天才AIラノベ作家は筆を折りたい
彗星カグヤ
第1話
【まごうことなき駄作】 ★☆☆☆☆
──キャラも文章も全てが不快。なんだこれ。読んでてここまで吐き気がしたのは初めてだわ。こんなゴミ今すぐ売ってこよ。……あ、ビリビリに破ったから売れねえや(笑)
【金と時間の無駄】 ★☆☆☆☆
──表紙が好みで買ったけどこれは酷すぎw 中学生が授業中に考えた妄想か? とりあえず作者は日本語の勉強からしろ
【またこのパターンね】 ★☆☆☆☆
──中身なさすぎて草。タイトルとあらすじだけでもうお腹いっぱい。書いてて恥ずかしくないのかな? 読む価値ねえよこれ
◇◆◇◆◇◆
「毒者どもめ、好き勝手言いやがって」
俺、
スマホの画面には俺が心血注いで書き上げたラノベに対する低評価レビューが、何十件も並んでいる。中には作品のレビューではなく、ただ叩くことしか脳が無い連中の書き込みも散見された。感想は個人の自由だが、批評と誹謗中傷の区別ぐらい付けて欲しい。
ラノベ作家に限らず、クリエイターにとってアンチは付き物だ。どんなに評価されている作品にも存在するため、それぞれに合った方法で向き合っていく必要がある。
俺は本来『気にしない』タイプの作家なのだが、今回ばかりは楽観的に見ていられる内容ではなかった。自分の本を破られて平気なほど割り切れてはいない。
「はぁ……キツイな」
ポケットにスマホを仕舞うと前方へ意識を向け、歩くことに集中する。
コンビニからの帰り道、足取りが重いのは極悪レビューのせいだけではなかった。
大雨警報が出ているらしく、靴下どころか膝から下までびしょ濡れの状態。ズボンが肌に張り付く感じが気持ち悪く、差している傘には滝のように雨粒の重みがのしかかる。
風も激しさを増す一方で、道沿いに植えられた紅葉の木が叫ぶように揺れていた。
「はは……外に出たのは正解だったかな」
俺はカップ麺が入ったビニール袋をぎゅっと握り、傘が飛ばされないように耐えながら苦笑する。大雨も強風も低評価レビューに見せかけた人格否定さえも、全てが些細な雑音に思えてくる。むしろ今は、少しでも別の不快感で心を誤魔化していたかった。
『誠に残念ではございますが、三巻を出すことは難しくなりました』
まるで呪いのように、その言葉が頭から離れない。先程見ていたレビューの数々は、昨夜全二巻で打ち切りが決まった俺のシリーズ第四作目のものである。一巻から売れ行きは芳しくなく、読者からの反応はあのざまだ。作者の情熱や費やした時間は関係なく、売り上げという結果が全て。それがプロの世界で、世に作品を出す以上は仕方がないことなのかもしれない。それでも……頭では理解していても、感情は追い付いてこなかった。
「ちくしょう……なんでだよ」
これで打ち切りは三回目。
打ち切りを宣告される苦しみは、どんな酷評よりも心を抉る。一回目の時は次こそはと意気込んでいたものの、三回目ともなれば流石に現実が見えてくる。電話で担当編集から伝えられた後、俺はもう22歳になるというのに一晩中泣いてしまった。
わかっていた事だが三度目の打ち切りを受け、能力的にも、精神的にも、体力的にも、この業界で生きていく過酷さを再認識させられた。
ラノベ作家は『楽して稼げる職業ランキング』なんてふざけたランキングの一位にされたこともあるが、そんなぬるい世界ではない。
一か月、二か月と時間をかけて書いた作品が、一円にもならないことはザラにある。ようやく世に出たとしても見向きもされず打ち切られたり、袋叩きにあったりするのも珍しくない。書いて書いて書いて書いて書いた末に、成功するのはほんの一握り。そういう世界だ。
書いていない期間は無職のようなもの。これから先、明日から俺はどうすればいいのだろう──そんな不安が脳をジャックしかけた時、
「やべ……!」
突然、ゴーゴーと吼えるような暴風が吹き、腕が持っていかれるくらい後ろに引っ張られた。思考の埒外の出来事に、俺は踏ん張りがきかず転倒してしまう。その拍子に傘の骨がバキボキと折れ、晩飯にしようとしていたカップ麺もろとも吹っ飛んだ。
「ほんと、惨めだな」
両手を水溜まりに沈める格好になると、自分の死んだような顔が映っていた。
