【走れない少女】

 麻葉が倒れてから、1か月。


 麻葉は何もできない退屈さを感じていた。


(何もできないって、結構きついんだな)


 先輩も、友達も病院に来て、謝りに来た時は何事かと思った。


 麻葉自身は何も憎んでいないし、自分がしでかした事故について、ただただ『自分が悪かった』ぐらいにしか麻葉は感じていない。


 そんな中で、呆然と空を見上げることが増えていく。


(走れないんだよな、私)


 虚しく空を見上げても、誰も答えてくれない。麻葉は一人、何もできず、孤独だった。


 

 その後も治っていけば行くほど、足だけが上手く動かない現実を突き付けられ、嫌というほど【走れない自分】を認知してしまう。


 心が『走れ』と叫んでも、何もできない。そんな自分に、麻葉はどうすればいいか分からなくなってしまった。



 更に1週間が経ち、病院を出て自宅に帰って来た。学校も、松葉杖の補助が必要だが、行けるようにはなった。


 ただ、クラスメイトたちの麻葉の見る目は変わってしまった。


「可哀想」


 皆が陰でそう言う。それも無理はない。


 今までの麻葉は『ストイックなスター選手』というイメージが皆の共通認識だった。


 皆と遊ばずに部活動に励み、土日も走り練習をしていて、先輩を押しのけてレギュラー入りを果たしてしまったクラスの『スター選手』。


 そんな麻葉が、今までとは一変し『走れない少女』となった。



「はー……」


 覇気のないため息。周りの目は、同情に満ちている。気持ち悪い。


 走れないことなど自分が一番痛いほどわかっていたというのに、それを他人により押し付けられるのは、吐き気がするほどに不快だった。


 いつもならそういった鬱憤うっぷんを走って解決したというのに――それも、しばらくはできない。



 そんな日々が続いたある日のことだった。


「誕生日おめでとう麻葉。ケーキとプレゼントを用意したぞ」


 兄の光冴は毎年麻葉の誕生日には決まってホールのイチゴケーキと、自身で決めたプレゼントを用意してくれる。


 麻葉は甘いものが好きだったのでケーキはいつも嬉しかった。プレゼントについては……当たり外れが激しい。


 ただ毎年プレゼントを用意してくれる光冴の気持ちは嬉しかったのが、今年は違った。


「ああ……ケーキは冷蔵庫に入れてくれ」


 走らなくなり長くなった黒髪。麻葉は怪我した足を抱えながら、部屋の前で待っている光冴を冷たくあしらう。


 自分の部屋で雲を見上げる退屈な日々。最近は誰とも会う気が起こらず、友達とも連絡を取っていない。


「分かったケーキは冷蔵庫に入れておく。だが、今回のプレゼントは特別なんだ。入るぞ」


 その気持ちを無視するように、光冴は麻葉の許可を待たずに扉を開け、部屋に入る。


(はぁ……)


 いつもそうだ。自分が熱中することや、自分が大切だと思ったことは、強引に押し通して来る。


 光冴と会うのも憂鬱ゆううつになっていた麻葉だったが、止めても無駄なことを察し、向き合う。


「これが、今年の誕生日プレゼントだ」


 麻葉の前に差し出されたプレゼントは、最新のフルダイブ型VRヘッドギアだった。


「これ、20万位するんじゃなかったか?」


 しかもかなり人気で、予約も取れないとネットニュースに流れていたものだ。

 

 光冴はもう自分用に1台持っていたはずなのに、更に2台目を買ったというのか。


「偶然予約が取れたんだ」


 それ以上VRヘッドギアについては言及しず、プレゼントの箱を開けるよう手を振り、急かす光冴。


 開けてみると、垢1つないコーティングが施された高級感のある真っ白と、つるつるで肌触りが良い新品感が、冷めていた麻葉の心を動かす。


「……【テラ・レギオンズ】」


 VRヘッドギアに細身なロボットと【テラ・レギオンズ】と書かれたロゴを優しく指でなぞる。


「最近流行りのフルダイブ型VRロボットアクションゲーム【テラ・レギオンズ】。この中にダウンロードされているゲームだ」


「アクションゲーム?」


「ああ、ここなら思う存分遊べるはずだ」


(ここなら、自由になれる……?)


 光冴が付けていたところは何度か見たことがあったが、その時は触りもせず、変なのを付けてるなと思う程度だった。


 だが、こうして手に取ってみた時のずっしりとくる感動に、麻葉は温かさを思い出し、満足げに笑みをこぼす。


「俺好みのゲームだよ。きっとお前も楽しめる」


「それが目的かよ。上手い話だと思った」


 要するに光冴は、自分が好きなゲームを麻葉にやって欲しいのだ。


 光冴は昔からそういうところがあった。自分が好きだった漫画やゲームに麻葉を付き合わせ、楽しみを共有したがる。


「やってみろよ。絶対気に入るはずだ」


「はっ!気に入らなかったら、ケーキもう1個買いに行かせるからな。覚悟してろよ」


 心が無意識に【やりたい】と動き出してきていた。


 久しぶりの感覚だ。胸の奥がじんわりと熱くなる。


(楽しませてくれよ馬鹿兄貴)


 初めて触るVRMMOロボットゲーム【テラ・レギオンズ】の世界に、麻葉は胸をおどらせた。



 そうして、最初に待ち受けていたのは、兄が用意した謎の超巨大モンスターとのマッチアップ。


 既に、退屈という言葉は麻葉の中にはない。


 だが――



「だからって!無理ゲーを!押し付けるんじゃねぇーーーーー!!!」


 100Mを優に超すその大きさと存在感に、麻葉は絶叫を上げる。


 そこには、退屈を通り越した【熱と高まり】が、麻葉の奥に芽生えていた。

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