第7話 「木下ユウコ6」
岩崎「生活安全課、地域課にも協力してもらい、貝塚セイジを見失った南区の住宅地周辺の監視カメラから、同人物が複数目撃された。この辺りに寝泊まりしているとみて間違いない」
ホワイトボードに映された複数の貝塚の画像。
岩崎課長の隣には、リナと地域課の丸川が立っている。
丸川は少し丸みがかった体形の40代の男性警察官だ。
丸川「これまで聞き込みなどをしてまいりましたが、一気に進展している感覚がありますね」
岩崎「ええ、おかげ様です。えー、尾野寺、目撃件数の多い所はどこだったか」
リナ「はい。この付近の貝塚セイジを捉えた場所をまとめます。ベニマル、お願い」
ホワイトボードに地図が表示され、その付近に設置されたカメラと対応するように映像のウィンドウが複数表示される。
ひとつの監視カメラの映像をピンチアウトして拡大する。
リナ「貝塚は行き、帰り、いずれもこの道を通っています。それから、住宅地の中にも数は少ないですが監視カメラはあります。そのいずれにも貝塚は映っていません」
中川「つまり、この道から出入りして、他のカメラには映らない場所――」
中川がホワイトボードの前に立ち、タッチペンで住宅地の一部を囲む。
中川「この付近に潜伏している可能性が高い。そういうことだろ?」
丸川「この辺りには古いアパートや、昔ながらの街工場が並んでいたりしてね。建物が古いエリアなんだ。道も入り組んでて、監視カメラも多くない」
萩本「しらみつぶしに聞き込みします?」
岩崎「あまり、おおっぴらにして悟られたくない。貝塚が使う道に張り込んで尾行する」
中川「ああ。手っ取り早い方法だ」
アヤ「もし貝塚セイジがどこかに入ったら、踏み込むんですよね?」
岩崎「女性達がそこにいる証拠はまだない。焦るなよ」
アヤ「はい」
真っ直ぐにホワイトボードを見る。
住宅地の一角で車を停めて、中川先輩と二人で張り込んでいる。
貝塚がよく通る時間は夜の21時前後。
アヤ「21時を越えました。このぐらいの時間に多く目撃されていますが……」
中川「見ろ」
運転席のシートをリクライニングして寝転ぶ先輩。
細目で前方の路地を見つめている。
路地から貝塚セイジと思われる男が出てくる。
仕立ての良いジャケット。
すらっとした痩身。
整った顔立ちに眼鏡をかけている。
桐山「いた」
中川「しばらく様子を見る」
貝塚セイジがこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
桐山「え……。こっちに来る。バレてる……?」
中川「バレてない」
貝塚がアヤたちの乗る車と数メートルの距離まで近づく。
アヤは貝塚セイジと目を合わせないように下を向く。
鼓動がどんどんと早くなる。
貝塚はゆっくりとアヤの横を何事もないかのように通りすぎる。
アヤ「はあ、はあ」
息が切れる。
額に汗が噴き出している。
中川「落ち着け。奴は気づいていない。焦るな」
先輩がバックミラー越しに貝塚セイジを目で追っている。
中川「こちら中川だ。貝塚セイジを見つけた。路地から道沿い南西の電話ボックスに入った」
中川が耳に着けた小さいインカムで状況を共有する。
アヤ「はあ、はあ」
動悸が収まらない。
中川「深呼吸をしろ」
アヤ「はい……」
深く呼吸をして心臓を落ち着かせる。
アヤもサイドミラー越しに貝塚セイジが入った電話ボックスを捉える。
県管轄の監視カメラの真下で、死角にある。
アヤ「電話ボックスなんて……、今時、利用する人がいるんですね」
中川「契約不要の安価な通信手段だ。もっとも、使われるときは、災害や、電波障害、個人端末の窃盗や紛失のトラブル、会話の主が特定されたくない時など、良い意味で使われるケースはほとんどない」
アヤ「貝塚は誰と連絡を?」
中川「同じような時間帯にここから通信していた。概ね定期連絡か何かだろう」
