第3話 出会い

「いらっしゃいませ。死者の2名様。お好きな席へさぁどうぞ!」


 このレストランを継いで数日が経ち、簡単な料理を提供するだけで次々とラム肉を得ることができた。毎日がご馳走だと思う程、オレはラム肉の味にハマっている。悪魔の口にはよく合う肉なんだとか。


「じ、地獄にこんなに綺麗なレストランがあるなんて!ね?タカシ。私達、死んでからもデートしてるのよ?」


「そう、だな…やはり俺達は最高のカップルだ!」


 2人はどうやらオレの存在に脅えているようだった。死者は悪魔という存在に対して恐怖を覚えるらしい。目の前で繰り広げられる恋愛ドラマの様な会話。其れを背にして早速台所へと向かう。たった数日だが料理はかなり手馴れてきた。だが今日のカップル客にはこっちのほうがお似合いだ、と冷蔵庫にひとつだけ残してあった大きなホールのショートケーキを手に取る。初めからこの大きさなら、沢山の料理を出す前に羊へと変化するだろう。溢れてくる笑みと共に鼻歌を歌いながらケーキを半分に切って大雑把に皿へわける。その皿を両手に持ち、コツコツと革靴の足音を立てて2人の元へ戻った。ケーキを男の方から順番に置いて両手を背で組み目を細める。


「お待たせはしていませんがお待たせしました!お2人は今夜デートの様で。此方がお似合いかとケーキをご用意させて頂きました。」


「えっ?ちょっと、私たちはまだ何も注文してないわよ?」


 何を当たり前の事を。そう、このレストランにメニューは存在しない。机に置かれているメニュー本も無ければ、店員はオレたった一人。台所に向かった時点で本が配られるわけもない。そんな容易く想像できるであろうことを。


「ここは地獄です。メニューを決められる程優雅な場所ではない。文句があるなら─」


 オレの話を遮るように男が手を挙げて会話を静止させる。


「まあまあ、無料のレストランなんだしこんなに大きなケーキが出てきただけとってもいい方じゃないか!」


「そ、それもそうね…」


 其れに続いて「しかも上級悪魔の店だぞ!悪魔が経営してると知らなけりゃ連れてこなかった。大人しく食べるんだ、何されるかわからんぞ」なんて会話がヒソヒソと聞こえる。食べること、それ自体が悪魔の目的だとは知らずに馬鹿なカップルだ。

 そうして食べ始める2人を見下ろし、約30分が経った所。一口が大きい為かすぐに完食してしまった男に、女が甲高い笑い声を響かせた。


「キャハハハ!ちょっとタカシ…ふふ、食べるの早いわよ。私はまだ半分も…タカシ?」


 違和感を覚えたか?それもそのはず。もうその男の頭部は既に羊の頭部へと変形していた。身体は未だ人間のままだが、それももう数分も続かない。


「キャアアアアアア!!!タカシ!頭が…な、なにこの食事!イヤァァァ!!!」


 まるで動物園のように煩くなるレストラン。まぁいつもの事だ。この時間が楽しくもあるのだが。入ってきた入口の方へ走って扉を開けようと必死にドアノブを両手で引っ張る。


「そんな、何であかないの!何で……!!」


 オレは説明が必要か、仕方の無いやつだと思うばかり。女の背後まで静かに歩いて足を止める。怯え震えながら見上げてくる女の肩へ手を置いた。


「ここは∞レストランです。無料で料理を提供します。知らなかったんですよね?残念。完食するまで出れないんですよ、お嬢さん。」


 目元も口元も、オレは弧を描く様に笑っている。


「そもそも地獄に堕ちたんだ。どうせなら満足に死にたいでしょう?」


「ち、違うわよ…私は手違いなの!あの男が浮気するから、浮気相手の家族を殺しただけよ!正当防衛でしょ?!」


 あぁなんて滑稽なのだろう。正当だかなんだかと抜かしているが本人を殺さず相手の家族を殺す。最低な男を許して相手を許さなかった、その上の犯行。そのはずなのに、今ここで自分が死ぬと確定した瞬間男を責めるのだ。全くハチャメチャな事を言っている。焦っている姿は唆る以上の何でもない。


