その5 神様のお付きの者たちは真相を喝破する

 --結局、達也くんたちはずっと調べてくれていた

 私は安穏と暮らしていた自分が恥ずかしくなっていた。自分が一番の当事者のはずなのに…… そう思うと、今からでも自分にできることは何だろうかと考え始めていた。

 翌日、再び4人で集まり、もう一度私が会った相良京子について意見を交換しあった。

 私が直感した「相良京子=ヒルマモチ」はほぼ間違いないだろう。それは凛子さんたちも同感のようだが、決定的なものではない。

 相良京子は神性を獲得したのか? しかし彼女の死体は確実に回収されている。で、あれば彼女がそのままヒルマモチへ変貌したとは考えられない。

 議論は錯綜した。

 ふと、凛子さんは、相変わらず煎餅を齧り続けている早穂を見やった。

 「早穂はどう考えているのかしら」

 そう言うと私を見て、

 「今は早穂の考えがわかるんでしょ」

 と尋ねた。

 私はため息をついた。実のところ早穂の考えはずっと一つだ。

 「あの、お堂が鍵みたい。早穂の頭の中にはずっとお堂の姿が残っているの」

 もちろん私は、直接にお堂を、早穂が生まれた廃村の、達也くんと凛子さんが最後にヒルマモチと対峙した、そのお堂を見たことはない。ただ、イメージは強烈に焼き付いている。これはきっと早穂の影響に違いない。

 「お堂ね」

 凛子さんが呟く。そして早穂を見つめると、

 「ちょっと頭の中を覗かせなさい」

 と、突然言い出した。早穂は嫌そうな顔をした。

 しかし、考えてみればそれが一番手っ取り早いかもしれない。そもそも同族の、と言ったら私も早穂も激怒必至なんだけれど、ヒルマモチなら人間の考えの及ばない理解やあるいは記憶があるかもしれない。それを覗くことができれば、ここで議論を重ねるよりもずっと有意義ではないだろうか? 凛子さんはそう思ったのだ。そしてそれは達也くんも同意見だった。だが、神様の中に「重なる」リスクは呪われていた頃の早穂の時や、秋に出会った山の神での一件で思い知っている。

 でも、ずいぶん前に「ヨモツシコメ」と重なったことがあると凛子さんは教えてくれたことがあった(人に危ない橋を渡るなと言ってるくせに自分は何やってんだと、ツッコミたかったけど言えなかったのは昔話だ)。ソレは例外だったのだろうか、互いの利害が一致した結果、かなりスムースに事を運ぶことができたようだ。さらに凛子さんの推測では、表には出てこなかったが、密かにイザナミの後押しがあったのかもしれない、というとんでもないことを言い出していた。流石に信じられないが、そのケースを前例とすれば、利害の一致でリスクは軽減できる…… と、思ってるんだろうなあ。

 まあ、それでも今は、早穂から直接情報を得るべきだと達也くんもそう言って、凛子さんの手をそっと握った。ええい、隙あらばイチャつきやがって。

 でも結局のところ私も納得している。だから早穂の手を固く握りしめた。私と早穂は既に合一化された存在であるので、当人たちにその気があれば、私個人が凛子さんたちと接触する必要はなく、共に早穂の中に入ることができるはずだ。

 嫌々ながらも早穂は凛子さんの目を見つめた。

 周囲の風景が色を失っていく。そしてゆっくりと暗転していった。


 視界が広がった途端に、激しい頭痛が襲い掛かって来た。そして真っ黒いべったりとした闇がまとわりついてくる。

 --穢れだわ

 凛子さんが言う。

 --意識を保ってね。思っていたよりキツそうよ

 自分の体を見渡してみる。解体されたはずの体は、一様に元に戻っている。だが、意識はずっと重く、ともすれば穢れに持っていかれそうになる。

 --解体シーンは飛ばしてもらえたようね。早穂、感謝するわ

 少し苦しそうだったが凛子さんはそう言った。冗談を言ったつもりのようだが、この状況は、それほど楽観視できそうにない。そう長くは留まれないだろう。達也くんが私を心配してくれているのが伝わってきた。ビギナーの私がこの状況に耐えられるだろうか? と。

 --紳士だわ、三角関係もありかも

 突然、凛子チョップが飛んできた。どうやって!? この世界で? と思ったけれど、ここは凛子さんの『領域』だった。プロを前にビギナーは大人しくしておこう。

 --大丈夫です。早穂がカバーしてくれてるようなので…… ただやっぱり少しキツいですね

 と、返事した。

 達也くんは苦笑しながらも頷いてくれた。

 --ここに早穂が僕たちを連れてきたという事は、なにかヒントがあるはずだ

 そう言って達也くんは首(早穂のなんだけれど)を回してみた。早穂が嫌がるかと思ったが抵抗はない。やはりここにヒントがあるのだろう。

 --それにしても、ここはお堂の中なのか? あの時は真っ暗だったけど、夜明けには内部が見えたぞ。こんな黒い石壇などはなかったはずだ。

 達也くんの言葉は直接みんなに共有される。その疑問は達也くんの眼前の石壇に向けられていた。

 その石壇の上には黒い布に覆われた何かが横たわっていた。

 --あの布、ひっぺがせる?

