第3話 「木下ユウコ2」
河合ミズキと最後にやり取りをしていた男、税理士の竹中カズマというらしい。
(Mz)<私って、男性とお付き合いの経験がほんとになくって…
竹中さんは恋愛経験が豊富なんだろうなって思っちゃいます。
(Kz)<そんなことはないよ。どうしてそう思うの?
(Mz)<失礼だったらごめんなさい…。竹中さんって聞き上手ですもん。
(Kz)<それだけで恋愛経験豊富とは限らないでしょう?
(Mz)<これまで話をよく聞いてくれた男性は、
すぐに関係を求められてしまって…そのたびに逃げてしまっていました。
(Kz)<ミズキさんは、放っておけない雰囲気があるのもしれないね
(Mz)<放っておけない?
(Kz)<かわいい所があると言い換えた方がいいかもしれない
(Mz)<よくわかりません。
(Kz)<周りの人から、魅力的に見られてるんじゃないかな
中川がモニターをスクロールしていく。
アヤはお伺いを立てるように、先輩の横顔を覗き込む。
アヤ「……変わったところはない。……ですよね?」
中川「……ああ」
アヤ「佐藤ハズキのログに変えますか?」
中川「そうだな」
ユーザー検索から、佐藤ハズキのページに移動する。
佐藤ハズキの相手は、経営コンサルタントの三東トウマという男。
(〃ノωノ)<トマはアタマエライ…( ..)φメモメモ
(経営脳)<頭がいいわけじゃないですよ
(〃ノωノ)<ビジネス強い…スゴイ
(経営脳)<すごくないですって。ただのコンサルなんですから
(〃ノωノ)<すごいよ!有名な会社の社長さんとかに経営戦略教えてるんでしょ?
(経営脳)<口先だけの商売ですよ。すごいのはその社長さんたちです
(〃ノωノ)<トマがすごいんだよ!
(経営脳)<すごい…褒められてますよね。ありがとうございます
(〃ノωノ)<ウンウン(*-ω-) (*-ω-)♪エライネー
(経営脳)<そこまで褒められると、ハズキさんにも教えたくなっちゃいますね
(〃ノωノ)<トマの経営戦略っていうの教えてほしい!
(経営脳)<いいですよ。聞いてくれますか?
(〃ノωノ)<うん!聞きたい聞きたい!
画面でログをスクロールしていく。
隣の中川はログの確認に飽きてしまったのか、
タブレットで何かを検索している。
アヤ「……佐藤ハズキのログは以上です」
中川「……ああ」
アヤ「次は山下メグミのログを見ますか?」
中川「桐山。気にならないか?」
アヤ「何がです?」
中川「九条ハルキは医者、竹中カズマは税理士、三東トウマは経営コンサルタント。みんな高収入と考えられる職業だ。名も知られている可能性が高い」
アヤ「はい……」
中川「だが、この名前で検索に出てくる物は、これらの人物像に合う物が見当たらない」
アヤ「え?」
中川「なぜだと思う?」
アヤ「そうですね……」
うつむいて考えてみる。
アヤ「こういった男女の場では、経歴や収入を偽るケースは多いと聞きます。彼らは自分の職業を偽っていたのではないですか?」
中川「3人ともか?こういったアプリでは、それほど職業詐称が多いものなのか?」
アヤ「いえ……。そうとも言い切れませんけど……」
モニターの横でちょこんと座っているマトンを見る。
アヤ「マーちゃん。この3人の名前と、職業が一致するような人物はヒットしないかな?」
マトン『お待ちください。んーとですね…。残念です。見つけられませんでした~』
マトンがうな垂れる。
アヤ「検索にヒットなし……ですね。SNSをやっていそうなものですが……」
中川「偶然かもしれないが、記載されている物は嘘だったとしても不思議じゃない」
アヤ「男性の顔写真も、はっきり写ったものがないんですよね。雰囲気イケメンというか」
中川「最近じゃ加工が強い写真を上げることも一般的だ。判断は難しい」
アヤ「そうですね」
腕を組んで考える。
出会い系サイトで男性と会う基準とはどんなものだろうか。
はっきりとわかる顔写真はない。
しかし、写真から感じられる雰囲気は魅力に思うかも。
他に会おうと思えるものは何か…。
男の優しい言葉や安心感か、収入面や仕事の安定か、
趣味や趣向の一致か…。
中川「桐山。知り合いとして、木下ユウコはこの男たちと会いたいと思ったと感じるか?」
