第15話 召喚士の歩む道、ここから
タカヤナギさんの家は、よく行くヒヨドリ邸ほど広くはないけれど、落ち着いた空間。リビングには古いライティングデスクと、年季の入った本棚。本棚のガラス引き戸の向こうには、現役のカメラが並んでいる。
窓際には大きなウンベラータの鉢植え、その隣には低めの革張りのソファ。 座ると気持ちよくなり立ち上がれなくなるふかふかの魔法のじゅうたん。僕はたいてい床に座っている。
本やカメラに囲まれたこの場所は、居心地がいい。
今はキッチンで、タカヤナギさんが適当に作ったタコわさや野菜スティック、ソーセージにチーズ、乾き物をさらに盛り付けて、手酌で一杯やっている。
身体が温まり、ふわふわと、いい気分。
腰を下ろし、タカヤナギさんの話に耳を傾けていた。
••✼••
「……あの着物もこれも、全部おばあちゃんの?」
「そやで。大正の頃のもんでなあ。着物おもろいやろ」
ソウジは袖を通したときの重さ、着物の手触りを思い出したという。
しっとりと手に馴染み、細やかな意匠が織り込まれている。
長い時間を経てもなお、強い存在感を放つそれは、着る者を選ぶ。
「ええ生地やろ。でも、こういうのってな……念が乗るねん」
俺は煙草を指で弾きながら言った。
「念……?」
ソウジは俺の言葉の響きに、一瞬、戸惑いの表情を浮かべた。
「まあ、簡単に言えば、長く使われたもんには、人の気持ちやら思い出が染み込む。特に、こういう古い着物や骨董品には、ええ念も悪い念もな」
「ふーん……」
ソウジが思案するように襟を正した瞬間、空気が揺らぐ。
微かに漂う線香のような香り——樟脳と混ざった苦い白檀の香りだ。
俺の手元からそれが漂っていると、ソウジは気がついたろうか。
「こういうのを扱うのも、俺らの仕事やからな」
「え?」
「デザイン事務所っちゅうても、デザインだけやない。お前、ウチがシステム開発やっとるの知っとるやろ?」
「まあ、一応……?」
「ほんなら、ウチの会社が扱っとる呪物とか、伽羅とか、そういう『人外向け』のアイテムもいずれ知っとかんとな」 ソウジはきょとんと俺を見上げた。
「呪物?……ジンガイって?」
「人相手と、人外とな、裏と表。色々あるからな」
••✼••
低めのテーブルの上に少しずつ空き缶が並び、ほんわりしている僕に、タカヤナギさんが真面目な顔で聞いてきた。
「ところでな、抜いたー?」
瞬間で穏やかな空気は張り詰め、僕の心臓が踊り出す。
「は?なんでアンタに、そんなこと報告せなあかんのですか、阿呆か、僕は、後輩だからって義務ですか、ちゃいますよね、言いませんよ、そんなこと」
しかしそんなふうに、重ねて言うときはだいたい焦っているときです。ここはもう全力で誤摩化したい!
「抜いたな……」
「抜いてません!」
「まあええわ。あのな。いつも寄ってくる猫おるやん。普通の猫じゃないよな?」
「は?」
「やっぱり知らんかったか」
「ええー? 普通の猫ちゃうん?」
「何匹かはな。まあ悪いもんちゃうから、餌やって大事にしとき」
「あ、うん」
急に猫の話を振られて戸惑う。猫ってあのいつもの猫たち?
「ほな、溜まってるやろ。……ほら、来いよ」と寄ってきて、首筋を掴まれる。
「は? ふざけんな、このクソオヤジ」
もうね、そういう展開になるんちゃうかなぁとは思ってましたけどね。
「こらテツ、やめろって」
「またまた〜。背中になんか憑いてるし取ったるって」
目の前に手のひらが近寄ってきて、肩越しにバン、と叩いた後に、ふっと細かな光る粒子が見えた。
「え。これ、ちょっと何? 手、光ってた」
「ほお。見えるようになった? ばあちゃんの着物のおかげか? よしよし」
「ちょっと! これどうやっとるん? 手品?」
「何や、出してみるか?」
すっかり茶化され誤魔化された気がしないでもない。
気がつくと何故か手のひらから光っぽいものを出す訓練につき合わされている、僕がいた。
••✼••
最近は、着物の魅力の虜です。
タカヤナギさんの家の桐の箪笥には、新旧の着物が眠っています。
おばあさんが持っていた戦前の仕立ての良い着物を引き継いできて、それを僕らに解放してくれる。
僕らはそれを借り、タカヤナギさんに着せて貰い、雪駄や下駄の歩き方を教わって、男になったり女になったりして秋葉原界隈の呑み屋横町を闊歩しています。
そのあたりを着物で歩いている着物女子は、もしかすると、僕たちです。
女の子かもしれないし、男の娘かもしれません。
仕立ての良い着物を着たことで、扱い方が気になり、素人なりに着物について学びました。
まずは畳み方。保管の仕方、着付け。この3つが大事です。皺になるとすぐにアイロンをかけて伸ばします。
畳んでしまうのが、慣れるまでは手間がかかって大変です。
でも、これを戦前のひと達は当たり前にして過ごしてきていた。
着物を着ることで、時間を越え、そこにいつか過ごしたひとたちの息づかいを感じられる。
いつか僕に子どもができたら、小さいうちから正月は着物で過ごせるような、そんな過ごし方をできたら良いなぁ、優雅やなぁと思います。
それ、誰の子!?
なんてこと、今はわかりませんけどね。
••✼••
はいはい、今日の女装男子会、終わりましたよっ。
着物も畳んだことやし、これから夜の部に入ります~。
リノ、持ってきてくれたワイン、グラスについで。皆んなで乾杯するでー。
今日は僕、ゼッタイに脱がへんからな~。
「まーた脱ぐんやな。お前のやり口は知れとるわ」
「なんやと、アンタが脱がすんやろ」
「あー。また始まったね……」
「ホントにねえ」
「もう付き合っちゃえばいいのに」
「は?」
••✼••
第二部 ハッピー・ニューダイブ!!! おしまい。
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