隣の花は死にたいぐらい赤い
浅白深也
第1話 隣の席の死んだやつ
隣の席のやつが死んだ。
朝のホームルームが終わったあとの一限目の現国。
教卓で先生が熱弁を振るう中、私はなんとなしに左の席を見た。
机の上には細長い形の花瓶が置かれており、血を吸って育ったような真っ赤なユリの花が挿されている。
献花に激しい色合いのものを添えるのもどうかと思うが、本人が好きだったのだろうか。
だが一般常識に囚われていないその様は、少し羨ましくも感じてしまう。
ふと、思う。
もし私が死んだらこんなにも綺麗な花を置いてもらえるだろうか、と。
自分で考えておきながら、それはないなと自分で即座に否定する。私が死んだところで、きっと無難な花が供えられることだろう。そもそも花なんて供えてもらえないかもしれない。
こんな花を用意してもらえるのは、あいつの性格に起因しているからだ。
席が隣のため生前の頃から何度も会話したことがあるが、とにかく明るいやつだ。何事にも前向きな性格で、これまで一度として落ち込んだり怒っている姿を見たことがない。あいつの姿を頭に思い浮かべると真っ先に笑顔が出てくるほどに。
だからこそ、誰もあいつの死を信じられなかった。
新しい物事が始まるわけでもない高二の春が過ぎ去り、鬱陶しい梅雨時期に入った六月十五日の出来事だった。
死因は病死。どういった病気なのかは聞いていないが、元々重い病を抱えていたようで、たびたび欠席することも珍しくなかった。
あいつの死を聞いたとき、クラスの誰もが茫然自失とした。あいつは休みがちだったため親しい友人はいなかったようだが、そんなことは関係なしにみんなあいつの死を悲しんだ。葬式した次の日なんて楽しい会話をするのが憚れるほど、教室の雰囲気は沈んでいた。担任が気丈に振る舞おうとしていたのが記憶に残っている。
しかし人間とは慣れるもので、三週間が経った頃には、クラスは日常を取り戻していた。
────私以外は。
「──やばーい! 寝坊したっ!」
廊下の方からそんな大声が聞こえてきた矢先、そいつは後方の閉じたドアをすり抜けて教室に入ってきて、窓際から二列目の最後尾にある私の席までやって来ると、
「
朝にしては鬱陶しいほどの声量と満面の笑みで挨拶をかけてくる。
顔の両側を伸ばした黒髪のショートヘアには、高校生には少し幼稚に見える星型のヘアピンがしてあり、小柄な体型と相まってどこか小動物を彷彿とさせる。
幽霊と言ったら白装束の姿を思い浮かべるが、チトは学生服の姿だ。聞けば、病院でもよく着ていたそうで、死んだ瞬間もその姿だったため反映されたんじゃないかと言っていた。
チトは自分の机に飾ってある献花を見て嬉しがる。
「おぉ、今日も変わらずに美しい花だぁ。わたしの好きな色だし、完璧だね!」
いろいろな角度から観察するように花瓶の周りをふよふよと漂う。毎日見ているのに何がそんなに感動するのか。
しかしそんな奇行を誰も咎めず、授業は続けられる。
当たり前だ。チトは霊体で普通の人間には見えないし、発した言葉なんて聞こえるはずもないのだから。
────私以外は。
私だけにはチトの姿が見えるし、声も聞こえる。それはなぜなのか……思い当たる節がないといえば嘘になるけど。
「まさか!
私は先生が板書していく文字から目を逸らさずに『当たり前でしょ』とつぶやく。もちろん声には出さずに心の中で。
あれは二週間前だったか。
宙に浮きながら校内を
はっきりと幽霊を目にして動揺しつつも、会話をしてみたら死ぬ前のチトと何一つ変わりがなかったこともあり、最初の頃はさほど気にせず普通に接していた。
それがいけなかった。
それから一週間ほど相手していたら気に入られてしまったようで、以降こうやって私の意思なんて関係なく所構わずに喋りかけてくるようになった。今では非常に鬱陶しい存在だ。
だからこそ視認できなくなってしまった
「
分かってて無視していることもお見通せ。
「
だったら学校に来るな。
「優等生の
同情で気を引こうとするな。
「──あ、
「え? ──……っ」
私は条件反射で右手を頬に持っていこうとしたところで、チトの策略に気づいて動きを止めたが時すでに遅く。
反応を示した私を見て、チトはにんまりとしていた。
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