始発時刻を見比べる。何事もなければ間に合うのだが、と考えながら。
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