第2話

 靴を脱がせて居間に運び、畳の上に寝かせる。

 冬じゃなくてよかった。


 起きそうで起きない蒼を置いて、空いている部屋に予備の布団をしいた。


 居間に戻って、蒼を布団に移動させた。寝かせてから、スーツのズボンの裾がふくらはぎのあたりまで色が変わり濡れているのが気になった。


「……。悪く思わないでよ」


 スーツの上着とズボンを脱がせた。

 起きたら驚くだろうが、濡れて風邪をひくよりマシだろう。

 ベルトに手をかけたときは、鼓動が速くなったものの、「風邪をひいたら困る……」を呪文のようにとなえてやり過ごした。


 蒼のスーツを腕にかけ、部屋を出る。

 そのスーツをハンガーにかけてから、スマホのスリープを解除した。

 蒼から連絡が来ていたかもしれないと思ったからだったが、それもなかった。

 それから僕もシャワーを浴び、遅い夕食を作る。


 円卓に夕飯を並べ、柱時計に目をやると、二十時を過ぎていた。

 いつもはテレビをつけながら夕飯をつまむところだが、今はなんとなくそんな気分になれず、スマホをいじりながら箸を動かした。


 と、廊下を駆けてくる足音がした。構える間もなく、居間の襖が開いた。


「ち、千昌ちあき!」


 仁王立ちの蒼に、ぎょっとする。お箸を置く前に、蒼が抱きついてきた。


「な、な、なん……」


 蒼が僕に抱きついてくるなんて。そんなことってある?


 ないないない。


 連絡だってかろうじて年賀状のやり取りだけなのに。


「なんてリアルな夢なんだ。千昌がいる千昌の家だ」


 耳元でつぶやくように聞こえる。


 ……夢?


 あ、きっとまだ酔っているんだ。


 そう結論付けると、戸惑っていた気持ちが落ち着いてきた。


 僕は、トントンと背中をたたいてから、蒼を引きはなす。


「この酔っ払い。夢じゃなくて、本物だって」


「へっ……?」


 蒼の間の抜けた顔に、笑いがもれる。


「マジで?」


 蒼がぺたぺたと感触を確かめようと、首筋や顔をさわってくる。

 それがくすぐったくて、笑いが止まらない。


「やめろって。首筋は弱いんだ」


 身をよじって、蒼から距離を取った。


「……本物だ」


「だから、そう言ってんのに」


 まだ酔いが覚めていないのだろう。ぼんやりとした様子の蒼に、苦笑した。


「ちょっと待ってて。ズボン取ってくるから」


「ん? ズボン?」


 蒼が下を向いたとたん、一気に酔いが覚めたような顔をした。


「げ、なんでオレ、パンツなん? オレなにか、やらかした?」


 僕はコクリとうなずいた。


「話はあとで。僕のズボンで我慢してよ」


 立ち上がり、移動しかけると、

「なんか、ごめん」

 小さく謝罪の言葉が聞こえた。

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