「全く救いようのない死者ですね。さぁほら、あんなに美味しそうなイチゴの乗ったケーキが、全て無料ですよ。」


 指をパチンッと鳴らすと女の身体を縛り付けて無理矢理先程の椅子に座らせた。悪魔の身となり使える魔法は全て、ラム肉というご馳走の為に使い果たしている。


「ハハハ、ハハハハハハハハハ…!!!!」


 オレはあまりに楽しく愉快で高らかに笑い声をレストランへ響き渡らせた。ガチャ…扉の開く音がする。笑い過ぎて疲れた呼吸を整えるようにふぅ、と一息ついてから優しげにも見える笑みへと変えて振り返る。


「いらっしゃいませ。死者の3名様!」



 そうしてまた約1週間が経った。完全に無くなった訳では無いが、レストランの台所へ集めてある人間界の食料はかなり減ってしまっている。買い出しには人間界まで行かなくてはならない。確か死神は、盗んでくるなんて言っていたが、具体的にはどうすればいいのだろう。


「ま、行けば何とかなりますよね」


 普段の笑顔は絶やさぬまま、地獄のそこらへ置いてある『人間界はこちら』と書いてある看板を頼りに歩いていると、道端に立って本を配っていた悪魔に声を掛けられる。


「おいおい!アルバート・D・テッドじゃないか!お目にかかれて光栄だよ、お前さんも上級悪魔なんだってねぇ!」


 いかにも老人だ。白く傷んだ髪、シワシワの顔立ち。


「やぁお爺さん。どうしてオレの名前を?」


「あっはっは!そうかアルバート君はここに来たばかりだったのう。陛下に悪魔として名前を付けてもらっただろう?地獄では悪魔に名前がつけられた瞬間、低級悪魔から上級悪魔、死者や虫まで合わせて全ての住民に知れ渡る仕組みになっているのだ。おそらく陛下の魔法だろうな」


 陛下…?あの死神は地獄の王だったのか。そうは見えない程オフの時間ではオタクかと思わせるほどのうるささだったが。其の老人悪魔は肩に手を置いてポンポンと数回叩いてくる。


「ええとそれで?アルバート君、君は人間界の方へ向かっているがまさか人間界へ、本当に行くつもりなのかね?」


「?仕事ですから。」


 何故そんなことを聞くのだろうかと首を傾げる。人間界に行くのには許可が必要なのだろうか。それとも他の理由か─?


「人間界には悪魔殺しの兵士が存在している。どの国にも。悪魔は不老不死だと思っているかもしれないがそうではない。耳に生えているその羽が弱点だ。小さいままなら硬度は高いが広げて使うと飛べる代わりに脆くなる。少しでも穴を開けられればおしまいだぞ。」


 老人は長話が好きだな。しかしそうなのか、それは確りと覚えていなければならなそうだ。


「それとひとつ忠告しておく。陛下に言われたとは思うが決して人間相手に愛情を抱くんじゃないぞ?」


 思わず視線を逸らした。どうしてここまで死者という元人間を殺している上級悪魔相手にそんな忠告を?笑えてしまう程だ、人間に愛など向けるわけが無い。そもそも、悪魔に愛なんてものはないのだから。


「ご冗談でしょ。愛なんて存在しませんよ。其れにオレは悪魔です。そのようなもの知りません。それでは失礼、いい一日を!」


 手をひらりと持ち上げて振り、老人悪魔に背を向け人間界の方へ再び歩き出すと後ろから未だに喋り続ける老人悪魔の声が聞こえた。


「死者達は知らないようだがお前さんがあのレストランを継いだと聞いたぞ。肉というご馳走のためその尻尾を振って働き、危険な人間界にまでも足を運ぶ。それは例え対象が食物であろうと、そこに愛を抱いている証拠なんだ。」


