第14話 帝国分裂の火蓋
聖堂での襲撃からわずか二日後、帝都は静けさを失った。
市民の歌声は消え、路地には兵が巡回し、広場には火急の布告が貼り出された。
――第一皇子カイゼル・アルテミア、竜王国承認に異を唱え、独自に軍を編成。
――帝都を離れ、西方の要塞都市へ進軍。
――帝国は分裂の危機にある。
布告を見上げる群衆の顔は青ざめ、恐怖と期待が入り混じったざわめきが波のように広がる。
竜が人を守る姿を目撃した民はアメリアに希望を見ていたが、権力に縛られた貴族や兵はカイゼルに従って動き出す。
帝国は、二つに裂けようとしていた。
◇ ◇ ◇
「兄上は早い。すでに三万の兵を掌握し、要塞都市ヴェルディアへ向かっている」
作戦地図を広げながら、レオンの声は重く響いた。
「ヴェルディア……帝都西の防壁都市ね。そこを抑えられれば、帝国は真っ二つに割れる」
「そうだ。兄上はそこで“帝国正統政府”を名乗るだろう」
宰相シグルドが椅子に深く腰を下ろし、眼光を鋭くした。
「我らは決断を迫られている。竜王国は帝国を見捨てるのか、それとも共に戦うのか」
議場に集まった重臣たちの視線が一斉に私へ注がれる。
七年前は誰も目を向けなかった。けれど今、竜王国の女王として、私は大陸の運命を背負っていた。
◇ ◇ ◇
夜。
私は竜舎でアシュタルに寄り添い、問いかけた。
「ねえ……戦っていいのかしら。竜は人を守るためにいるのに、人と人の戦に巻き込んでいいの?」
竜は静かに目を閉じ、私の掌に鼻先を押しつけた。
答えは言葉ではなく、温もりだった。
“守るためならば戦う”。竜はそう告げている。
「アメリア」
背後からレオンの声が響く。
彼は迷いのない瞳で私を見つめていた。
「お前が迷うのは当然だ。でもな、竜を“怪物”と呼ぶ連中に未来はない。俺たちが戦わなければ、竜王国も帝国も潰される」
「……レオン。あなたは私を戦場に立たせるのね」
「違う。共に立つんだ」
その一言に、胸の奥で震えていた迷いが、少しずつ溶けていった。
◇ ◇ ◇
三日後。
帝都の広場で私は人々の前に立った。
竜の背に乗り、声を張り上げる。
「竜は人を守る。私は七年、竜と共に生きて、それを証明した。――だが今、人を傷つけるのは竜ではなく、人自身よ!」
群衆が息を呑む。
私は続けた。
「カイゼルは権力のために兵を集め、帝国を裂こうとしている。けれど竜王国は見捨てない。帝国と共に戦い、竜の名にかけて民を守る!」
歓声が広がり、民は涙を浮かべながら叫んだ。
「竜王国と共に!」
「女王万歳!」
「竜は怪物じゃない!」
その声が帝都の空に響き、竜たちの咆哮が応えた。
◇ ◇ ◇
宰相シグルドは冷静に告げた。
「決まったな。――帝国正統軍を名乗るカイゼルと、竜王国・帝国連合軍との戦いが始まる」
戦火は避けられない。
だがもう、私は逃げない。
七年前に捨てられた娘は、今度は竜と共に人を守る女王として戦うのだ。
「行きましょう、アシュタル。竜王国の翼を、大陸へ広げる時よ」
夜空に黒竜の咆哮が轟き、帝国の未来を告げる鐘のように街に響いた。
(つづく)
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