第6話 「木下ユウコ5」





資料室のコンピューターに、仮名“九条ハルキ”の顔データを読み込ませる。

操作してくれている鑑識課の若い女性職員の花井は、出社して間もない時間に刑事課の面々が押しかけて来て、緊張気味に見える。


花井「い、今、犯人の顔データを照会していますので、お、お時間が少しかかります」


中川「どれぐらいかかる?」


花井「せ、正確にはわかりませんが、30分ぐらいはかかるかも」


中川「ここで待たせてもらう」


花井「え!は、はい……」


しどろもどろで花井さんが返答しながら、コンピューターを操作している。


アヤ「顔認証の情報照会、初めて見ました」


中川「急いでいなければ、ここに来ることもないだろうからな」


アヤ「ほかの場所からも見れるようにしてくれていれば、個人端末からも検索できて便利なんですけど」


花井「そ、そういうわけにはいきませんよね。人物データベースは個人情報の塊ですから……」


アヤ「確かに」


中川「技術は進化しても、社会全体が追い付いていないと意味がない。セキュリティの懸念もある。一部の技術だけ進歩しても、運用面が追い付いてこないのさ」


花井「個人のAIパートナーと繋げれたら楽ですけどね。ここのシステムは古いので」


マトンが花井の操作する古いコンピューターの上で首をかしげている。

花井がその様子を見て、微笑む。


アヤ「先輩。防犯カメラの映像からも、九条ハルキはユウコのワインに何かを混入していたと考えられる様子がありましたよね。ほどなくして体調を崩した様子も映っていました。ユウコは何を飲まされていたのでしょうか?」


