第17話 リシアの来訪と秘密練習

 俺の考案した戦術は、もはや王都の常識になりつつある。貴族たちは俺を見る目が明らかに変わった。かつての嘲笑は消え失せ、代わりに尊敬と、かすかな畏怖の念が宿っている。


「レナード様、素晴らしいご活躍で」


「アルバート家の誇りですな」


(へぇ、俺の扱いも随分変わったな。返す手のひらが軽いのは下っ端貴族の伝統みたいだな)


でも、こういう時こそ油断は禁物だ。


(こういう時こそ『油断大敵』。いつどこから『アンチ』が飛んでくるか分からねーからな)


 俺は、社交界を『新たな戦場マップ』と捉え、貴族たちの『情報戦』を冷静に分析していた。


彼らの表面的な笑顔の裏に隠された思惑を読み解くのは、まるで『敵の足音』を聞き分けるようなものだ。

一瞬の判断ミスが、命取りになる。


 そんなある日、俺の元に、思いがけない来訪者があった。


「お兄様!」


辺境のアルバート家から、俺の妹、リシアがやってきたのだ。


「リシア!」


久しぶりの再会に、俺は思わず抱きしめていた。


「お兄様!会いたかったです!」


リシアは俺の胸に顔を埋め、震える声でそう言った。

その小さな体は、王都までの長い旅で疲弊しているようだった。


俺はリシアの頭を優しく撫でた。


「よく来たな、リシア。心配かけたな」


(ずっと会いたかったよ)


リシアは、王都の華やかさに目を輝かせながらも、どこか戸惑っているようだった。そして、俺のすぐ隣に立つセリナの姿に気づくと、その表情は一瞬にして凍りついた。


「お兄様...そしてセリナ様もお久しぶりです」


セリナもまたリシアの登場にどう対応して良いか戸惑いをを露わにしている。剣に打ち込み戦場を駆けてきた彼女にとってリシアのような『お嬢様』と仲良くなるのは苦手なのだろう。返事も悪気はないだろうが、ぶっきらぼうになった。


「貴様は...レナードの妹か。久しぶりだな」


まるで、『新たな敵プレイヤー』が現れたかのような、緊迫した空気が流れる。


(やべえ、この空気...)


「リシア、いまセリナは俺の...護衛だ。あと王都で貴族連中とどう接したら良いか助言してもらってる。帝国の姫騎士だからな、貴族の扱いもよくわかってる。」


なぜだか、言い訳がましく答えてしまった…。何も悪い事はしてないのに…。


俺の態度を見て、リシアの視線が鋭くなる気がした。


「護衛...ですか」


リシアは、セリナのツンとした態度に怯えつつも、俺の隣に立つ彼女の存在に、かすかな嫉妬心を抱いているのが分かった。


(これは、俺にとって新たな『ミッション』の始まりだ)


王都の社交界という『戦場』で、俺は二人のヒロインをどう『攻略』していくべきか。


(俺の『FPS知識』が、こんなところで役立つとは夢にも思わなかった)


 リシアとセリナの出会いは、まるで『異なる陣営ファクション』の『プレイヤー』が初めて『マッチング』したような、奇妙な緊張感に包まれていた。


最初は互いに警戒し合い、言葉少なだった二人だが、俺を巡って徐々に微妙な空気が流れ始める。


「お兄様、お疲れでしょう?」


リシアが俺の腕にそっと触れる。


「私が夕食をお作りしますね。お兄様の大好きな、故郷の味を再現しますから」


我が家は没落貴族、妹が料理を手伝うなんて当たり前となっているからリシアもそこそこ出来る。リシアは俺の腕にそっと触れ、上目遣いでそう言った。


その可愛らしい仕草に俺は思わず頬が緩む。


(可愛いな...)


だがその瞬間、セリナの視線がまるで『レーザーサイト』のように俺の腕に突き刺さるのを感じた。


「レナード、貴様、剣の稽古を怠っているのではないか?」


セリナが突然言い出す。


「私が直々に指導してやる。さあ、訓練場へ行くぞ!」


セリナは有無を言わさぬ口調で俺の手を掴む。

その力強い手つきは、まるで『敵エネミー』を『確保』するかのようだ。


リシアは、セリナの行動に驚き、セリナは、リシアの『攻撃』に警戒する。


 俺は、二人の間に挟まれ、まるで『挟み撃ち(クロスファイア)』に遭った『ターゲット』の気分だった。


(いきなり『修羅場』かよ)


(どうする、俺?『逃走エスケープ』するか?いや、それは『プレイヤー』として『失格』だ)