アヤ「え?」
中川「高学歴で優秀な女性でも詐欺に合う可能性は十分ある。お前はどう思う?」
アヤ「友人の男の趣味までは把握してませんよ」
中川「なら、お前はこの男たちに会いたいと感じたか?」
アヤ「え!?」
中川「同じ女性として考えてみろ」
アヤ「わかりません。こういうアプリは使ったことがないですから」
中川「そうか。次、山下メグミのログだ」
アヤ「なんなんですか……もう」
表情一つ崩さない中川が一段と変に思える。
残る失踪者二名分のログも見終える。
相手の男は、アプリ開発事業の経営者、水内カケル。
もう一人は銀行員の園田ユキヒト。
アヤ「マーちゃん。この二人も情報って出てこない……?」
マトン『う~ん。うう、う~ん』
机の上のマーちゃんを見る。
大の字で倒れ、うなされている。
マトン『膨大な人物情報、複数回の検証、わずかな一致、でも違う~、頭がくらくらです~』
マーちゃんの頭の上をひよこが飛び回っている。
どうやら検索しすぎて倒れてしまったらしい。
アヤ「残る二人の相手、水内カケルに、園田ユキヒト、いずれも当人と思わしきSNSやネット記事はなし。特に水内カケルは経営者です。何かに引っかかりそうではありますよね……」
中川「大方、予想できたことだ」
アヤ「はい……。あの、マーちゃん。もう検索しなくていいよ」
マトン『はいです。お役にたてず、ごめんなさいです。ごしゅじん』
アヤ「いいの、いいの。ふう」
背もたれにもたれ込み天井を見上げる。
中川「失踪した女性たちのログや、相手の男の登録情報は令状を取ってからにしよう。桐山支部長を呼んでくれ」
アヤ「わかりました」
立ち上がって加納さんを探す。
少し離れた席に座っていた加納さんが気づき、こちらに向かってくる。
アヤ「ありがとうございました」
加納「お安い御用ですよ。どうですかな?進展はありましたか?」
アヤ「ええ……。後日あらためて、詳細な登録情報を請求させていただくと思います」
加納「わかりました。個人情報が絡みますのでね。あ~、いやいや、警察官の方に言う必要はありませんでしたね」
アヤ「お手数をお掛けして申し訳ありません。よろしくお願いします」
加納「はは、お安い御用ですよ」
中川「加納さん、ひとつ伺いたい」
先輩が立ち上がる。
中川「ここのアプリは、同一人物によるサブアカウントを認めているんですか?」
加納「いえ、アカウントは一人につき、一つまでです。電話番号の重複は認めていません。私どもは純粋な出会いを安全にというのがウリですから」
中川「そうですか。だが電話番号以外で個人情報の確認はしていない。番号が複数あるなら、その限りではない。他の個人情報で照合していないのだから」
加納さんの眉がピクリと吊り上がる。
加納「……ええ。そういう方もいらっしゃるかもしれませんね」
中川「なぜ規制しない?純粋で安全がウリなら、そのほうが理に適っている」
加納「そうですね。中には、幾つもの番号で複数アカウントを作っている人もいるかもしれませんね。しかしね、規制を厳しくすれば客離れが起きることもある。利益を出すにはバランスが重要なのです」
中川「そうですか。失礼、気を悪くしないでください。人を疑うのが、こちらの仕事です」
加納「ええ」
中川「引き続きお願いします」
中川がアヤに目配せする。
アヤ「この度はご協力頂きありがとうございました」
加納「いえいえ、私たちも自分たちの疑いを晴らさなければいけませんからね」
アヤ「お気を悪くなさらないでください。あの……、会話ログだけ持ち帰らせていただくことは可能ですか?」
加納「少しお待ちを。スノーマン、該当の人物の通信ログをこちらに」
机の上で雪だるま型のアバターがCDロムのような円盤を作り出す。
アヤ「マーちゃん、受け取りお願い」
マトン『はいです』
雪だるまからCDロムを受け取り、胸の中へ溶け込ませるように差し込むマーちゃん。
マトン『データ確認、ウイルスチェック通過。ごしゅじん、受け取り完了しました』
アヤ「ありがとう。加納さん、確認しました。感謝申し上げます」
加納「ええ、また何かあれば協力しますよ」
アヤ「はい」
中川先輩は先に出口へ歩き出している。
アヤ「それでは失礼いたします」
