第33話 飛び跳ねる春の発条

翌朝。


テーブルの上には、チサトさんが淹れてくれた温かい珈琲と、目玉焼きを乗せたトースト、昨日食べきれなかったチョコレートケーキの皿。

(ケーキ、朝から食べるんか?ええけど)

 三人で朝食を摂っていた。


「あー。あのな、あの男どうした?」

 僕は珈琲を一口すすりながら、ふと視線をタカヤナギさんに向けた。

「気になるんすか」

 ふと意地悪な気分になって僕は言い、タカヤナギさんを挑発するように見上げた。

 彼は煙草の火をチサトさんの手の煙草から受けて、ゆっくり灯し、視線をちらりと寄越し答えた。


「なるやろ」

「なるよねぇ、テツくんめちゃくちゃ気にしてたし」

 チサトさんがニヤニヤして、フォローする。

 僕は、ふたりきりでなくて良かった、と思いながら説明した。

「なんか人探しやいうて、あの、コハルさんていうひと探してるらしいですわー」

「ばあちゃんか?小春って、俺のばあちゃんやけどな」

「そうなん?あっ、じゃあ着物、合うてた!おばあちゃんので。なんや、ほな明日そう言うとく」

「あいつなぁ、住所もでたらめなら、えらい長い生きてて、変なこと言うてるやろ」

「なんで知ってんの」

「免許証、えらいコワイ顔してたろ? あれは俺が作った」

「は!?」

「会社の裏の仕事やねん。まあ妖怪のたぐいの方々の人間界に溶け込むための手助けをしてるいう訳で。ソウジもいずれ作ることになるからな。舐められへんように、しっかり訓練しとけ」

「えー。そうなん? 知り合いやったとは。で、僕と、おばあちゃん間違えたんは何で?」

「着物に匂い袋つけといたやろ。おおかた強い匂いで間違えたんやろ」

「へええ。いろいろあるんやなぁ。二十六年生きてきたけど、そんなあちこちに妖怪がいるとは思わんかったわ」

「まあな。ソウジは守りが固いからなぁ」

「……なんの守りなん?」

「なんや、ご先祖とか……由緒ある存在が、ついてくれてるらしいで」

「ご先祖様かぁ。あー。弟とか。事故で亡くなった弟かなぁ」

「それか。身近な人は守りになりやすいからな」

「そんなんめっちゃ嬉しいけど成仏してないってことやん」

「お前のことを守り終えたら、次の場所へ上げられるから」

「そうなんや。……良かったぁ。その辺彷徨ってたら可哀想やんか」

「いや。ガッチリとソウジのこと守ってるから、大丈夫や」

「うわー。なんかお供えとかしてあげたほうが、ええんかな?」

「まあ、いずれ話聞いてみたろ。今はワインで酔っ払って寝てしもうたからな」

「そうなんや。酔わせてしもた?」

「うん、まあええやん。……あのなぁ、話かわるけどな。一緒に住む?」

「……三人で?」

「……」

「ふふ。重大発表があります!!私、来週からおフランスざます」

「は!? なになに? 聞いてないし、なんで、そんな話?」

「お菓子の修業に行って参ります~」

「ちゅうわけで……」

「花のふたり暮らしよぉ。楽しんでねぇ」

「ちょ、それどうゆうこと?」

「んー、前からいろいろ考えてたんだ。私もパティシエ目指そうと」

「うっわ、そうなん? 僕ら、ふたり暮らし…?」

「ソウジ、なんや知らんけどな、ごちゃごちゃ考えとったやろ?」

「あ……それで?なんで」

「テツくん、こう見えて寂しがりでねぇ、ひとりで寝られないんだよねぇ。いい歳こいて」

「うっさいわ」

「そんなわけで、とりあえず一年間、よろしくね」

「おおー、一年間……。う……ん、そやな受け取り拒否?」

「なんでやねん」

 タカヤナギさんの裏拳がとんできた。

「あのねぇ、バレンタインのとき、ソウジくんが言ったんだよね。こんな美味しいの作れるならパティシエになればって。痛いとこ突いて来たなぁって思ってね。やりたいことしてればきっと楽しい未来を作って行けるやろって。それ聞いて、その後すぐ手続きしたんだよね」

「そんなことになってたんや」

「私の出発をばねにして、あなたたちは、ふたり暮らしを始められるわけですよ」

「なんや、恩着せがましいな」

「なに言うてんの、タカやんセンパイ、ここはチサトさんにありがとうって言わなあかん。僕らふたり暮らしやで? あのちびっ子らは、こっちへまた来るんやろ。僕、時間あったら面倒見てもええけど」

「おーい。オマエらなぁ。ほんまにありがとうぅー」

「……やっぱ受け取り拒否しよかな」

「うるせえよ、そういわんとよろしゅうたのんます」

 タカヤナギさんが改まって座り、大きな背中を丸めて頭を床にすりつけるので、僕も膝を正すと三つ指をついて返した。

「……ほな、よろしくです」

「では私の出発と、ふたり暮らしを祝して、もう一本ワインのも~」

「しゃらららー素敵にキーッスしゃらららー素顔にキーッス……」

 チサトさんがグラスを一息にあけて、歌いながら軽やかな足取りでキッチンへ向かった。


***


 そんなこんなで、気がつけば鴉はウチに居着いてしもた。

 あれからタカヤナギさんの祖母の話をしたが、ふうん、そうかと気のない返事が返ってきただけだった。(それきっかけやったのに、興味がないのか)

 彼は口が重いから、ゆっくりと時間をかけて話していけばいいかと思うことにした。


 月の半分くらいは帰宅して鴉の夕食を食べ、残りの半分はタカヤナギ邸で一緒に夕食を作って食べる。チサトさんが出かけて行った後の部屋は、少しがらんとしている。

 模様替え時一部屋を暗室に変えたので、現像を手伝い、僕もモノクロの写真を撮り歩いている。

 ゆっくりと桜の樹が花をつけ、ほころばせ散らしていく。

 時折、会社にも泊まるから、今日はブランケットをコインランドリーで洗ってきた。便利な世の中になったものだ。



 "spring" には「春」の他に「ばね」や「泉」といった語意もある。

 ぴょんと跳ぶ。それだけやのに、春も、泉も、ばねも、みんなそこから始まってるなんて、なんかええやんな。


「若芽が勢いよく現れる時期が、春」であり、「水が湧き出る場所が、泉」であり、「ぴょんと跳ぶことを可能にする物が、ばね」。

撥条ばね」は、「跳ねる」が訛って、濁ってできた言葉らしいんだけど、人類におけるばね使用の歴史は太古に遡って、原始時代から利用されてきた弓は、ばねそのもの。

 カタパルト、クロスボウ、機械式時計、馬車のサスペンション……さまざまな機械や器具で利用され産業革命を経て、さらにばねは発展を遂げていった。


 僕らは、春が来たら跳ねずには、いられない。

 冬の間に土の中にエネルギーを溜め込んで、「もとある場所から不意に移動するばね」を、きっと皆んな、隠し持っている。

 ほんの少し先に進んで、違う景色を見てみたいと思うのも、春。

 春だから、せわしなく心騒がしく、出会いと別れがあるのです。

 勢いつけて行きましょ、ってことで。


 

 こんな気分のときの、春の一句。

「つくばねの峰よりおつるみなの川 恋ぞつもりて淵となりぬる」陽成院ようぜいいん


 ……なんてことは、よう言わんわ。



第四部 おしまい。

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