 耳には聞こえてくるが、オレは歩みを止めることなく道を進む。


「はぁ…悪魔である限り無理もないな……ワシも、悪魔になったばかりの頃はそうじゃった…」



 やがて『人間界はここから』という看板を目にする。長く急な階段がゴールも見えない程に長く続いていた。『約24時間先、人間界』そう小さく書かれた文字を見るも、迷いなく階段を登り始める。

 静かな場所だ。数段登った所で地獄で立つ物音は聞こえなくなった。階段も壁も床も白く、上を見上げると霧がかかっていてよく見えない。それでも進んでいけば不思議と、先が見えてくるもので。不思議な空間に興味を持ちながら登ること、約20時間。人間程疲れは感じないものの段々と傷んでくる足の感覚に僅かに眉を歪ませる。そしてまた数時間─やっとのこと登りきった所で呼吸を整えると色のついた空間へと変化していた。薄汚れていて、サビ掛かっていて、真上に丸い扉のようなものがある。

 着いたのか…?其の丸くやけに重たい扉を持ち上げると、そこは見慣れているようで始めてみるような感覚のする人間界だった。場所は日本、東京。この扉は、マンホールだったのだ。2メートル近くある大きな体で軽々と地に足を着くと、突然発砲音と共に額が撃ち抜かれる。熱いだけで、時間が過ぎていっても痛みは感じない。血液とはまた違った液体が流れるも、直ぐに皮膚は再生してその液体も蒸発する。


「やぁ初めまして、人間の皆さん!」


 まずは挨拶からだろう。片手を腹部に当てて礼儀良く背を曲げて見せた。すると野太く低い声で怒鳴られる。


「動くな!それ以上動けば、今度は首を切断するぞ!」


 言葉と共に相手が取り出したのは大きな斧。オレを囲むようにして、ざっと20人はいる。全員黒と赤の制服を着用していた。これがあの老人悪魔の言っていた悪魔殺しの兵士、というものだろうか。


「それは失礼、然し仕事で来てまして。直ぐに帰るので。」


 明るく返して言葉に耳など貸さず突き進んでいくと、言われた通り首があっさりと切断された。──が、やはり痛くは無い。


「おっとっと、視界がぐーるぐる…」


 ひょいっと頭を持ち上げて当たり前かのように自身の首の上へ置き自動的に皮膚が繋がり再生する。前にも悪魔が来ていたとは聞いていたが、そんなに何年経っても悪魔の弱点を知らないまま兵士を続けているのだろうか。変わった連中だ。


「それより洋服の色、オレに似てますね!似合ってますよ」


 なんて軽く手を振ると兵士達はガタイのいい男ばかりなのに「撤退だ!アルバート・D・テッド確認、要監視!」と大声を上げて散らばってしまった。流石は悪魔殺しの兵士。なぜだかは分からないが、オレの名前を知っているんだな。何だか嬉しく思う。

 そう、不思議とオレは頭の奥底で気付いていた。人間界に出てから一度も人間相手に不快感を抱いてないことを。悪魔としての本能が、薄れている事を。



「オー!綺麗な靴!」


 オレは靴屋に入って洒落たデザインを見つけた。瞳を輝かせ、その靴を手に取る。周りにいる人間達は叫び声を上げて走って逃げてしまう。然し今オレにそんなことは関係ない。今の服は悪魔として生まれ変わった時から勝手に着させられていたが、真っ黒で飾り気のない靴に呆れていたところだった。汚くなった時のため、同じ靴を2つ手に取ってオレからしては当然だ、金など払わずウキウキで店を出ていった。


 楽しい。楽し過ぎる。何だこの快適な世界は!綺麗に姿勢よく歩いているが手には堂々と盗んできた靴の箱。ひとつはとっくに履き替えた。古い靴は、その辺のゴミ箱へ捨ててきた。楽しい。やはり楽しい。ケーキ屋さんに入っては「カップルに出した料理ににてますよ、これ!」と店員に話しかけるばかり。怯える人間達は直ぐにどこかへ行ってしまったり隠れてしまったりする。誕生日ケーキを買いに来ていた小さな男の子が足のないオレの姿に悲鳴をあげて店の看板の裏へと隠れていた。


