第18話 ズルい

 そんな僕の想いを知ってか知らずか、そう言えば、と誠が話題を切り替える。

「薫はどっちになるか決めたのか?」

「んん⁉」

 急な方向転換に、僕の心は慣性のままにその場に置き去りにされる。

「どっちって、女の子に決まってるじゃん。私と付き合ってるし、これからもずっと一緒にいたいから女の子になるんだよ。そのために女の子の生活に慣れていってるんだし。ね、薫ちゃん?」

 瑠々の僕との、女の子の僕との未来を見据えた、キラキラとした笑顔と瞳がこちらを捉える。

 しかしその一方で、誠の眉根が寄っていることにも気づく。

 僕にとって大切な二人の相反するような顔を見て、僕の喉は強めに締まる。

「えっと、その……」

「薫ちゃん?」

 瑠々の瞳からキラキラが消え、黒が濃くなっていく。

 そこに映る僕は酷く汚く見えた。

「女の子、になるんだよね?」

「その、僕は……」

 これまでそういう話になった時は、彼女の目を見ないようにしていた。

 でも今、瑠々は僕の目を見て、僕の心を覗き込んできている。

 誤魔化せない。

 かと言って、目を逸らすこともできない。

 きっと逸らした時点で、瑠々は僕の想いに気づく。

 それはきっとよくないモノを大きく孕んでしまうはず。

 そう感じた僕は、思いを吐露し始める。

「まだ……決められてない。というか、心が男の子からなかなか動いてくれないんだ。も、もちろん瑠々とは付き合っていきたいし、瑠々が女の子になってほしいってのは理解しているから、その努力はしていくつもりだよ。でも心に関しては、少しだけ自分のペースでいきたいかもって思ってる」

「もしかして、誠は薫ちゃんから悩んでるって聞いてたの?」

 すっと、温度の乗らない瞳が誠を捉える。

 誠は言ってはいけないことだったか、と申し訳なさそうにぽりぽりと後頭部を掻いている。

「いや、聞いてたのっていうか、薫が女子になって初めて登校して来た日に、どっちにするべきか悩んでたから、あの後どうなったのかなと気になっただけで」

 それを聞いた瑠々は、さらに温度の下がった瞳でこちらを見る。

「私、そんなこと聞いてない」

「言えなかったのは、本当にごめん。でも、僕も瑠々との未来を考えていることは嘘じゃない。その上で、気持ちが整理できたら伝えようと思ってたんだ」

「伝える? そうじゃない。そうじゃないよ、薫ちゃん。駄目だよ? 薫ちゃんは女の子になるんだよ? そうじゃないと私たち、付き合えないんだよ? 別れなきゃいけない。それは嫌。薫ちゃんも嫌だよね?」

「そ、れはもちろんそうだよ」

「じゃあ、女の子になろう? 楽しかったでしょ? メイクも買い物も、私との時間も。楽しかったよね?」

「もちろん。瑠々と過ごした時間は素敵過ぎるくらい素敵だった」

「じゃあ……」

「でも、ごめん。だからこそ、ちゃんと考えさせてほしい。瑠々の愛に僕はちゃんと応えたい。だからこそ、ちゃんと女の子を選べるかどうかの時間が欲しい。僕の心はずっと男の子のままで止まってる。女の子になるかどうかまでは考えきれていないんだ」

「嫌! 薫ちゃんは女の子になるの! 私と女の子のまま一緒にいるの!」

 瑠々の悲痛とも言える叫びが僕の心を割いていく。痛い。

「落ち着けよ、瑠々。薫だって別にお前といたくないとか言ってるわけじゃないだろ。薫も女になったばっかりなんだ。今後どうするか考える時間だって必要じゃないのか?」

 僕をかばうように誠が言葉を発する。

「うるさい! これは私と薫ちゃんの問題だから黙ってて!」

「黙っててって……。そりゃ、二人の間の事なら俺が口出すことじゃない。でも、薫が男と女、どちらを選ぶのか悩んでいるってのは、友人としても放っておけることじゃないだろ。それに、薫にだけ女を選べってのはおかしいんじゃないか? そこは瑠々も薫が男に戻った時を想定して考えるべきで。そこをクリアしていかないと、二人でいるも何もないだろ」

「あんた何様? なんで私たちの問題にそこまで首突っ込むの? もしかして、女の子になった薫ちゃんのことでも好きになったの? だから、私たちの仲を裂こうとしてるんじゃないの?」

 邪推だ。

 僕は率直にそう感じた。

 あまりに的外れなことを言ってしまっている瑠々を僕は止めようとした。

 きっと、瑠々もそんなことを言いたかったわけじゃない。

 そう信じて。

「瑠々、そんなこと言ったら誠が困っ……」

 僕は思わず出しかけた言葉を飲み込んでしまった。

 だって、誠がこれまで見たことのないほど赤らんだ顔をしていたから。

 そして、その赤らみを隠す様に口元を手で覆っていた。

「誠?」

「あはっ。もしかして、図星だった?」

「なんの、ことだ?」

 微かに、誠の目元がひきつり、瞳が歪む。

「なんだ。だからそんなに必死だったんだ。でも、そうだとしたら、薫ちゃんは渡さない」

 僕は突如として湧いた情報に混乱をする。

 そんな僕の新しい混乱の種を蹴とばすように、瑠々は続ける。

「薫ちゃん、こいつとはもう話さないで」

「え?」

「こいつが薫ちゃんのこと、好きって言うのなら、三人でいられない。薫ちゃんだって三人でいたいだろうから我慢してあげたいけど、これは無理。私の事だけ見て。誠とはもう話さないで、触れ合わないで」

 僕の手を取り、ぎっ、と鋭い目つきで誠を睨みつける瑠々。

 僕は、僕の弱さゆえにぶつかり合ってしまっている二人を前に、何も言うことができない。

 僕は、瑠々が大切だから、瑠々との関係を壊したくなくて心を隠していた。

 僕は、誠には気兼ねなく話せる仲だからこそ、素直な気持ちを伝えていた。

 どちらも嘘じゃない。

 けれども、それは僕の都合でしかなかったことを痛感する。

 僕の醜さが、弱さが、せっかく元に戻りかけた三人の関係に大きなひびを入れてしまった。

 選ぶことのできない選択肢はただそこにあり続けて、僕は自身の醜さを呪った。

 その日の夜、誠から一言、メッセージが送られてきた。

『俺のことは気にするな』

 僕はどこまでも卑怯だ。

 彼からのメッセージに少しだけホッとしている。

 瑠々と誠。

 どちらも大切な人のはずなのに、僕は僕の作り出した天秤に二人をかけながら、僕だけが傷つかないようにしている。

 ズルい。

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