 凛子さんが聞く。チャレンジャーだ、流石だと思う。とてつもなく嫌な予感がするその黒い布をひっぺがせと…… 

 でもやるしかないのだろう。早穂からもそれが強く伝わってくる。

 達也くんは腕を伸ばして布を掴んだ。そしてゆっくりと剥がす。


 そこには黒ずんだミイラのようなものが横たわっていた。

 ああ、私、わかっちゃった……

 --生気はないわね、死体かしら

 凛子さんが言う。ただ達也くんは私が異様に怯えていることがわかったようだ。

 --早苗さんは、このミイラを怖がってる?

 達也くんは手早くミイラの体を観察し、女性のものだという事を確認し、そのまま布で元通り覆おうとした。

 だがその時、

 ミイラの目が開き達也くんを、早穂を見た。そしてその目に呪詛を感じた時、達也くんはすばやく布をかけた。

 --今のは?

 猛烈な頭痛が襲ってくる。凛子さんが言う。

 --限界よ。早穂、離れられる?

 早穂が頷くのが感じられ、目の前がまたゆっくりと暗転していった。


 戻るなり、私たちは畳にうずくまった。私の背中を早穂が撫でてくれている。早穂も苦しそうではあったが私を介抱する程度の余裕はあるようだった。


 「あれなに?」

 凛子さんがようやく口を開いた。

 『領域』の中で、見せられる光景への理解が及ばないことはめったにないはずだと言った。神様はやはり手強いと凛子さんは妙な感心をしていた。

 「『きよ』です……」

 私が起き上がり言った。

 「きよ…… 相良斎さがらいつきと共に都から流れてきた女です。そして最初のヒルマモチです。そしてあれは肉体ではありますが、半分は霊体でした」

 私の言葉は凛子さんにショックを与えたようだった。

 そうだ、凛子さんは知っている…… 呪術師が連れてきた女、幼い「さほ」の記憶では、それが最初のヒルマモチにされていたはずだと。あれは、「さほ」と同一化しなかったの? 別個体なの?

 凛子さんは混乱していたが、私が補足した。

 「早穂の前にヒルマモチにされた女は、きよと言いました。それは早穂の記憶にあります。そして早穂がヒルマモチとして目覚めた時、先ほどの場面ですが、彼女は早穂と同化しようとしました。既に体がミイラ化していましたので、霊体の部分で、ゆっくりとですが、同化が試みられていたようです」

 そして一息ついて続ける。

 「早穂はそれを拒みました。理由は早穂にもわかっていません。ただ本能的なもののようです。私も感じました。彼女は同じヒルマモチであっても、全く異質な存在です。生理的……と言っても良いほど受け入れがたい存在でした」

 煎餅を齧る音が続いている。凛子さんは菓子皿を見て「おかわりが必要ね」と言って立ち上がり、ふとよろけた。

 「大丈夫?」と尋ねる達也くんに頷いて、

 「流石に堪えたかな」と笑っていた。


 凛子さんが再び煎餅を、今度は菓子皿ではなく料理に使う大皿に盛って来た。私も達也くんも、流石に噴き出したが、早穂は嬉しそうな顔をしていた。

 「で、早苗はある程度は把握できたってことで良いわね」

 再び凛子さんが会話を始めたので私は首を縦に振った。

 「早穂にはそれ以降の歴代ヒルマモチが同化しているはずよ。吸収と言っても良いのかしら? これはその「きよ」というヒルマモチが早穂に対してやろうとしていたことと同じよね」

 凛子さんの問いに私は肯定する。

 「はい、そのとおりです。それゆえ早穂には潜在的に大きな力が込められています」

 凛子さんと達也くんの脳裏には、先日見た早穂と私の豊穣の輝きが思い起こされていたに違いない。

 「そりゃあ、あんなことができるくらいだからね…… 相手は衰えていたとはいえ、山の神が祟り神になった姿よ。あそこまで渡り合えて、あの後で、後始末ができるって、人造の神様とはとても思えないわ」

