第2話 「木下ユウコ1」





誰かを救えるヒーローになれると思っていた。

たぶん、それは間違いだ。

正義の味方みたいには、なれないってわかるんだよ。

それを理解することが、この仕事の本質かもしれない。

知らない誰かなら割り切れたりもするかもね。

でもね、知っている人を失う立場になったなら、どうかな。

あのとき、もっとこうしていれば。

夜を迎えるたび、悔やみ続けるに違いないんだ。




「早くしろ」


暗い駐車場。

二人の男が意識の無い女性の腕を、両側から担いで黒いミニバンに運び入れる。

金髪で派手目な服を着た若い女。

足は地面に引きずられ、生気のない虚ろな視線で上を見ている。

黒いミニバンの中へ、投げ入れるように女性を放り投げる男たち。




「えー、失踪したのは木下ユウコ、25歳。勤務先を3日間無断欠勤し、実家に連絡を取ったが、家族も心当たりはなく所在不明。その4日後に失踪届が提出された」


捜査会議室に設置されたホワイトボード型のモニターに映し出される女性の顔。

学生からの友人、木下ユウコ。




オープンテラスのカフェでアヤと友人たちがお茶をする。


ユウコ「お誕生日おめでとうアヤ」


マドカ「おめでとう!」


アヤ「え?まだ随分先だよ?」


ユウコ「だってアヤ忙しそうだし、全然会えないじゃん」


アヤ「そ、そうだね……。ありがとう……」


小包を受け取る。

綺麗な小さい箱が入っている。

開けてみると、一つの小さなアクセサリーが入っている。

いくつかの小さな金属の羽のようなものが垂れさがるイヤリング。


アヤ「ありがとう……。あ、あの、私には、派手かも……。職務上……」


イヤリングを持ち上げる。


ユウコ「えー!キラキラでかわいいのに~」


マドカ「休みの日ぐらいつけなさいよ、仕事ばっかりしてないでさ」


アヤ「うん……」


マドカ「よくもまあ仕事に精をだせるもんだよ。関心関心」


アヤ「仕事だからね……」


ユウコ「はぁ、あたしなんて仕事は嫌いだし、上司にも腹が立つし、フルタイムの仕事はやめて、主婦にでもなりたいよ」


マドカ「あんたねぇ……。私だって辞めたいわよ。でも3年は続けろって、親がうるさくってさ」


ユウコ「マドカはいいよ。大手でしょ?給料だって上がってくだろうし。私なんて家族経営の中小よ。未来が見えないって感じ」


マドカ「大手だっていいことばかりじゃないよ。組織の風習とか慣れないし、もうなんかの宗教よ、あれ」


ユウコ「なにそれ、そんな言い方、色んなところに失礼だから」


マドカ「ごめんごめん、つい、ふふ」


二人がアヤのほうへ振り返る。


マドカ「私なんかより、アヤのほうがいいよ。公務員は安泰でしょ」


ユウコ「うらやましいよ、ほんと」


アヤ「え!いやいやいや、すっごい激務だし!危ないことだってあるし!」


マドカ「でも、なりたかった仕事なんでしょ」


ユウコ「そうだよ!警察なんて給料も安定もしてそうだし、最高じゃない?」


アヤ「違うよー!私は小さい頃から、なんというか強い人に憧れてて……。ずっとやってた柔道だって活かせそうだし……」


マドカ「いいなぁ。やりたいことが実現するなんて、夢みたいな生活できて」


アヤ「もー!そんないいものじゃないって!」


二人がクスクスと笑う。


マドカ「ごめんごめん!言い過ぎた」


ユウコ「まー、アヤみたいな人生を送れない私は、せめて誰かに支えてほしいってことよ」


マドカ「そんなこと言って。前の彼とはすぐ別れちゃったじゃない?」


ユウコ「合わないヤツと長くいても時間の無駄でしょ?将来性も感じないし。でも今狙ってる人はすごいの。お医者さんなんだって。私のことも気に入ってるみたいでさ。このままゴールインしちゃったりして~」


