第18話 帝城奪還戦

 帝都の朝は赤く染まっていた。

 霧の向こうに聳える帝城は、かつての威厳を失い、黒旗に覆われて不気味な影を落としている。

 その楼閣の上で第一皇子カイゼルが剣を掲げ、狂気に満ちた声を張り上げた。


「俺こそが正統なる皇帝だ! 竜王国など、怪物に従う亡国にすぎん!」


 群衆の中から怯えの声が漏れる。

 帝都は今、真っ二つに割れていた。

 カイゼルを正統と信じる者と、竜と共に戦う私たち竜王国を信じる者。


◇ ◇ ◇


 連合軍の陣営。

 私はアシュタルの背に跨り、視線を帝城に向けた。

 隣には剣を構えたレオン。

 彼の瞳には迷いがなかった。


「アメリア。今日で決着をつける」

「ええ。……竜と人の未来のために」


 宰相シグルドが合図を送り、軍鼓が鳴り響く。

 連合軍が一斉に前進を開始した。


◇ ◇ ◇


 カイゼル軍は城壁から矢の雨を放った。

 無数の矢が空を覆い、兵たちがたじろぐ。


「アシュタル!」


 竜が翼を広げ、烈風で矢を薙ぎ払う。

 影竜たちが空を舞い、黒い盾となって兵を守った。

 歓声が上がる――竜は怪物ではない、守る存在だと。


 だがその直後、城門が開き、模倣竜兵団が雪崩れ出た。

 狂気の薬物で強化された兵士たちの咆哮は、人の声とは思えぬほど濁っている。


「怪物に怪物をぶつける……!」

 レオンが歯を食いしばった。


「いいえ。……本物の竜に敵うものなんてない!」


◇ ◇ ◇


 私はアシュタルに指示を飛ばす。

「炎は使わない! 爪で武器を叩き落として!」


 黒竜が雄叫びを上げ、模倣竜兵団に突撃した。

 爪が鋼鉄を弾き飛ばし、尾が地を裂く。

 それでも兵団は狂気に突き動かされ、血を吐きながら突っ込んでくる。


 ――炎で焼き払えば早い。

 でもそれでは、カイゼルの言う“怪物”になってしまう。

 だから、守る戦いを選ぶ。


「竜は怪物じゃない! 友よ!」


 私の叫びが兵士たちに届き、連合軍が奮起する。

 槍が振るわれ、剣が閃き、模倣竜兵団は次第に押し返されていった。


◇ ◇ ◇


 戦況が拮抗する中、楼閣の上のカイゼルが動いた。

 鎖に繋がれた新たな竜――薬物でさらに強化された“暴走竜”を解き放とうとしたのだ。


「また……!」

 私は血の気が引くのを感じた。


「アメリア、俺が行く!」

 レオンが剣を構え、階段を駆け上がる。


「待って、私も!」


 私はアシュタルに合図を送り、楼閣の上へと飛び上がった。

 竜の背から飛び降り、石畳に着地する。


 そこにいたのは――憔悴しながらも狂気に飲まれたカイゼル。

 その手には血に濡れた鎖。

 竜を解き放つ寸前だった。


「お前がいる限り、竜は怪物にしかならん! ならば俺が証明してやる!」


「違う! 竜は人を守る! あなたが怪物にしているだけよ!」


◇ ◇ ◇


 刹那、レオンの剣がカイゼルの鎖を断ち切った。

 暴走竜が自由を得て暴れようとした瞬間、私はアシュタルと共に飛び出した。


「お願い……聞いて! あなたは怪物じゃない!」


 炎が私を包もうとしたその刹那――

 アシュタルが体を張って炎を受け止めた。

 黒竜の瞳が仲間を見つめ、低く唸る。


 暴走竜の瞳に、一瞬だけ光が戻る。


「……そう、帰ってきて」


 その声に応じるように、暴走竜は震えながら炎を収め、うずくまった。


◇ ◇ ◇


 観衆は息を呑み、やがて大歓声を上げた。

 「竜は怪物じゃない!」「女王万歳!」――その声が帝城を震わせる。


 敗北を悟ったカイゼルは膝をつき、憎悪に満ちた目で私を睨んだ。

「……なぜだ。なぜお前だけが竜に選ばれる!」


「選ばれたんじゃない。信じたの。……七年前に捨てられた私が、竜に救われたように」


 沈黙。

 そして、カイゼルは剣を取り落とし、兵に取り押さえられた。


◇ ◇ ◇


 夕暮れの帝都に、竜たちの咆哮が響き渡った。

 それは勝利の声であり、新しい未来の始まりの合図だった。


(つづく)

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