 凛子さんが溜息をつくと、早苗は胸を張った。

 「そりゃあ、うちの早穂ですから。あれくらい本気出したら、おちゃのこさいさいですよ」

 「その割には私が行くまでは泣きべそかいていたけれど」

 揶揄うように凛子さんが言えば、早穂が睨む。

 みんなで笑い出した。


 凛子さんの代わりに達也くんがお茶を淹れ直してきてくれた。

 そして座ると、改めて会話を続ける。

 「さて、じゃあ復活した『相良京子=ヒルマモチ』だけど……」と言いかけた達也くんに、

 「めんどくさいから『ヒルマモチ』で良いんじゃない? こっちは『早穂』なんだし」

 と凛子さんが言う。「そうだね」と言って、達也は続ける。

 「今回のヒルマモチは新規作成されたものかな? 僕は少し違うように思えるんだ。あの場面を見てから」

 「きよ=ヒルマモチ」を見た三人は頷いた。

 私は言った。

 「その通りだと思う。私が見たのはたしかに相良京子だったけれど、あれは『きよ』のヒルマモチだったと思う」

 「じゃあ、そのヒルマモチが復活したっていうこと? 相良京子の霊を取り込んで?」

 私は首を振った。「逆だと思う」

 達也くんと凛子さんが次の言葉を待っている。私は考えを纏めようとした。

 「推測なので、根拠はないんだけれど……」

 「かまわないわ。言ってちょうだい」凛子さんは即答した。

 「相良京子はあの時死んだわ。それは間違いない…… でも私たち、ずっと不思議に思っていたことがあったんじゃない? 相良京子はどうしてあんな短期間に『似非』ではあってもヒルマモチを操れるほどの術者になれたのかって」

 虚を突かれた顔の達也くんと凛子さんは、妙に納得した顔になった。

 「それまで、ごく普通の暮らしをしていた、相良京子は父親の死をきっかけに本籍地を辿り、あの廃村へ向かったのね。普通はそんなことはしないわ。だけど彼女はやったのよ」

 言いたいことをうまく纏めようと、頑張りながら私は続けた。

 「そこに、呪術師、相良一族の念が込められていたから……」

 「導かれたってこと?」達也くんが聞き、私は頷く。

 「あの廃村にたどり着いた京子は、相良の歴代呪術師の念により呪術師として覚醒した、っていうのは飛躍しているかしら?」

 凛子さんは頷いた。

 「確かに飛躍しているけれど、それくらいしか考えられないわね。父親は以外にその才能を発揮できていないようだったし、だから父親が教えたっていう線は無しだと思う」

 という言葉に棘を含んでいるのは、私への凛子さんからの優しさなんだと、感じる。

 私は続けた。

 「そこには祟り神としての早穂が居たわ。そして早穂は既に歴代相良に呪いでガチガチにされていた。相良の末裔として、操るのは比較的容易だったかもしれない」

 早穂から否定的な意思が伝わってこなかったのは、それが正しい推測だからなのだろう。当事者が言うのなら間違いない。

 「ただ、京子はそこでもう一体のヒルマモチを見つけていたのよ。ほとんど死んでいるヒルマモチ=きよをね」

 達也くんと凛子さんは黙って聞いている。

 「京子の頭の中は、基本的には私への復讐しかなかったから、あの時はそれをどうしようという気はなかったかもしれない。それにあれは相良の呪いで縛られていない分、扱いにくそうだったから」

 「だけど、京子は私たちからの呪い返しで死んでしまった。はい、一件落着、とならなかったのは、達也くんが早穂と相良の繋がりを、呪いを切ったからよ」

 「!?」

 達也くんは驚いていた。まさかの僕が元凶説? などと思った顔だった。

 私は笑った。

 「違うわ。達也くんには感謝しているの、私も早穂も。その時達也くんが動かなければ、少なくとも早穂は間違いなく縛られたままだったわ」

 「だけど、早穂を縛っていた呪いが切られたことで相良斎さがらいつきが目を覚ましたのよ」

 凛子さんと達也くんは、あの鉈を振り上げていた、そして達也が半死半生にした、相良千景に酷似した男を思いだしていたようだ。なるほど、腕っぷしはからっきしだが、術者としては超一流のはずだ。繋がりの切れた早穂ではなく、辛うじてでもつながりのあるきよを使って復活を目論んでもおかしくはない。 

 なるほど、と凛子さんは思った。

 「だからあの時、とどめを刺せって言ったのに…… それで相良京子なのね」

 凛子さんが唐突に言った言葉に達也くんは戸惑う。だが私は頷いた。

 「えーっと、僕にもわかるようにお願いできない?」

 お願いする達也くんに凛子さんは優しく微笑んで、わかったわかったと頭を撫でる。

 --うわあ、でたよバカップル。人の気も知らないでイチャつくのは全然変わってないのね

 私は少しむかついて来た。早穂も煎餅を齧るのを止めて二人を睨んでいる。

 そんな私と早穂の視線には気づかずに凛子さんは話し始めた。

 「復活したいけれど、ヒルマモチは女しかなれないの。だから女の主人格が必要なのよ。ちょうど早穂が主人格となって歴代を吸収していったように。だけど『きよ』はもう主人格としては古すぎて使い物にならない。かと言って歴代の呪術師は多くが男性だったと推測できるし、仮に女性が居ても中途半端に呪力が強いと、いつき自身の影が薄まるわ」

 達也くんは手を打った。

 「それで『似非』レベルの京子か。しかも死んで間もないから生気がまだあるってことだ。これならコントロールしやすそうだ」

 凛子さんは黙って頷き、達也くんを見つめていた。

 私と早穂はしらーっとしていた。

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