第8話 雨の部活

 校庭に行こうと、靴を履き外へ出たが雲行きが怪しかった。今にも降り出してきそうな天気だ。きっとこれから雨が降るだろう。雨の前の独特の匂いがする。陸上部が、外で練習できない時は、決まって校舎や体育館の舞台上での練習する事になってる。


(とりあえず、校舎の雨の日用の集合場所へ向かってみるか…)


 そう思い、また靴を下駄箱に戻した。その時、ピンポンパンポーン!と呼び出しチャイムが鳴る。


『陸上部の皆さん。本日は雨が降りそうなので、1階職員玄関前にて集合してください。繰り返します。雨が降りそうなので、1階職員玄関前に集合してください。よろしくお願いします』


 顧問の飯塚先生の声だ。


 ピンポンパンポーン。締めのチャイムが鳴る。



 華は、教室での愛菜と恵里奈との会話で、少し部活に行くのが遅れてしまっていた。既に集まっていた部員達は各々、筋トレをしていた。職員玄関前は、結構な人数が居ても広いぐらいの作りになっているので、集合場所に良いスペースである。


「飯塚先生、こんにちは。お疲れ様です」

 華は軽く挨拶をする。


「お、月角さん。来た来た。少し遅かったね、もうみんなそこの廊下で、筋トレ始めてるよ。終わった人から、校内ダッシュのメニューになります」


「はい、同級生と少し話してて…じゃあ、私も始めます。腕立て、腹筋、足上げ各50づつからで良いですか?」


「うん、その通り。軽くストレッチしてから、初めてね」


「はい」


 華は部員の荷物が纏まっている所に、自分の鞄を置き、室内ばきの上履きから、運動靴に履き替える。既に、腹筋をしていた、すみれの隣に華も並ぶ。


「あと何回?」

「ん、もう終わる。あとは、足上げ一気に50やって、私はダッシュ組に行っちゃうよー」

「そっか、早いな」

「つっきーが遅いんだよ」

「だね、さーて、私もやるか」


 腕立てを黙々と始める。腕の筋肉はそれ程ないので、華は苦戦する。


(50も無理…)

 そんな事を考えてたら、すみれは足上げを終わらせていた。


「では!お先に!つっきー、がんば!」

「おお〜、はいよ〜」


 すみれは、校内ダッシュのメニューに移った。1人華はもくもくと腕立てをする。終わる時にはぐったりだった。


(走るのは好きだけど、筋トレは嫌だ)


 次は、腹筋だ。休憩は5分程度にし、すぐに腹筋をやる。あまり遅れるとみんなからどんどん遅くなってしまう。腹筋は割と得意だったので、苦しいながらも終わらせた。足上げも一気にやってしまえば早いもんで、華は校内ダッシュのメンバーに加わる。


「これが終わったら、体育館の舞台上が空いてるから、みんなそこで休憩しているよ」

 飯塚先生が華に説明する。


「もう、結構私最後の方ですもんね。ダッシュって3周ですか?」

「そうそう、いつもと変わらず。半分くらいは終わって、体育館向かってる部員もいるから、月角は最後の部員まで終わりを確認しておいてくれる?」

「あ、はい。分かりました」

 こうゆうのも部長の仕事だ。飯塚先生は、残り何人かを残し、体育館にいる部員の確認に向かった。


「えっとー、これからダッシュをする人は…これで全員かな?」

 華を含めて、5人いた。華以外全員1年生だった。今年、陸上部には新1年生はそれなりに入ってくれた。まだ体験期間なので、もしかしたら辞めてしまう子もいるかもしれない。後輩には、誰にでも優しく接していこうと華は決めている。


「飯塚先生から聞いてると思うけど、ここ1階から一気に3階まで駆け上って、廊下を走って、また3階から1階に向かって降りてきてね。普段は、廊下は走らない!って言われているだろうけど、今日は陸上部の特権で走れます!」