「ああ、誕生日なんですね?それではこれを!」


 小さな男の子は分かりやすく誕生日の帽子を被っている。胸に手を当てて感動するような素振りを見せてからケースに並べられたカップケーキを勝手に手に取って、男の子の手のひらへと無理矢理乗せ、頭を撫でた。


「ハッピーバースデー人間の子!よい1年を、グッバイ~!」


 最高の気分で、満面の笑みで手を振るも、男の子は大泣きしてしまうばかり。こんなにも喜んでもらえるなんて。そう思った。

 その日オレは、花屋や古本屋、雑貨屋や洋服屋など様々な場所へと脚を運んだ。レストランの運営の為、食材の為人間界に来たなんてとっくに忘れている。夕方になって靴の箱を抱え歩いていると、目の前の曲がり角を曲がってきた金髪の男性と思わずぶつかってしまった。オレはよろける程度だったが、勢いで後ろへ倒れそうになった男性の腕を掴んで強引に引き寄せる。


「あっぶね……!って、あ…ありがとう……ございます」


 とても小さい声。その男性はオレの顔を見るなり一瞬目を見開いたが、尖った耳に生えた小さな羽に触れてくる。ビクッと羽が動き反応すると


「あっ、ごめ。悪魔…?」


 直ぐに手を離してオレの身体から男性は離れ、膝下の無い姿を見ても悲鳴すらあげなかった。


「ハロー、人間さん!オレを見て怖がらないのですか?」


「え、何でだよ。悪魔かっけぇし……」


 そうして沈黙の時間が流れる。


「早く帰った方がいいって。どこから来たんだかわかんねぇけど。兵士がうろついてるだろ?じゃあな、会えてよかった。」


 また小声だ。ツンツンしている表情のまま歩いていってしまう。驚かないでいてくれた人間に出会うのは初めてのことで、じっとその背中を目で追い続けた。


「そのー……さ。マジ、カッケェわ……はは。」


 態々振り向いて気まずそうに伝えてきてくれる。男性の頬は赤らんでいるようにも見えた。不思議で仕方なくて、姿が見えなくなるまで影を眺めていると冬の夕方はあまりにも短く、直ぐに真っ暗になってしまった。地獄に帰るなんて頭はなく、何処か休める場所を探しにいこうと来た道を戻ろうとした瞬間、長いコートがふわりと宙に舞う姿が見えた。耳が尖っている。まさか、悪魔か─!?


「こんな所で仲間に会えるなんて!嬉しいよ人間界は楽しいですか?」


 咄嗟に声を掛け、歩いていた腕を掴み止める。オレよりは背が小さい。此方へ顔を向けると髪も強膜も薄茶色く、果実のような紫がかった赤色の瞳をしていた。其の容姿に惹かれてしまう。きっと上級悪魔だ。靴もボロを履いているし。そう思い手に持っていた靴の箱を無理矢理に差し出す。


「どうぞこれを!その靴、似合ってないですよ!」


「……あぁ、君か。アルバート・D・テッド。」


 またもや名前を知られているようだ。


「それと勘違いするな、俺は吸血鬼のビター様だ。悪魔ではない、よって君の仲間ではない。靴も余計な世話だ。俺はあの人間の血を狙ってる。さっさと手を話せ、晩餐を邪魔するつもりか?」


 ギッと怖い程に睨んでくる。然しオレに敵意など向けても無駄な事。特別不愉快になど感じないからだ。


「さあさあ良いから!オレの休む場所を探してください!ほら行きますよ!」


 腕は掴んだままビターというこの男が向かおうとしていた方向と反対方向へ引っ張り続ける。


「オイ………!!いい加減にしろ!!何のつもりだ!!」


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