マドカ「またまた~。まだ会ってもいないんでしょ?遊ばれて終わっちゃうんじゃない?」


ユウコ「ウブそうな人なんだよ。女遊びなんて知らないって感じ」


マドカ「ホントかな?」


アヤ「えーっと、ちょっと待って。そういえば仕事で失踪事件を追っててね。みんな出会い系アプリを利用してるって共通点があってさ。ユウコの使ってるのは何ていうアプリなの?」


マドカ「あー、アヤ~。友人がせっかくいい感じに進んでるのに。そうやって水を差すのね?」


アヤ「え、いや、ちょっと思い出しただけ」


ユウコ「もー、やめてよー。私の人生かかってるんだからさ!……なんてね」


アヤ「ごめんごめん」




捜査室のホワイトボードに映される、失踪した女性、木下ユウコの顔を見つめる。


アヤ「ユウコ……。こんなことになるなんて」


岩崎「失踪した木下ユウコのGPS情報は、奈古市中央区の繁華街で消失している。周辺では個人の所有物と思われる物は何も見つかっていない。そうだな、萩本」


萩本「ええ、デバイス本体も見つかっていません。この付近で電源が切れたと思いますね」


中川「木下ユウコがこの日、長時間滞在してたと思われる場所は?」


萩本「複数テナントの入る大型ビルの付近で、30分以上の滞在時間があるようなんだけどね。まだ有力な目撃情報はない」


岩崎「聞き込みは継続して行う。それと、木下ユウコの使用していたプロバイダーの通信履歴から、出会い系アプリ、マイパートナーを利用していたことがわかっていてな」


中川「マイパートナー。数週間前から続く、連続女性失踪事件も同じアプリだ」


岩崎「ああ、一連の失踪からマイパートナーの運営会社、株式会社ライフタイムマネージャーズに捜査令状が出ていてな。先方も捜査に協力的な姿勢だ。中川、桐山を連れて聞き込みを頼む」