中川「ドラッグだろうな」


アヤ「ドラッグ……」


中川「九条は一人で異なる名前や役柄を演じていたんだ。目の前で話すとボロが出そうなものだろ。ドラッグを盛って、さっさと切り上げたかったのさ」


アヤ「そんなことを」


中川「どこかに連れ込むにも、意識が朦朧としていたほうが都合がいい」


アヤ「許せない……」


花井「あ……」


モニターの画面に一枚の免許証が表示される。

その写真は九条ハルキと同じ顔。


花井「見つかりました」


アヤ「ホントですか!?」


モニターを食い入るように覗き込む。

同じ県内の住所。年齢は30歳。

名前は、貝塚セイジ。


アヤ「貝塚セイジ……。こいつが九条ハルキの正体……」


中川「こいつが今どこにいるか、居場所はつかめるか?」


花井「免許証の更新は2年前です。同じ人物と思われる公的書類は……」


モニターに貝塚セイジの免許証と紐づけされた情報が並べられる。

市民パスポート、銀行口座、医療機関の利用履歴。


中川「よし。桐山、免許証の住所からだ」


アヤ「はい!」


中川「ほかの利用履歴からも足取りを追えそうだ。課長に相談だな」


アヤ「わかりました!花井さん、ありがとうございます!」


花井「はい。情報、プリントアウトしますね」


アヤ「はい!」




中川先輩の運転で、貝塚セイジの住所に着く。

古い大型集合住宅地の中の一室だった。

会談を上り、一室のドアの前に中川先輩と二人で立つ。

緊張で震える指。

インターホンを鳴らす。


ビー。

中に人の気配がない。

ビー。

もう一度インターホンを鳴らす。


アヤ「不在……でしょうか?」


中川「そうかもしれない。聞き込みをするか」


一階の管理人室を訪ねる。


アヤ「失礼します」


管理人「はい。なんでしょう」


アヤ「お聞きしたいことがあります」


管理人の男に警察手帳を見せる。

驚いた様子だ。


管理人「あの、なにか?」


アヤ「F棟の313号室に入居されている方についてお尋ねしたいのですが」


管理人「はい」


アヤ「貝塚セイジさん……ですよね?」


管理人「えっと、お待ちください」


管理人が奥へ行き、棚からファイルを取り出してペラペラとめくる。


管理人「あー、いえいえ、その方は2年ほど前に出られましてね。今は別の方が住んでいます」


アヤ「そう……ですか。貝塚さんの転居先はご存じですか?」


管理人「いいえ、伺っていませんね」


アヤ「そうですか。ありがとうございます」


中川「引っ越したか」


アヤ「どうやら……」


中川「落ち込むな。ほかの情報からも足取りはつかめる」


アヤ「はい」




車に乗り込んで課長に連絡を取る。


アヤ「課長。貝塚セイジの住所は転居した後と思われます」


岩崎『そうか。口座情報から使用しているクレジットカードが特定できた。最近の利用履歴も掴めた。今、防犯カメラを洗ってもらっている。一度戻ってこい』


アヤ「はい。それでは失礼します」


会話を切り中川先輩を見る。

先輩は頷いてエンジンをかける。




捜査室のホワイトボードにリナ先輩が映像を映す。


リナ「クレジットカードの利用履歴から、2日前に使用したと思われる南区内のコンビニエンスストアの前です」


大通りの防犯カメラに遠目で映るコンビニエンスストア。

そこから出てくる貝塚セイジと思われる男。


リナ「この前後で、この付近のカメラから行動を追っていたところなのですが……」


ホワイトボードに貝塚セイジがフード姿の男と接触している映像が映される。


岩崎「この男は?」


リナ「フードをかぶっていて、男の詳細はわかりません。ここの手元を見てください」


画面ではフード姿の男が貝塚セイジに小さいタブレット端末を渡している。


アヤ「これって……」


中川「次の女性と接触するための準備か」


リナ「その可能性があると思って、皆さんに見てもらおうとピックアップしました。携帯端末は被害女性毎に変わっていますから」


岩崎「いい仕事だ。刑事課にほしいぐらいだよ、尾野寺」


リナ先輩が軽く会釈する。


アヤ「もうすぐ、次の被害者が……?」


リナ「そうならないといいんだけど」


岩崎「こいつの、その後の行動は?」


リナ「このあとすぐに路地裏に入り、その後は特定できていません……」


萩本「ほかのカメラにも映っていない?」


リナ「申し訳ありません」


中川「貝塚のその後はわかるのか?」


リナ「区内の住宅地の方へ移動したところまでは追えています。住宅地の中は公的なカメラが多くないので、こちらもその後は……」


萩本「住宅地の中に拠点があってもおかしくない」


岩崎「この辺りで他の日程からも、貝塚が映っている場面がないか検索してもらえないか」


リナ「はい。行ってはいるのですが、範囲も時間も明確ではないので、スキャンに時間がかかっているようです」


リナ先輩が机の上のベニマルを見る。

ベニマルは正座して目をつむり、真っ赤な顔でうんうんと唸りながら、頭から湯気を出す。


岩崎「ほかの者にも手伝わせよう」


リナ「ありがとうございます」


中川先輩と目を合わせる。


アヤ「犯人が次のターゲットを探しているってことは……、もうユウコは……」


リナ「落ち着いて、アヤちゃん……」


中川「まだわからないさ。この目で見るまではな」


画面に映る住宅地に消えていく貝塚の背中を睨む。




夜。

帰宅してベッドに倒れ込む。

九条ハルキの風貌、そして、その正体、貝塚セイジの顔が頭から離れない。

その貝塚に端末を渡していたフードの男。

次の犯行の準備が進んでいる。


アヤ「ユウコ……」


天井を眺める。


ユウコ「何?アヤ」


アヤ「え?」


ベッドの隣に立つユウコ。


ユウコ「どうしたの?大きい声だして」


アヤ「ユウコ!」


がばっと起き上がる。

気が付けば、懐かしい大学の教室にいた。

隣の席にいるユウコとマドカ。


アヤ「え?」


ユウコ「何?怖い夢でも見てた?」


アヤ「え?」


マドカ「もう!教授が睨んでたんだから!堂々と居眠りしすぎ」


アヤ「え?あ、ごめん」


ユウコ「ほら、お昼行くよ。まったく」


マドカ「アヤ~。ユウコはフラれたばっかりなんだから。あんまりイライラさせないで」


ユウコ「フラれてないしー。フッてやったっての、あんな甲斐性なし」


マドカ「またまた~」


二人が席を立って歩いて行く。


アヤ「ユウコ!」


二人が振り返る。


ユウコ「何よ!さっきからどうした?アヤ」


アヤ「今、何処にいるの?」


ユウコ「え?」


アヤ「大丈夫なの?生きてる?」


ユウコ「え?なんの話?」


アヤ「今、ユウコが失踪事件に巻き込まれてて……」


マドカ「はあ~。居眠りだけじゃなくて、夢まで見てたの?困ったやつだね~」


アヤ「え、あ、夢?」


ユウコ「夢で私が失踪?もう!アヤまで私をいじめようっての?」


アヤ「夢……。夢か。ごめんごめん!夢だったんだ。よかった~!」


パッと目を開ける。

自室の暗い天井が見える。


アヤ「夢……か……」


頬を一筋、涙が流れる。

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