アヤ「何を話しているかわかれば……。電話ボックスの通信は記録されていませんか?」
中川「何年もシステム更新されていない古い設備だ。どこにかけたかの履歴は辿れるかもしれない。その先が辿れるとは限らないがな」
アヤ「はい」
貝塚が電話ボックスを出て、こちらに向かって歩いてくる。
アヤ「来た」
中川「目を合わせるな」
ゆっくりと貝塚セイジが近づいてくる。
ふっとその足取りが止まる。
しかし、また何事もないかのように歩きだす。
車を通りすぎ、路地に曲がって入る。
その瞬間、中川がドアを勢いよく開けて走り出す。
アヤ「え!?」
中川が走って路地へ入っていく。
混乱しながら追う。
アヤ「どうしたんです!?」
路地を曲がると中川が走る貝塚を追いかけているのが見える。
アヤ「嘘!バレた!?」
中川「待て!貝塚!」
貝塚セイジは足が速く、中川との距離が縮まらない。
住宅地の中をかけていく三人。
アヤ「はあ、はあ、何で!」
貝塚は住宅地を何度も曲がりながら走る。
少しでも遅れたら見失いそうだ。
息が上がる。前を行く二人から距離が離れる。
アヤ「ま、待て!待って!」
スーツが汗でびっしょりと湿ってくる。
一生懸命に振る肩が痛み始める。
肺が酸素を取り込もうとバクバクと大きく鳴る。
ここで逃がすわけにはいかない。
ユウコの居場所を聞き出さなければ。
パンプスでかかとが痛い。
カツカツと靴を鳴らしながら必死に走る。
それでも前を行く貝塚と中川先輩は、アヤから距離を離していく。
十字路に差し掛かり、また貝塚セイジが曲がる。
萩本「止まれ!!」
貝塚セイジが曲がった先から萩本が走ってくる。
驚いた貝塚が立ち止まったかと思えば、反転して今度は中川に向かって行く。
中川が立ち止まって、ボクシングのような構えを取る。
貝塚がポケットから何かを取り出し、カシャっと金属音をたてる。
折り畳み式のナイフだ。
それを突き立てながら、中川に突進する。
貝塚と中川が接触する直前、中川がぐるんと回転して回し蹴りを食らわせる。
大きく横に弾き飛ばされる貝塚セイジ。
しかし、横に一回転して受け身をとり、すぐ立ち上がって走り出す。
中川が進行方向を阻もうとするが、それをかわし、今度はアヤのほうに向かってくる。
中川「避けろ!桐山!」
立ち止まるアヤ。
ナイフを突き立て、真っ直ぐに向かってくる貝塚セイジ。
アヤ「はあ、はあ、すぅー」
大きく息を吸って呼吸を整える。
アヤ「……感情を律し、自分を制す」
左足を前に出し、自然体に構える。
アヤ「静かに前を向き、困難から、逃げない!」
目前に迫った貝塚が腕を伸ばし、アヤに向けてナイフを突き出す。
突き出した貝塚の腕の袖口を左手で掴み、勢いよく貝塚の腕に右手を回り込ませる。
身体をひねって反転し、腕を掴んだまま貝塚を背中に背負う。
走っていた勢いのまま、アヤの背中に体重を預ける形になる貝塚。
アヤは腕をつかんだまま、勢いよく貝塚を投げ落とす。
それは柔道の一本背負い。
地面に背中を叩きつけられる貝塚。
貝塚「ぐ!」
貝塚の腕をひねり上げ、ナイフを落とさせる。
マトン「一本!」
貝塚の頭の横でマトンが片手を上げる。
アヤ「そこまで!こ、公務執行妨害!危険物所持違反!現行犯逮捕します!」
駆け寄ってきた中川が貝塚に馬乗りになり、手錠をかける。
中川「21時15分!逮捕!」
貝塚は観念したのか、その場でぜえぜえと息を切らしている。
アヤも心臓の鼓動を抑えるように、大きく息を吸って吐く。
アヤ「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」
萩本も駆け寄る。
4人の大きな呼吸音が静かな住宅地に響き渡る。
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