中川「はい」


鞄を持ってさっさと出ていく中川。

アヤも急いで荷物をまとめてついていく。




アヤ「マーちゃん。株式会社ライフタイムマネージャーズにアポを取って。1時間後に」


アヤの目線の端のほうに、

小さい羊の着ぐるみを着た小人、マトンが現れる。


マトン『りょーかいです。ごしゅじん』


中川「AIに依存しすぎるなよ。自分で考えるクセをつけたほうがいい」


アヤ「必要最低限ですよ。依存したりしてません」


中川「常にARデバイスを身に着けてる。AIに頼り切りだろ」


アヤ「今どき、デバイスは誰だってつけていますよ。つけていないの、中川先輩くらいです」


中川「身に着けていると、どうしてもAIに頼りたくなるからな。それより失踪した木下ユウコだ。桐山の知人だろ」


アヤ「調べたんですか?」


中川「年齢、大学。調べなくてもすぐにわかる」


アヤ「ユウコは同じ学部の友達です。2週間前にも会いました。こんなことになるなんて。私がもっとしっかりしていたら、ユウコは事件に巻き込まれなかったのに」


中川「苛立ちを見せるな。私情は捜査の邪魔になる」


アヤ「はい……」


アヤの眉間に皺が寄る。


アヤ「感情を律し、自分を制す。静かに前を向き、困難から逃げない」


中川「なんだ?それは」


アヤ「独り言です」


中川「そうか……」


マトン『ごしゅじん、アポとれました!1時間後でおっけーです』


マトンが手を上げて、頭の上で丸をつくる。


アヤ「先輩、先方のアポが取れました」


中川「よし」


セダンのエンジンをかけ、ギアを入れる。




株式会社ライフタイムマネージャーズは、繁華街にある大きなビルにオフィスを構える。

同じビルには、多くの人が知っている企業の名が連なっている。


「いらっしゃいませ。お話は聞いていますよ」


出迎えてくれたのは、ふっくらとした体形の人の良さそうな中年男性。

眼鏡型のARゴーグルをしている。


アヤ「ご協力に感謝します」


中川とアヤが警察手帳を見せる。


加納「私は支部長の加納と言います。今、名刺をお渡しいたします」


受付のテーブルの上で、雪だるまみたいなキャラクターが、

マトンに四角いパネルを渡す。


マトン『あ、どうもです。ごしゅじん。名刺をもらいました』


重そうにパネルを持ち上げて、アヤに見せるマトン。

加納の名刺が映し出されている。

株式会社ライフタイムマネージャーズ。支部長の加納タツオ。


アヤ「ありがとうございます。受け取りました」


加納「おや?申し訳ありませんが、そちらの方にはお送りできないようですね」


中川「不要です」


加納「え?」


アヤ「あ!ごめんなさい、ARデバイスは捜査の邪魔になりますから、着けてないんです!」


加納「ああ、そうでしたか。それは失礼を」


アヤ「はは……」


中川はそっぽを向いている。


アヤ「加納さん。早速ですが、通信ログを見せていただけますか?」


加納「ええ、もちろん。こちらへ」




受付の隣の扉を入ると、

その裏に広いオフィスが広がっている。

幾つものコンピューターが規則正しく並び、

スーツを着た人達が慌ただしく電話をかけている。


アヤ「ここはアプリの開発をしているんですか?」


加納「いやいや、ここにいるのは営業ですよ。開発やデータ管理は関東でやっています」


アヤ「営業の方ってこんなにいらっしゃるんですね」


加納「ははは、我々のような業界は、多くの人に使っていただいてナンボですから」


アヤ「マイパートナーは人気だと伺っています。優れたサービスなのですね」


加納「いやいや、サービスが優れているのではありませんよ」


アヤ「え?」


加納「男と女がいれば、どうしたってお互いに興味を持つ。人間だけじゃない、生物すべてがそうなっていますから」


アヤ「はあ……」


加納「さあ、こちらにお掛けください」


オフィスの奥のコンピューターの前に加納が座り、

隣りの机に座るように案内される。


加納「さて、どこから、お見せしたらよろしいですか?」


中川「木下ユウコの履歴を見たい。彼女と連絡を取り合った人間すべてを」


加納「全てですか……。とても多いかもしれませんよ?」


中川「ああ。それと、河合ミズキ、佐藤ハズキ、山下メグミ、川瀬ユミも」


加納「わかりました……」


加納が手際よくコンピューターを触る。


アヤ「人の恋愛事情を覗き見るようで、少し気が引けますね」


中川「それが捜査だ。余計な気遣いをしている暇はない」


アヤ「そうは言っても……」


アヤがモニターに顔を近づけ、唾を飲み込む。

パッとユウコのプロフィール写真が表示される。

ユウコの笑顔の写真。


アヤ「ユウ……。あの……。これって当人と間違いないですか?そんな、あっさりと検索できすぎてしまって……」


加納「ええ、電話番号があれば調べられますよ。うちは必ず電話番号で本人確認しますから」


アヤ「なるほど」


加納「こちらの方で間違いありませんか?」


アヤ「はい……。一番最後にやり取りをした人物とのログを見せてもらえますか?」


加納「ええ、わかりました」


ユウコと最後に話をした人物、九条ハルキとの会話が開かれる。


加納「開いておきますから、どうぞご自由にご覧になってください」


アヤ「ありがとうございます。あの、私たちが触って間違って消えたりしませんか?」


加納「ここにあるのはバックアップです。何も問題ありませんよ」


加納さんは笑顔を見せ去っていく。


アヤ「これ、改ざんされている可能性はありませんか?」


中川「どうだろうな。それをして得があるとも思えない。やましいことでもなければな」


アヤ「それもそうですね」



ユウコと九条ハルキの会話ログを見る。


(九)<初めまして、九条ハルキと申します。アクセサリーのセンスがとてもいいですね。

(*’ω’*)<ありがとうございます。詳しいんですね

(九)<とても似合っていらしたので、知ったかぶりしてしまいました。

(*’ω’*)<そうだろうと思いました

(九)<医療従事者としては、アクセサリーはつけにくい場面が多いですからね。

(*’ω’*)<九条さんはお医者さんなんですね

(九)<ええ、ユウコさんは販売業をされているんですね。顧客とのやり取りが多そうですね。

人間相手が多いのは、いいこともありますが、疲れることもあったりしそうですね。

お仕事は充実していますか?

