1-3軍神と奥方代理

 ハンスがティーセットを運んで来たのをきっかけにソファーに座る。

 アランは人払いをすると、アゲハにロシェル辺境伯のことを聞いた。

「長いこと病に伏せっていたが、領地のことは誰がやっていたんだ」

養父ちちの指示に従って私がやっていました」


「医師の話ではロシェル辺境伯のように卒中になると、指示を出すのも難しいようだが」

「幸い養父の卒中はそこまで重いものではありませんでしたから、口頭の指示はできました」

「なるほど」

 アランは嘘がないかアゲハの瞳をのぞき込む。

 アゲハは必死で耐えた。


 なぜなら、倒れた時にはロシェル辺境伯の意識はなく、ここ3年はずっとアゲハの独断で領地の復興事業を担って来たのだ。

 その中でロシェル辺境伯のサインを偽造した回数は1度や2度ではない。

「王家に仕える人間の中には、サインの偽造を見抜くのが得意な奴がいてね。ロシェル辺境伯のサインが変わったと指摘している」


 なぜだろうね、とアゲハを見つめる。

「卒中で手が震えるようになりましたから、筆跡が変わったのでしょう。私が手を支えることもありましたから」

「なるほど。そうくるか」

「嘘ではありません」

 アゲハはグッと拳を握り締める。


「では、これはどう言い訳をするのかな」

 アランはテーブルに辺境伯交代の連絡に対して返事をしたアゲハの手紙と、ロシェル辺境伯名でサインをした書類を出した。

「これが、どうかしましたか」

 アゲハの言葉にアランが笑った。

「勝ち気そうな娘だと思ったが、やはり一筋縄ではいかないな。まぁ、いい」

 アランは手紙と書類をデスクに放り投げた。


「ここからが本題だ。ハンスの報告では領民は領主に不満どころか感謝している。特に、君は人気者らしいな」

「はぁ」

 人気者と言われて返事に困ったアゲハは適当に相槌を打った。だが、アランは気にせず続ける。

「そこでだ。領地の復興は君に任せる。これまで通り活動してくれ。城内の使用人も今まで通りで構わない。私のことはハンスに任せてくれればいい」


「え、ですが・・・・・・」

 突然の申し出にアゲハは戸惑う。

「私は辺境伯として軍人の取り纏めに当たる。ただ、領地復興には王都にいる中枢の人間とのパイプが必要だろう。その時は私が交渉に出よう。これでも元王子だ。力になれるはずだ。どうかな」

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