髪はボサボサで目にはクマ。両頬が削ぎ落されたようにやつれている。
なんだかもう全てがどうでもよく思えてきた。
物語の主人公のようなサクセスストーリーは、選ばれた人間にしか描けない。
そんなこと、わかってたはずだろ? 俺は何を勘違いしていたんだ。
「……はぁ」
もう疲れた。早く帰ってシャワーを浴びて、何も考えずに思いっきり寝たい。
別にもういいじゃないか。
俺は精一杯頑張った。やれるだけのことはやった。
必死に足掻いて、生活の全てを小説のために費やした。
なのにダメだったなら、俺に才能がなかっただけだ。
このまま続けても芽が出る保証はない。最悪、金も時間も全てが無駄になる。
「だったら、小説なんて書かなくても──」
転んだ拍子に落としたスマホを拾い上げると、画面がそのままになっていた。
レビューサイトだ。その中の一文がやけに目を引き、俺の消えかけた灯を焚きつけた。
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【AIでよくね?】 ★☆☆☆☆
──真面目にこいつ何のために書いてんの? 素人の俺がAIで作った方が遥かに面白いと思うんだが。よっぽど暇人なんだろうな。羨ましいっすわ
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憔悴しきった心には傷口に塩を塗りたくるようなもの。
しかしその刺激は、冷え切った体を煮え滾らせるには十分すぎた。
「ふざけんなよ……」
堰き止めていた想いが喉元まで溢れ出てくる。
胃酸のような不快感が逆流し、一度吐き出すと止まらなかった。
「つまらない作品にしようとしてるわけねえだろ。一冊出すのにどれだけ時間かかると思ってる。何人が関わってると思ってる。何回も何回も書き直して、試行錯誤して、命削って書いてんだぞ。てめえらのたった数文字で、俺の十万文字を否定するなよ!」
拳を地面に叩きつけて叫ぶ。俺の声なんて雨にかき消されるほどひ弱なものだ。
誰にも届かない。作家は孤独で、見えない客を相手にする商売だ。
こっちの苦労なんて知られることはない。数字数字数字、目に見える結果が全て。
そして、結果の出なかった俺に価値はない。
いくら嘆いても、それだけは揺るぎようのない事実だ。
「くそ……悔しい……悔しいに決まってるだろ……っ!」
鎮火されるどころか、烈火の如く。性根に刻まれた激情が燃え上がった。
雨に打たれ、全て吐き出したことで、頭だけは冷静になる。
このまま朽ちることは簡単だ。売れないのは出版不況のせいだから。理解できない読者が悪いから。そうやって何かのせいにするのは楽で、自分を慰めるのに都合がいい。
自分もその思考に陥ってしまい、弱音を吐いてしまった。同じ土俵で戦い、石を投げられても成功を収めている作家が存在する以上、言い訳でしかないというのに……。
その事に気づいたところで、ようやく己の未熟さを恥じた。
アンチの声や打ち切りは因果でしかない。そもそもの原因は、自分の技量が足りていないという事に怒りの矛先が向いた。
「あああああああああくそ!」
俺はバチンと両手で頬を叩き、立ち上がる。
数分前とは違う意味で全てがどうでもよくなった。もう半ばやけくそだった。
それでも俺は立ち上がり、惨めでも足を前に動かした。
全身で雨の猛攻に抗い、走り、転び、起き上がり、息を切らして突き進んだ。
そして橋の上までやってくると、激流と化した川に向かって全力で叫んだ。
「お前ら全員手のひら返しさせてやる! アンチの声なんて掻き消してやらぁ!」
筆を折れば楽になれるだろうか。
その未来を想像して、すぐに答えは出た。
俺は初めて受賞してデビューした時の喜びを未だ忘れられない。
あの時の感動を味わうためなら、いくらでも地獄で足掻いてみせる。
「今回は立ち直るのに随分時間がかかったな」
こんな時。現実では都合よく雨なんて止まないけれど、俺はまた前を向いた。
早く書きたい。
お腹が空いていたことも忘れ、新作のプロットで頭がいっぱいになる。
衝動に突き動かされ、風邪を引く前に帰ろうとした時のことだった。
