第19話 新たな旗の下で

 帝城を覆っていた黒旗は、ついに引き裂かれた。

 夕陽の下で翻るのは、竜王国と帝国の紋章を並べた新しい旗。

 あの日、処刑されるはずだった娘が、七年の孤独を経て掴んだのは――玉座すら覆す力だった。


◇ ◇ ◇


 大広間。

 捕らえられたカイゼルは鎖につながれ、なおも憎悪に満ちた瞳でこちらを睨んでいた。

「竜に国を委ねるなど……大陸の終わりだ……!」


 私は静かに首を振った。

「竜に委ねるんじゃない。竜と共に歩むのよ」


 その言葉に、兵士や貴族の顔色が変わった。

 恐怖の対象だった竜が、“共にある”という未来へと塗り替えられていく。


 レオンが一歩前に出た。

「兄上。お前が正統を名乗る資格はない。帝国は竜王国と共に、新しい秩序を築く」


 カイゼルは声を上げかけたが、誰も耳を貸さなかった。

 彼は兵に引き立てられ、歴史の闇へと消えていった。


◇ ◇ ◇


 その後、宰相シグルドが帝国評議会の場で宣言した。

「ここに、帝国と竜王国の同盟を正式に記す。竜王国は独立国家として承認され、帝国と対等の盟友として並び立つ」


 大広間が歓声に包まれる。

 外からは市民の歓喜の声が響き、鐘が鳴り渡った。

 七年前、孤独に崖へ突き落とされた私の耳に届いたのは嘲笑だった。

 けれど今、私を包むのは歓声と祝福の鐘だ。


◇ ◇ ◇


 夜。

 竜舎でアシュタルに寄り添いながら、私は思わず笑ってしまった。

「……ねえ。私、ここまで来ちゃったのね」


 竜は静かに瞼を伏せ、喉を鳴らす。

 その音は、七年間の孤独を肯定するように優しかった。


「アメリア」

 背後からレオンの声。

 振り向くと、彼は真剣な表情で立っていた。


「帝国は再建に時間がかかる。だが……お前と竜王国が隣にあれば、俺は恐れない」


 彼は剣を置き、代わりに私の手を取った。

「だから、一緒に歩んでくれないか。帝国の未来も、竜王国の未来も」


 胸が熱くなる。

 七年前には、夢にも見なかった言葉。

 “誰かと共に未来を歩む”なんて。


「ええ。竜と人が共に生きる未来を、必ず」


 私たちの誓いを、アシュタルが咆哮で祝福した。

 夜空に轟くその声は、もう怪物の吠え声ではない。

 ――未来を告げる旗印の咆哮だった。


◇ ◇ ◇


 こうして帝国と竜王国の同盟は結ばれた。

 捨てられた身代わりの令嬢は、いまや竜に愛され、国を導く女王として歴史に刻まれる。


 けれど物語は、まだ終わりじゃない。

 大陸の向こうには、竜を恐れ、竜を狙う新たな国々が牙を研いでいる。

 それでも私は信じている。竜と人が共に歩む未来を。


 ――だから、次の空へ飛び立とう。


(第1部 完)

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