第40話 大好きだったのに、まっすぐに好きって言えなくてごめんなさい
話し終わった瑠々は、感情を抑えるようにぎゅっと胸の前で両手を握りしめる。
「私ね、女の子が好きなわけじゃないの。男の子が嫌いなの。怖いの。でも、そのせいで薫ちゃんとの関係をおかしくしちゃった。私が過去と向き合えないせいで、少しずつ三人の関係までおかしくなっていっちゃったの。だから、なんとかしなきゃって思って……」
「僕も気づかなくてごめん……。瑠々がそんな想いを抱えていたなんて気づけなかった。恋人ならもっと早くに瑠々の想いに気づいてあげられるはずなのに、僕は僕の事ばっかりしか考えてなくて……」
「そんなことないよ。だって、薫君、ずっと私を見てくれていた。だから、こうしてあなたとここに来たいと思ったの」
あとね、と瑠々は続ける。
「も、もう一つだけ、見てほしいものがあるの。今さらかもだけど、嫌いにならないでほしいな」
「もちろん! 瑠々のこと、嫌いになるわけなんてない!」
必死に笑顔を作り出しながら小さく頷いた瑠々は、そっと、上着の裾をまくり上げる。
露わになる腹部。
そこには大きな傷跡が存在していた。
臍の左横に存在する大きなそれに、僕は言葉を失う。
痛々しく、そして何より、その傷を負ったときの彼女の想いを想像するにはあまりにも大きなそれは、僕の心を締め付ける。
「その傷、どうやって……」
「あはは。さっきの話、思い出すのが怖くなって咄嗟に少しだけ嘘ついちゃった……。突き飛ばされたのは、弟じゃなくて私なんだ。思い切り突き飛ばされたときにね、近くにあった植え込みに倒れこんじゃったんだけど、そ、そこにね、割れたガラスがあったみたいで……。最初、何が起きたかわからなくて、でも痛くて、起き上がるとお腹から血がいっぱい出てて……。こ、わ、くて……。助けて、ほしくて。私を突き飛ばした彼に近づこうとしたの。そんな彼でも好きだったから。助けてほしかったから。そ、そしたらね、そいつがなんて言ったと思う? 『こんなことで倒れるお前が悪い。俺の気持ちに応えられるならこんなことにはなってない』って……」
そこまで言うと、瑠々は座り込んでしまった。
そして、泣きながら、苦しそうにうめき声をあげる。
縮こまる背中は過去に押しつぶされそうに見えた。
僕はすぐさま駆け寄って、彼女の背中を摩る。
彼女にのしかかる過去が少しでも消えてほしいと願いながら。
「瑠々、話してくれてありがとう」
瑠々は「苦手」と言ったけれども、これはその言葉で片付けることをしてはいけないほどの大きな傷。
何より、傷を負った時の相手からの言葉に心が酷く傷ついたはず。
それなのに、瑠々は必死に僕を好きでいてくれようとしていた。
僕のことを真剣に考え、苦しみ、何とか答えを出そうとしてくれていた。
僕は無遠慮に彼女に好意を伝えてしまった時の自分を思い出し、後悔する。
僕は瑠々のポジティブな所ばかりを見ていた。
出会ったばかりの瑠々はふさぎ込んでいて、その存在がふっと消えてしまいそうで怖くて、僕は声をかけ続けた。
いつの間にか彼女は笑顔を見せるようになってくれて、気が付けば三人でよく笑うようになった。
だからだろう。
僕は瑠々の抱えていた問題が解決されたんだと、乗り越えられたんだと思っていた。
そう思って、彼女に気持ちを伝えてしまった。
表面的なことばかりを見ていた自分が情けなくなる。
もっとちゃんと彼女を見られていれば、こんなに彼女を苦しめることもなかったのに。
「そんな顔、しないで」
瑠々の手が僕の頬に触れる。
「今日はずっとね、男の子の薫ちゃん、ううん、薫君と思って接してたの。あなたと、過去のすべてを塗り替えたくて……。あいつと過ごした場所のすべてを、あなたとの今で塗り替えたかったの。あなたの存在が私にとってどれだけ救いだったのかを確かめたかったの。……め、めんどくさい女でごめんね……。でも、ここまでしないと駄目だったから。一人じゃ乗り越えられそうになかったからごめん、ごめんね。弱くて、ズルくてごめんね」
僕は首を横に振る。
彼女の今を、決断を、勇気を、そのすべてを肯定するように、首を横に振った。
「怖くなかったって言ったら嘘になる。でも、あなたがくれた優しさが、向けてくれ続けた笑顔が、与え続けてくれた言葉が、私を守ってくれているのがわかった。今の私を、薫君がくれたすべてが包み込んでくれていることがわかったの。男の子か女の子かなんて関係なかった。なかったの。ただ、私があなたをちゃんと見ることができていなかっただけだった……」
僕は思わず瑠々を抱きしめる。
ぴくっと一瞬彼女の体は震えたけれど、その後は安堵したように力が抜け、体が密着するとともに熱がじんわりと伝わってきた。
「ごめん、なさい。あなたを縛ってごめんなさい。大好きだったのに、まっすぐに好きって言えなくてごめんなさい」
瑠々はぽろぽろと大粒の涙をこぼしていく。
限りなく透き通った瞳から、どこまでも澄んだ涙を溢れさせていく。
「私の心はあなたのおかげで救われた。あなたのおかげで強くなれたの。でも、あなたが強くしてくれた心の隙間から見えた過去があまりにも違っていて、気が付けば過去の私がこっちを見てくるの。強くなったからこそ、怖かった。あなたと触れ合った時に、私が私じゃなくなるかもしれない。今のあなたが見つけてくれた私じゃなくなるかもしれない。それがどうしようもなく怖かったの。……怖かったよ」
瑠々は泣き続けた。
過去から自分を救い出すように。
過去と決別するように。新しい自分を祝福するように、泣き続けた。
僕はそんな彼女を抱きしめ続けた。
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