「あなた、一体何を考えているの」
「うわっ⁉」
またしても腕を引っ張られた。しかし今度は突風のせいではない。
なんとかバランスを取ると、見知らぬ人物の仕業だと判明した。
その正体というのは、ポンチョを着た少女だった。
年は高校生くらいだろうか。フードが外れて、作り物みたいに端正な顔立ちと銀色の長い髪が露になる。そしてルビーのような紅い瞳で、じっと俺を睨みつけていた。
こんな天気の日に何をしているんだ。まあ、俺もだけど。
突然の事に混乱していると、少女は髪が雨で乱れるのも気にせず右手を振り上げた。
と、次の瞬間。バチン、と暴風雨の中でも響く平手打ちを放った。
何が起きたかすぐには理解できず、じんじんと燃えるような痛みが頬に広がる。
「命を無駄にするのは見過ごせないわね」
どうやらこの少女は、俺が濁流に飛び込むと思ったらしい。
「いや、別にそういうつもりじゃ──いで!」
バチン。弁解の余地もなく、今度は手の甲で左の頬も思いっきり叩かれた。鉄でも仕込んでるのかってぐらい痛い。往復ビンタをされたのは生まれて初めてだ。
「おいやめろって! さっきから何すんだよ!」
「死んでも転生は出来ないわよ?」
「は? 知ってるよ。そうじゃなくて、君は何か勘違いを……ちょっと待て!」
また右手を大きく振り上げたため俺は怖くなった。これ以上は泣いてしまう。
「死ぬよりはマシでしょ? 痛いって事は生きてるって事よ。この世には死にたくても死ねない人がいるんだから反省しなさい」
「どういう意味だよ。普通、生きたくても生きられないだろ」
「どっちでもいいわ。それより舌を噛みたいの? 動くと狙いが定まらない」
少女は足を振り上げ、橋からの転落を防ぐために設置された欄干にドン! と靴の裏を押し当てた。これにより俺の退路が一つ断たれる。今のを食らったら腹が破裂しそうだ。
「君こそ俺を殺す気か! 勘違いだからもうやめてくれ。俺は自殺志願者じゃない!」
小石が落下し、音もなく濁流にのみ込まれていくのが見える。
必死の命乞いが届いたのか、少女は以外にもあっさり手と足を下ろしてくれた。
「確かに、嘘は言っていないようね」
「そうなんだよ。でも助けようとしてくれたのはありがとう」
俺も誤解されるような場所にいたのは悪かった。不審な男をぶん殴ってでも更生させようという姿勢は尊敬する。あとはもう少し話を聞くことを覚えればグッドだ。
「君はこんな日に何をしてるんだ?」
「どうして教えないといけないのかしら」
「う……ごめん、忘れてくれ」
「別に知りたいなら教えるけれど」
「な、なら教えてください」
物怖じしない態度とキリッとした瞳に俺は思わず委縮してしまう。学校にいたら勉強も運動も出来るけど友達は少なく、休み時間は一人で静かにしていそうな印象だ。
答えてくれないと思ったが、少女は意外にもすんなり口を開く。
「私は散歩していただけよ」
「いや危ないだろ。早く帰った方がいいって」
「あなたもでしょ。一人で叫んでバカなの?」
「え? ど、どこから聞いてたんだよ」
「あなたが傘を不法投棄したところから」
「全部見られてたってこと⁉ マジか、恥ずかし!」
一人で喚いて走り出して川に叫んで……俺って、とんでもなく痛い奴なのでは?
「随分追い込まれているみたいだったから、念のため後を追ったのよ。はいこれ」
左手に持っていたのは、壊れた傘とカップ麺。それらを俺に差し出してくる。
「えと、ありがとう」
「ん。じゃあ私はこれで。風邪引く前に帰りなさい」
「あ、うん。そっちも気をつけて」
少女はフードを深くかぶると、俺とは反対の方へ歩いて行った。
名前くらい聞けばよかったと思ったが、もう会う事もないだろう。
そういえば、あの子の手冷たかったな──まだヒリヒリと痛む頬を押さえながら、俺は何故かそんな事を思った。不思議な子だったが一発入魂してくれたのは感謝しよう。
「さて、頑張るか」
打ち切られたショックはまだ癒えていないけれど、命がある限り生き続けたい。
とりあえず、自分から作家として死ぬような真似はしたくないな。
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