一章 新しい僕とあの子とあいつ

第3話 どっちになってほしい?

 瑠々から告白をされた日の昼休み。

 僕は窓際の自身の席に座りながら、昼ご飯を食べるでもなく、どこまでも無遠慮に青を主張する空を見上げていた。

 瑠々から付き合おうと言われたのは素直に嬉しかった。

 だって、好きだった子からそう言ってもらえたのだから嬉しくないわけがない。

 思春期男子(仮)の欲をなめないでほしい。

 でも、瑠々が好きと言ったのは女の子の僕。

 もちろん、僕から見たら瑠々は何も変わっていない。

 だからこそ、瑠々が言ったように、これは相互にとってメリットのある提案。

 瑠々が好きな僕は瑠々と付き合うことができる。

 告白を断らざるを得なかった瑠々は、僕の想いを受け入れることができる。

「今はそれでいいんだろうけど……」

「……い。おー……。おーい、薫?」

「うわっ!」

 突如として耳元で聞こえてきた声に驚いて、僕の体は少しだけ跳ねる。

 同時に舌を噛んでしまった。

「っう……」

「すまん。そんなに驚くとは思わなくて」

 口元を抑えながら声のした方を見ると、そこには思わず見上げてしまうような背丈を有した男子生徒が立っていた。

 丁寧に整えられた細めの眉と、その下に配置されるやや切れ長の目が良く似合っている。

 神崎誠。

 僕の友達。

 誠とは小学校低学年からの付き合いで、同じ高校に進学し運よく同じクラスになることができた。

 腐れ縁じゃなく、普通に良い縁で繋がれることができている友達。

「ひゃ、ひゃにか用?」

「いやまあ」

 言いながら、誠は後頭部を掻いた。

 短髪がゆえに爪が直に頭皮にあたっているのだろう。

 ぽりぽりと心地よい音が鼓膜を揺らす。

「その、薫も女になっていろいろ戸惑うこともあるかもしれないけど、何かあったらいつでも相談乗るぞ」

「ありがと。本当、助かるよ」

 僕は誠に前の席に座るように促した。

 彼の手にお弁当が握られていたためだ。

 昼休みはいつも二人でご飯を食べることが日課となっている。

 ことり、と誠はその体の大きさに反比例するような繊細さでお弁当を机に置くと、こちらを真正面から見据えながら話を続ける。

「で、どうだ? 何か困ったことはないか?」

「困ったことは、今のところないかな」

 僕も鞄からお弁当を取り出して机に置いた。

 お父さんとお母さんは、僕が検査を受けている間に女の子として生きていくための服など、一通りのものを揃えてくれていた。

 けれども、お弁当に関しては気が回らなかったようで、これまで通りの濃い青を基調としたお弁当のままだった。

 いやまあ、そもそもお弁当箱にそれほど性別の違いが生まれるわけでもないけど。

「誠のおかげだよ」

 僕は唐揚げを一つ口に放り込もうとした。

 けれども、小さくなってしまった僕の口は前のように唐揚げを一口で放り込める大きさではないようで、仕方なく入りきる分を嚙み切って口に入れる。

 無念。

「俺はなんもしてねえよ」

 誠はお弁当に入っていた唐揚げを、するりと口に放り込んだ。

 そして、もしゃもしゃと一気に咀嚼しあっという間に飲み込んでしまう。

 羨ましい。

「いや、してくれてたじゃん」

「んん? 何をだ?」

 よくわからんとばかりに誠は首を傾げる。

「いやだって、いろいろ調整してくれたのは誠じゃん。病気になって困ってるだろうから、俺に諸々任せとけって」

 そう、僕が女の子になってしまったのは『性別流転症候群』という病気のせい。

 性転換してしまう、五十万人に一人の奇病らしい。

 ただ、この病気は他の難病などと違い、そこまで深刻に捉えられているわけじゃない。

 なぜなら、発症して一度性転換を終えた半年から一年後には、どちらかの性別を再び選ぶことになるからだ。

 担当してくれたお医者さんから、病気の原因や最後改めて性転換できる理由など色々聞いたけど、正直、専門的過ぎてさっぱりだった。

 遺伝子がどうたら、DNAがうんちゃらと。

 お医者さんには申し訳なかったけど、これからの生活のことで頭がいっぱいだった。

 急に性別が切り替わったんだ。

 いくら一年もない間だけとはいえ、諸々調整することが山積みだというのは世間を知らない高校生である僕ですらわかる。

 僕がこれからのことを憂いている中で、担当してくれたお医者さんは最後にこう伝えてきた。

「君は男の子の女の子、どちらも選ぶことができる。せっかくの機会だし考えてみてもいいんじゃないかな?」

 そうは言われても、僕の答えは決まっていた。

 この十五年、男の子として過ごしてきたんだ。

 女の子になるという選択肢はもちろんない。

 ただ、そうは言っても女の子の体で男の子のように過ごすことはできない。

 服やら何やら切り替えないといけない。

 なかなか大変そうだ。

 近しい未来を思い、僕は頭を抱え続けた。

 そしてそんな中、僕が女の子になってしまったことを知った誠は、検査などを終えて登校を再開するようになるまでの二週間、クラス内で僕とどう接するべきか、どうすれば僕に負担がかからないか、どうすればこれまで通りに僕を受け入れられるのかを自身が中心となってクラスの皆と話し合ってくれたのだ。

 そのこともあって、僕が想定していたよりもはるかに混乱は小さかった。

 むしろ、他クラスや他学年から僕を見に来る野次馬たちをクラスメイトが一丸となって追い払ってくれた。

 それに……。

「性別流転症になったことのある人に、話を聞きに行ったりもしてくれたんだよね?」

「ん? まあ、な。俺やクラスの奴らだけで話し合っても限界はあるしな。実際に罹患した人に話を聞くのが一番だと思ったんだよ」

「本当に、ありがとね」

「ま、困ったときはお互い様だ」

 きっと大変だったはず。

 それなのに誠はどこ吹く風と軽やかに唐揚げを口に運んでいく。

「あ、あと一つ聞いておきたいんだけど、誠は僕に男の子と女の子、どっちになってほしい?」

「どっちにって、それを決めるのは薫自身だろ? 俺に聞いてどうするよ」

 少しだけ誠の眉根が寄る。

 誠は身長百八十センチと体格がよく、さらにやや強面であるため眉根を寄せると相手を威圧しているように見える。

 しかしそれは彼の本意ではなく、彼が眉根を寄せるときは純粋に疑問に感じた時。

 だからこそ僕は、彼の疑問を解消すべく話を進める。

「今は女の子の体になってるけど、僕はあと半年から一年後に自分の意思でどちらになるかを決めることになるじゃん?」

 次の唐揚げを口に放り込みながら頷く誠。

 いや、唐揚げ多いな。

「僕としてはまだどっちになるかとかまでは考えきれていないんだけど、誠はどう思ってるのかなって聞いておきたくて。もちろん参考までにだよ。誠に変に責任負わせるとかそういうことじゃないから」

「そりゃ男だろ。こっちは小さい時から男の薫と過ごしてきたけだしな。ま、もちろん薫が女の子になりたくなったらそれはそれで応援するけど、個人的には男になってほしいなとは思ってるよ」

「やっぱり……」

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