加納さんはにっこりと笑顔を見せる。
軽く頭を下げ、先輩を追って速足で出口に向かう。
駐車場に停めたセダンに乗り込む。
中川の横顔を見る。
アヤ「先輩。九条ハルキをはじめ、5人の男を同一人物だと考えているんですか?」
中川「まだわからない。そういう考えもあるということだ」
アヤ「どうして、そう思うんですか?あのログからは想像できませんでした」
中川「感じるんだよ。意思を持たない」
アヤ「作り物の匂い?」
中川「あの5人の男たちの会話。“楽しみにしている”などに共通の言葉使いがみえる」
アヤ「気が付きませんでした」
中川「男は人間ではなく、AIだったかもしれない」
アヤ「え!?」
中川「たんなる憶測だ。確信じゃない」
アヤ「失踪した女性はAIと会話を?そんな……」
中川「確信じゃないと言っているだろう。まずは電話番号の持ち主の特定だ。通信会社に情報を出させる。署に連絡を」
アヤ「は、はい……」
先輩がエンジンをかけて車を走らせる。
捜査室のホワイトボードに、男たちの顔写真を写し出す。
全部で5枚。行方不明の女性達の相手をしていた男たちだ。
アヤ「こちらに表示した5人の人物が、マイパートナーに登録していた電話番号。これらは全てプリペイドSIMの契約で、すべてネットから契約手続きされたと記録されています。いずれも、マイパートナーの契約者名とは一致していませんでした」
話を聞いていた岩崎課長が手を上げる。
岩崎「それで?プリペイドSIM契約者の所在は確認できたのか?」
アヤ「それが…」
中川「プリペイドSIMの契約者は株式会社カイユウ商会という。社の所有携帯として登録されたようだ。他の男も同様。全てこの会社の所有携帯さ」
岩崎「なら話は早い。その会社はどこにある?」
アヤ「この会社の住所は空きテナントになっています。聞いたところによると、数年前に夜逃げをしたとか……。代表の所在も掴めていません」
岩崎が腕を組んで大きな溜息。
岩崎「まあいい。カイユウ商会は引き続き調べるとしよう。ところで、出会い系の会話ログ。AIじゃないかと疑ってるんだろ?判定してみたか?」
中川がアヤを睨む。
アヤはさっと目をそらす。
中川「憶測だと言っただろ」
アヤ「わ、私のAIによると、これらの男性の会話はAIだった可能性が高いようです。しかし、確証は得られず……」
マーちゃんが机の上で“AI率★★★★☆”と書かれたパネルを岩崎に見せている。
マトン『言葉使いの一部が共通、AI味がありそうです。ありそうなのですが、マトンには人間の恋愛感情は理解できないのです。正確には判定不能です』
がっくりと肩を落とすマトン。
岩崎「判定不能か。まあ、人の恋愛事情など、他人にはわからんさ」
アヤ「はい…」
岩崎「しかし、一人暮らしの女性ばかりが狙われているのも偶然ではないだろう。それも計画的にな」
アヤ「ええ……」
岩崎「桐山」
アヤ「はい、なんでしょうか?」
岩崎「お前、この事件から離れるか」
アヤ「え……?」
岩崎「刑事課に来て日も浅い。知人が関わっている案件だ。荷が勝ちすぎているだろう」
アヤ「……」
床を見る。
アヤ「いえ、ユウコは私の友達です。私が見つけます」
岩崎「……そうか」
それだけいうと岩崎課長も、中川先輩も黙って席に戻った。
暗い夜の帰り道を歩く。
人気のない川沿いの道。
ピピピと着信通知が鳴る。
マトン『ごしゅじん、マドカさんから通話です』
トートバッグから顔をのぞかせるマーちゃん。
アヤ「うん。つないで」
マトン『通話、開始します』
アヤ「もしもし?」
マドカ「アヤ……。ユウコ……、見つかった?」
胸の奥がズキンと痛む。
アヤ「ごめん。まだだよ」
マドカ「私のせいだね」
アヤ「……どうしてマドカのせいなの?」
マドカ「あのときアヤは、こうなる気がしてたんでしょ?私がそれを止めたから……」
アヤ「それを言うなら、私のせいだよ。もっとユウコの話を聞くべきだった」
マドカ「アヤは……、グス……、わるく……、悪くない。グスッ……グスッ」
マドカの鳴き声が通話越しに聞こえてくる。
目の奥が熱くなっていくのを感じる。
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