 にいっと笑う。不備があったら嫌なので、華は部長らしく説明しておく。


「なので、思いっきり走っちゃいましょー!」

 それっぽくテンション上がる様な言葉を1年生にかける。皆素直なので、はい!と返事をしてくれた。


「では、私がラストで走るので最初に1年生達が順番に走ってってくれるかな?私はストップウォッチで計測してるから、30秒毎に1人1人スタートするって事で良い?」


「「「「はーい」」」」


 一年生は皆素直だ。何事もなく、順番になりスタートしていく。30秒あれば大体被らない程度にゴール出来るかなと思う。階段は誰もが中々きついと感じている。


最後、華の番になる。


「よし、スタートっと」

 ストップウォッチを確認し、華も校内ダッシュをする。


 校舎内を思いっきり走れるのは、雨の日だけである。この特別感がとても気持ちよかった。教室での出来事が薄れるくらい、走るのは楽しい。ふわふわした感情のまま、3階まで辿り着く。そして、一気にダッシュする。教室を横目にダッシュゅする快感は何にも変えられないだろう。3階からの景色もとても早く見える。いつもの風景なのに、走るだけでこんなにも気分が変わる。


 キュッと曲がり、3階から1階に一気に駆け降りる。一瞬、滑った様な気がしたが、華の体幹の良さと、運動靴の滑り止めが効いたのか、大事には至らなかった。


「危なっ」


(そういえば、ここ13階段…)

 焦った直後、ちょっと不吉な数字だった事を思い出したが、特に怪我などなかったので、そのまま無視して1階まで降りる。これを3周くりかえす。


 さすがの体力ある華も、3周は大分疲れる。ゴールする頃には、ペースはかなり落ちていた。既に、先にゴールしていた1年生達は職員玄関前で呼吸が乱れ、ぐったりしていた。


「ふー、みんな、お疲れ様。よく頑張ったね!ちょっと、私も、休む…」

 華も呼吸を整えながら、1年生達と一緒にしゃがんでぐったりした。


「月角先輩、お疲れ様です」

 1年の1人、武井瑠花が話しかけてくる。スラっとしていて、背が高く髪もサラサラで美人系な女の子だ。今は髪を一つに括って、ポニーテールにしている。


「ん、お疲れ。ダッシュはキツイね」

「そうですね…。あの、3階の階段の所なんですけど、めっちゃ危なくなかったですか?滑りやすいというか…いつもそうなんですか?」


 指摘されて、確かに、と思い出す。3階は3年生のクラスが連なっている階だ。当たり前に、華も今年から毎日通っている。自身が1年生や2年生の時には感じなかったので、今日滑りそうになったのは初めてだと気付いた。


「いやぁ、あんなに滑る感じでも無かったんだけど…今日雨も降ってきたし、誰かがその濡れたままあの時間たまたま通ったとかかなあ」


「そう、なんですかね。特に人がいた気配は無かったですけどねえ…にしても、危なかったですよ。でも皆んな平気でしたね。日頃の身体能力ってやつでしょうか」

 瑠花がふっと笑う。


「あと、日頃の行いも。じゃない?」

 瑠花に釣られて華もふっと笑う。


「私はまだ入部して間もないですけどね」

 1年生だが、話してくれるのは嬉しい。他愛のない会話ができる後輩は可愛いと華は思った。


 話をしている内に、皆呼吸が整ってきたらしい。その様子を見た華はそろそろ先生や先に行った2、3年生の部員達に合流しようと体育館に向かう準備をする。


「よーし、じゃあ体育館に向かうかあ。みんな、行くよー」


 部長らしく、声がけをする。素直な1年生達なので、「はーい」という声と共に華と一緒に歩き出した。体育館は職員玄関の近くにあるので、直ぐに着く。体育館の大きく重いドアを開けると、キュッ!キュ!ドン、ドン、などの球技の音が聞こえる。今日はバスケ部が体育館を使ってた。


 他にも、体育館を使用する部活もあるが、曜日やその日の予定で順番に使用していると聞いた事がある。以前は顧問の先生の都合で、バドミントン部と一緒になって陸上部も参加させて貰ったりした事もあり、楽しかったのを覚えている。


(今日はバスケ部かー…ん?)

 体育館全体をぼーっと何となく眺めた。何故かパッと目が合った人物がいた。


 瀧宮春だった。

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