第37話 赤の屋敷2

 外には、もう馬車が準備され、興奮気味のカンロとアムリタがハーネスで繋がれている。

「どうぞ、閣下」

 先にセキエイを乗せ、続いてアリステアがキャリッジに乗り、僕を見た。

「……貴男もお乗りになって、罪人アキラ」

 その言葉に、セキエイがアリステアを睨みつける。

 意に介することなくアリステアは「お早く」と急かされて乗った。

「着替えは、我が屋敷で。それまで我慢してくださいましね」

 ぱしんっと音がして馬が嘶く。がたんと動いて景色が変わってく。白の景色から放牧地らしきところを走る。

 隣のセキエイを見るとしかめっつらで、じっとアリステアを見ながら、なにか言いたげにしながらも口を一文字で閉じていた。

「……あの街をマステール領の直下にした理由はご存知? なら、普通の服を着ている密偵がいることを考えるべきでしたわね。昨日、すぐに出立なされていれば、こんなことにはならなかったのに」

「子供たちを盾にしたな」

 腹の底から、煮えたぎるような声でアリステアに言うと、アリステアは扇で口元を隠しながら小さく笑っていた。

「わたくし、使えるものが多いほど遣り甲斐がありますの」

 ふふ、と笑い目を細める。

 アリステア、マステールという名がついているということは、マステールの令嬢ということになる。

 彼女自身が出てきたということは、マステールには彼女の父親はいないのか。

「だから、セキエイさま。セキエイさまご自身の使えるものに興味がありますの」

「なにが言いたい」

「ふふ、もし我がマステール家がセキエイさまをお連れした場合、わたくしが閣下の妻となるのです。おかげで、朝早くお邪魔してしまいましたわ。小さいお子もおりましたのに」

「は?」

 セキエイの顔が変わる。

「セキエイさま、ユエリフさまは貴男を見つけたものにはセキエイさまの妻になる権利が与えられると布令を出したのです」

「兄上が?」

 アリステアは、にっこりと笑い、セキエイの顔は青ざめていた。

「ああ、そう。罪人のアキラ。貴男の処分は捕まえてからとのことですわ。まだ獣の儀での扱いが決まってないとのことです。それまでは、我が屋敷で監禁させていただきます」

 どこかで、すぐには処分されないのかと安心する。

 セキエイは青ざめたまま、馬車の景色が変わっていく。

 兄の暴挙とも言える行為にショックを受けているのだ。

 儀式で現れた僕を連れ出し、出奔したのだから縛りも強くなる。

『あの第二王子がやらかした』

 そんな風に思われたのかもしれない。だから、城に縛り付けるような真似をした。

「……わたくしからして確定ではないとは思いますが神官のハーレッドさまの愛人にでもなるのではなくて? なによりハーレッドさまが強く望んでいらっしゃるとか」

 ぶわっと寒気が走る。あの山賊をも思い出し、身体を震わせる。

「だから、わたくしと結婚されるのがよくてよ? ハーレッドさまに可愛がられたあとですが、罪人が手に入るのですから」

「貴様!」

 手を出そうとしたセキエイの手をアリステアは扇で叩く。

「貴男さまに、わたくしを叩く権利はございませんことよ」 

 鋭い視線のアリステアはセキエイを睨む。

「これは貴男さまが起こしたこと。おわかりになっていらっしゃらないの?」

 そう言われて、セキエイは拳を作り震えていた。

 今のセキエイには、なにも決定権がない。それが王子と貴族の間柄であるアリステアとの間にも。

 同じくなにも言えない状態で座っていると、くぃと白が目の前に現れてあごを持ち上げられる。

「え」

「ふぅん」

 アリステアが検分するように覗き込んで、上から下へと視線を向ける。

「罪人の顔も可愛いものですわね」

 なんていう表情をしていいのか分からずに、ぽかんとしていると「さわるな」とセキエイが扇をはたいた。

「失礼」

 口元を隠しながら「あら、もう我が屋敷の敷地内ですわ」と外を見て言う。

 そのまま外を見ていると手入れが行き届いている草木が見える。

 アリステアの赤を濃くしたような石造りの屋敷に目を見張った。今まで見てきたのは、街の姿ばかりだったし、これが貴族の屋敷だと言われたら「すごい」の一言だ。

 敷地内に入って、くるりと周り、屋敷前に到着する。

 逃げるつもりがないセキエイが先に下りて、

「セキエイさまをお部屋にお連れして」とアリステアが言う。

 アリステアの次に下りると、こちらに振り向き、

「……そうね、そうだものね。貴男は別の世界からいらしたものね。ご存知? 今、貴男はなにも持ってなくてよ。手に入れるためには手段を選ぶべきではないわ。おわかり?」

「え、えっと」

「この方も部屋にお連れして」

「はい」

 執事のひとりだろう、老年の男性や女性が頭を下げる。

 最後に「こちらです」と使用人の人に連れられて屋敷に入った。

 中は豪華絢爛の一言。あの高く飾られているシャンデリアは一体幾らするのかとか、あの絵は、像は、と目線が行き来する。

「ごほん」

「はいっ」

 案内してくれていた使用人が咳払いをして、歩を進め、あれ、と思おう。屋敷に監禁という言ったわりには、歩かされているのは毛布の上だ。

 どこに行くんだろうと着いていけば、どう見ても普通の部屋らしきところに通される。

「あの」

「こちらです。お着替えはこちらに。食事はシェフ自ら、お持ちになるというので」

 荷物を渡され、天蓋があるベッド、気持ちよさそうな椅子二脚と、それに挟まれたテーブル。どう見たって罪人を監禁する場所じゃない。

「牢屋がないのか、な?」

 首を傾げながらアリステアの顔が浮かんだ。

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