​矛盾解答録

クソプライベート

​矛盾解答録 File.01:セールスマン

 ​世界最大級のテクノロジー見本市「NEX-TECH 2025」。天才エンジニア、天馬カイトが発表した二つのAI、『アイギス』(最強の盾)と『ジャベリン』(最強の矛)に、会場は熱狂していた。

​鉄壁の防御を誇る『アイギス』。

万物を貫く攻撃力を持つ『ジャベリン』。

​プレゼンが最高潮に達した時、一人のジャーナリストが手を挙げ、あの古典的な質問を投げかけた。

「天馬さん。では、その『ジャベリン』で、『アイギス』を攻撃したら、どうなるのですか?」

​会場が静まり返り、誰もが天馬の答えに注目する。前回の物語で彼は笑みを浮かべたが、今回の彼は違った。挑戦的な目でジャーナリストを見つめ返し、静かに、しかしはっきりと言った。

​「いい質問ですね。では、お見せしましょう。……この矛盾の、本当の『価値』を」

​天馬がタブレットを操作すると、メインスクリーン上でシミュレーションが開始された。光の槍『ジャベリン』が、光の要塞『アイギス』へと猛進する。

​次の瞬間、誰もが予想しない事態が起こった。

​ジャベリンはアイギスの堅牢な壁に衝突する……寸前で停止したのだ。 そして、攻撃態勢を解き、アイギスの周囲を旋回し始めた。それはまるで、獲物の弱点を探る鷹のようだった。

​一方、アイギスも沈黙を守っている。攻撃されない限り、その鉄壁が破られることはない。

一分、二分……。会場がざわめき始める。これは一体どういうことだ? 壊れもせず、貫きもせず、ただ時間だけが過ぎていく。

​ジャーナリストが痺れを切らして叫んだ。「何も起こらないじゃないか! 結局、矛盾しているだけでは?」

​その言葉を待っていたかのように、天馬は口を開いた。

​「何も起こらない? いいえ。今、この瞬間にも膨大な『現実』が動いています」

​彼はスクリーンを指差した。そこには、シミュレーションと連動した「仮想サーバー使用料金」というカウンターが表示されており、凄まじい勢いで金額が跳ね上がっていた。

​「ジャベリンは、『必ず貫ける一点』を見つけるまで、無限に思考し、攻撃シミュレーションを繰り返します。アイギスは、『絶対に破られない防御パターン』を構築するため、無限に応答シミュレーションを繰り返す。最強と最強が対峙する時、勝敗は永遠につきません。そこに生まれるのは……無限の処理コストです」

​会場は息を飲んだ。

​天馬は続けた。

「さて、皆さん。もし、皆さんの会社のサーバーが『ジャベリン』に狙われたらどうしますか? どんなセキュリティもいずれは破られる。しかし、たった一つだけ対抗策がある。『アイギス』を導入することです。アイギスを導入すれば、ジャベリンは永遠にサーバーを『貫けない』。ただし、攻撃が続く限り、両者のAIが無限の消耗戦を続けることで、莫大なサーバー維持費が発生し、あなたの会社は1週間で倒産するでしょう」

​天馬はそこで言葉を切り、悪魔的な笑みを浮かべた。

​「そう、私のビジネスは矛や盾を売ることではない。この**『矛盾』そのものを売る**のです」

​「『ジャベリン』の脅威を世界に提示し、各国・各企業に『アイギス』を導入させる。しかし、アイギスだけでは会社が潰れてしまう。ではどうするか?」

​「ご安心ください。私から、両方のAIを止めるための**『停戦プロトコル』**を、年間サブスクリプション契約で購入すればいいのです」

​つまり、彼は最強の病原菌と、それによって莫大な治療費がかかるワクチンを作り出し、その唯一の治療薬を独占販売するというのだ。

​「矛で盾を突くとどうなるか? 答えは……私が大儲けする。これ以上に納得できる結末がありますかな?」

​完璧なまでにロジカルで、あまりにも残酷なビジネスモデル。

会場は拍手もできず、ただ静まり返っていた。その静寂こそが、天才のロジックに対する最大の「納得」の証だったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る