(*’ω’*)<充実……していますよ。人に言えない悩みも多いですけど

(九)<私も人の相手を多くしているので、そのあたりの悩みは共通しているかもしれないですね。

(*’ω’*)<そうなんですか?

(九)<ええ、それはもう、人に言えない悩みばかりです。

(*’ω’*)<大変なんですね

(九)<よろしければ、ここで悩みを明かしあってみるのはいかがですか?

(*’ω’*)<それはつまらないと思います笑

(九)<本当にユウコさんはお話の上手い人ですね。話をしていると、自然と笑顔になります。

(*’ω’*)<よく言われます笑

(九)<友人が多いでしょう?

(*’ω’*)<人並だと思いますよ

(九)<それは謙遜だ。話していると癒されますから。

(*’ω’*)<そうかな?

(九)<私は癒されていますね。

(*’ω’*)<おはよう! おきてる!?

(九)<こんにちは、ユウコさん。もうお昼ですよ。

(*’ω’*)<何してるの!?

(九)<午前の診療が終わったところです。

(*’ω’*)<私も診断してほしい!?

(九)<どこか具合が悪いのですか?

(*’ω’*)<見てほしいだけ!?

(九)<病気が見つからなければ保険が下りません。

(*’ω’*)<じゃあ病気なる!?

(九)<やめておきましょう、お身体を大事にしたほうがいいですよ。

(*’ω’*)<わかった! からだ大事にする!?

(九)<それは安心しました。

(*’ω’*)<ハル君いつ会うの!?

(九)<私とユウコさんがですか?

(*’ω’*)<うん!?

(九)<来週のうちに空きを作ります。

(*’ω’*)<ホント!?

(九)<もちろんです。

(*’ω’*)<絶対ね!?

(九)<楽しみにしています。



ユウコと九条ハルキのやりとりを見て、少し気まずくなる。


アヤ「九条……、ハルキ……。こいつがユウコを……」


中川「まだ決まったわけじゃない」


アヤ「そう……、ですね」


モニターから視線を外し、ふうっと息をつく。


アヤ「どう思う?マーちゃん」


マトンが人差し指をこめかみに当てて、考えているようなポーズをとる。


マトン『んー。全文を見れていないのでなんともです』


アヤ「ここにアクセスできない?」


マトン『ごしゅじんが今見ているのはローカルです。検証には全文のデータがほしいです』


アヤ「データでもらえるか聞いてみるね」


マトン『はいですー』


中川「AIの判断を信じすぎないほうがいい」


アヤ「き、聞いてみただけです!」


マトンも驚いたように中川を見ている。

手でシッシとするように手を振り、マトンに隠れるよう促す。


中川「デバイスを着けていない俺には、桐山のAIは見えていないが……」


アヤ「わ、わかってます!一応です!」


コンピューターのモニター裏へ隠れたマトンが、半分顔を出して覗いている。

中川はマウスでスクロールしながらログを読んでいく。


アヤ「やり取りの中で不審な点は……、今のところ見当たりませんよね」


中川「……」


アヤ「先輩?」


中川「次だ。河合ミズキのログを見よう」


アヤ「はい」


ユーザー検索に、河合ミズキの電話番号を入力する。

女性の顔写真がモニターに映る。


アヤ「河合ミズキ……ですよね」


マトン『顔認識、照合一致。河合ミズキさんで間違いないようです』


アヤ「マーちゃん」


唇の前で人差し指を立てて、マトンに静かにするようにジェスチャーする。


中川「間違いないだろう」


中川先輩が手のひらのタブレット端末で顔写真を見比べている。

アヤは珍しそうに、その様子を見る。


中川「なんだ……?」


アヤ「あ、いえ……」


中川「脇見をするな。木下ユウコを探すんだろ。時間をかけている場合じゃない」


アヤ「え、ええ。……失踪から、もう10日以上。すでに、かなり時間がたっています。ドラマでよく耳にする一説には、失踪した人の生存率は48時間を境に急速に低下すると言われています。すでに覚悟はしています」


中川「……わからないさ。急ぐだけ可能性は高くなる」


アヤ「……はい」


画面をスクロールして、河合ミズキのログをなぞっていく。

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