第35話 白の街4

 とても眺めがいい大きい部屋。

 部屋に入ってきた僕たちに気づいた子供たちが、

「お話、終わった?」

 手を引く。これを振り払わなければいけないのか。

「うん、あのね、みんなに話さないことがあるから、ピキを起こそうか」

 ミサーラが不思議そうな顔をしながらピキを起こして、ぽやぽやしているピキをミサーラから渡して貰うと、

「なーに?」と嬉しそうな顔をされて、我慢していた涙が、出てきてしまう。

「いたいいたいー?」

 ピキの手が頬を撫でる。

「話さないといけないことがあるんだ」

 セキエイが、ピキを抱いた僕とミサーラをベッドに、二つの椅子にヴィムとクオンを座らせ、アルシュバッドも近くに座らせる。

「もうアルシュバッドたちは分かるな。俺たちがただの商人じゃないことに」

 こくりとピキ以外の四人が首を縦に振った。

「俺たちは、俺はウスマサ国の第二王子セキエイ・キス・ミネラルだ」

 予想外の言葉だろう。四人は目を開き、口を小さく開けてしまう。

「アキラとは駆け落ちをしてヴェスタにやってきた。そして、おまえたちに出会い、ここソウロウに行くことを決め、おまえたちにはソウロウで生きていけるよう、手はずを整えるえて、俺とアキラはハルルという街に行く予定だ」

 セキエイは別れることを決意しているらしく、決定事項の言葉を並べていく。

「わたしたち、ここに残るってこと?」

 ミサーラが目を大きく見開いて、ぽろりと涙を流した。

 アルシュバッドは分かっているのか目線を下になにも言わない。

「元々は街の住人に、ソウロウなら、おまえたちを助けてくれてほしいから、そのハルルに行く道中を少しだけ逸れて学校と教会に預けるという話だ」

「……捨てる、てこと?」

 ヴィムがミサーラと同じく目を大きくして涙を流し始めた。

「捨てない。だが……今生の別れになるだろう」

「こんじょうって」

 クオンが繰り返して、ミサーラが「もう会えないってことだよ」と付け加えるとクオンの顔からも涙が溢れてくる。

「みんな、いたいいたい?」

 ピキだけが、どういうことか分からないみたいだが、場の空気におろおろとしていた。

「どうして……ただの同情だったの?」

 ミサーラが声を高くして、セキエイに詰め寄る。

「違う。助けたいと思っている」

「じゃあ、どうしていなくなっちゃうの!」

 クオンが叫んだ。あまり叫ばないのか、声が裏返る。

「俺は第二王子だ。国を背負う人間の一人で、勝手なわがままを言うことはできない。アキラは酷い扱いをされそうになって、俺が連れ出したんだ。捕まれば、俺はいいがアキラは、最初よりも酷いことをされる。そうなる前に別の国に行く。おまえたちとは、ここで別れないといけない」

 ははっ、とミサーラが笑った。

「だったら奴隷商人みたく酷く扱ってくれたらよかったのに! なんで、なんで、あんな風にするの。どうして、一緒にいたいって思わせるの」

 ヴィムが、泣き崩れるミサーラに寄り添う。

 ミサーラの言う通りだ。どうして、家族ごっこみたいなことをしてしまったのだろうか。別れるなら、酷くした方がよかったのに。

「う。みーな、いたい? うう」

 とうとうピキが場の空気に耐えられなくなって泣き出してしまい、抱きしめる。

 きっとピキは分からない。明日、セキエイと共にハルルに行って、この国から離れたことに。ミサーラたちが説明しても「捨てられた」と思うかもしれない。

「うー、うー」

 小さい子供たちが泣いている。

 大丈夫だよ、と言ったのに、なぜ悲しい顔をさせているのか。

 元々、僕たちがいけなかったのかもしれない、ハルルに行くのだから、と断ればよかったのだ。

「おまえら、わがまま言うなよ。なんとなく分かってただろ」

 アルシュバッドが貫くような声を出して、みなに言う。

「この人たちは捨てるっていうわけじゃない。ただ、さよなら、するだけだ」

「でも!」

 ミサーラがベッドから下りてアルシュバッドに詰め寄る。

「だったら、探しにいけばいい。ここでいっぱい色んなこと勉強して、大人に負けないような頭と身体になって、セキエイとアキラを探しにいけばいい」

 泣いていたピキがアルシュバッドを見ながら泣き止んだ。

「な。それでいいだろ?」

 アルシュバッドはセキエイを見ながら悲しそうに笑い、涙を零す。

「めちゃくちゃ感謝してんだ。ソウロウまでってオレは分かってたし、ここまで来れば、色んな事ができる。きっと、逃げちまったあんたたちも探しにいける」

 それでいいよな、と確認するように言う。

 セキエイがアルシュバッドを抱きしめた。

 近くにいたミサーラも抱きしめ、部屋の中はすすり泣きに包まれる。

 ヴィムとクオンを引き寄せた。

 ピキが僕の胸元で、声をあげずに泣く。今もそんな泣き方をさせてごめんね、そう思いながら抱きしめた。

「こいつらの面倒を見るのは得意なんだ」

 少しだけ震えた声を出し、アルシュバッドはセキエイを抱きしめ返す。

「ありがとう、セキエイ、アキラ」

 今度は笑いながら涙を流している。

 その日はベッドをくっつけて川の字で寝、窓から入ってくる風に撫でられながら、みんな目を瞑り、最後の夜を終わらせた。


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