 俺は二人の好意に気づきつつも、どうバランスを取るべきか悩んだ。FPSの『チーム戦』なら、それぞれの『役割ロール』を明確にして、『連携』すればいい。


だが、これは今までの人生で最も意味不明で苦手な『女性の気持ち』を組み入れなければいけない。そんな事できんのか?俺が…。


頭の中で『攻略チャート』を必死に組み立てようとした。


 結局、その日はリシアの手料理をセリナも交えて食べ、食後にセリナと軽く剣の稽古をするという、なんとも奇妙な『共同戦線』が敷かれることになった。


「美味しい...」


セリナがリシアの手料理を口にした。


「本当ですか!?」


リシアが嬉しそうに微笑む。


「ああ、悪くない」


セリナが素っ気なく答えるが、その表情は満足げだった。

そして、剣の稽古で俺を圧倒するセリナの姿を、リシアは感心したように見つめる。


「セリナ様、すごいです」


「貴様、意外と料理ができるのだな」


セリナがリシアに言う。


「セリナ様も、剣の腕はさすがです。お兄様も、もっと真面目に稽古しないと」


「おい、俺は頑張ってるぞ」


俺が抗議すると、二人が同時に笑った。


(あれ?これ、もしかして...)


最初は警戒し合っていた二人だが、俺を介して、少しずつ距離が縮まっていく。


 リシアは、セリナのツンデレな態度に翻弄されつつも、彼女が俺にとって重要な存在であることを理解し始める。


俺は、二人の間で揺れ動きながらも、この奇妙な『三角関係』を楽しむことにした。


 王都での生活が落ち着きだしたある日、俺はリシアの光魔法の才能を伸ばすための「秘密の訓練」を始めた。


「いいか、リシア」


俺は庭の木に印をつけ、リシアに指示を出した。


「光魔法はただ闇を払うだけの魔法じゃない。『サポートアイテム』だ」


「サポートアイテム...?」


リシアが首をかしげる。


「まずは、『エイム練習』だ」


俺が木の印を指差す。


「あの印に、魔法を一点集中させて当ててみて」


リシアは、俺の奇妙な指示に首を傾げながらも、光の球を作り出し、木に向かって放った。だが、光の球は不安定に揺れ、印を外してしまう。


「違う」


俺が訂正する。


「光の球を放つんじゃない。光の矢を放つんだ。そして、ターゲットに当てるまでの『弾道』を意識しろ」


俺は、FPSの狙撃手スナイパーの動きを真似て、片目を瞑り、指でターゲットを指し示した。


「こうやって、狙うんだ」


リシアは、俺の指示通りに光の矢を作り、放った。

すると、その光は、先ほどよりもまっすぐに飛び、印の近くに着弾した。


「すごい!お兄様、すごい!」


リシアは、自分の進歩に目を輝かせた。


(よし、手応えがある)


俺は、彼女の才能が、FPSの訓練によって、驚くほど効率的に伸びていくことを確信した。


次の訓練は「カバー練習」だった。


「ガロウ、悪いけど攻撃を仕掛けてくれ」


「分かりました、レナード様」


俺は、ガロウに剣で攻撃を仕掛けるよう指示し、リシアに命じた。


「リシア、俺の『カバー』として、光の壁を作れ」


「は、はい!」


ガロウの剣が俺に迫る。

リシアは、恐怖に震えながらも、教わった通りに光の壁を展開した。その壁は、ガロウの剣をしっかりと受け止め、俺を守った。


「素晴らしいぞ、リシア!」


俺は興奮して叫んだ。


「ガロウの攻撃を、完璧に『ブロック』した!今のは、最高の『連携』だ!」


俺は、まるでゲームで勝利したかのように興奮してリシアを褒め称えた。リシアは、自分の魔法が俺を守れたことに、大きな喜びを感じたようだった。


「お兄様を守れました...」


「ああ、完璧だったよ」


(リシアの才能、すごいな)


 そんな秘密の訓練が続くある日、リシアが一人で庭を歩いていると、突如、訓練用の魔法が暴発し、彼女に迫った。


「きゃあ!」


彼女は、恐怖で体が硬直する。

だが、その瞬間、俺との訓練を思い出した。


(『カバー』しなきゃ...!)


リシアは、無意識のうちに光の壁を展開し、魔法の爆発から身を守った。


「リシア!」


訓練場に駆けつけた俺は、無事だったリシアの姿を見て、安堵の息を漏らした。


「大丈夫か!?」


「お兄様...私、守れました」


そして、彼女が自分自身を守ったことを知ると、俺は誰よりも嬉しそうな顔をした。


「リシア」


俺が彼女の肩に手を置く。


「リシアはもうただの『回復役ヒーラー』じゃない。立派な『戦術的サポート』だ!」


俺は、心から誇らしげにリシアの頭を撫でた。

リシアは、俺から教わった「秘密の訓練」が、自分をこんなにも強くしてくれたことを知り、俺への尊敬と愛情を一層深めたようだった。


「お兄様...ありがとうございます」


「いや、これはリシアの努力の成果だ」


彼女は、俺に守られるだけの存在ではなく、共に戦う「仲間」になることを、心に誓ったのだろう。


(よし、これでリシアも立派な戦力だ)


 俺の『パーティー』は、また一人、強力なメンバーを得た。そして、この『ゲーム』はますます面白くなってきた。


(さあ、次はどんな展開が待ってるんだ?)


新たな冒険への期待に胸を膨らませていた。

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