第25話 旅にゆく

 アルシュバッドたちと別れを告げて宿屋に戻り、切られっぱなしだったポシェットの紐を結び直す。

「あんなに絶対だと言って良かったのか」

 テーブルに荷物を置いたセキエイが言う。

「僕たち、これから殺されたりする?」

 その返しにセキエイは目を見開いた。

「ここに来て、そんな悪いこともしてないし、追っ手が迫ってきているような気もしないし、命を狙いそうな人たちだとは思わないし」


 先にベッドを椅子代わりにして言うと、セキエイは「うーん」と口にして、隣に座る。

「僕ね、アルシュバッドみたく、僕なんか、僕なんかて生きてきた。セキエイだってそうでしょう?」

「ああ」

 セキエイの手が伸びてきて優しく手を握られる。

「その時に、そんなことないよ、大丈夫だよって誰かに言ってほしかった。アルシュバッドもそうだった。たくさんのことを抱えていたのに、逃げずに他の子供たちといた。優しい子だよね」

 ふわりとそのままベッドに寝転がって天井を見た。

「盗みでの施しが、情けないと自分に言うんだよ」

 ぐい、とセキエイを引っ張って、同じく寝転がして夕焼けの瞳と黒の瞳を合わせる。

「僕の親は、まあまあいい人たちだったから、なにかと苦労はあまりしなかったな。でも、アルシュバッドの親は罪人で、その責をアルシュバッドたちが払うことはない。アルシュバッドたちがしわ寄せで罪を犯したとしても、この街の人たちは許し、ただの商人である僕たちを頼った」

 セキエイの耳に身を寄せて、

「あの時、誰と話してたの」と聞く。


「街のまとめ役だ。アルシュバッドが出て行かなかったら首都の警邏隊に差し出すつもりだったらしい。あの子らがいたら観光地にもなれないと」

 おまえもポシェットを盗られそうになったからな、と続けて、

「なあ」

「うん?」

「あの夫夫ふうふてのはなんだ」

「うーん、なんでしょうー」

 誤魔化すなと引き寄せられて、じゃれ合う。額にキスをされたところで、顔を上げて笑う。

「あの子たち、まだ小さいでしょ。恋人ですって言っても、よく分からないだろうし、なんなら夫夫ふうふって言った方が信用度があがるかなって」

「おまえ、何気なくミサーラが目をキラキラさせていたのを見たか」

「かわいいねえ」

 おまえな、とくすぐられて身を捩る。


「あ、そういえば途中から腰、痛くなくなった。若さかな」

「知らん」

 セキエイは立ち上がるとアムリタとカンロがいる扉を開けて二頭を撫でる。

 放置したことで、ちょっと怒っているらしく、カンロがセキエイの手を甘噛みしているではないか。

「悪かった、わるかった。明日は外に行こうな」

 その間に立ち上がって湯船にお湯を溜め、用意すると、その日はそのまま湯に浸かり、疲れをとったら二人並んでベッドの中で寝た。

 ただ純粋に、夫夫ふうふのように。


 身体が意識を連れてきた。ぱちりと目を開けて身体を起こすと、それにつられてか、セキエイも身を起こして「何時だ」と口にする。

 窓がないのは不便だ。そう思いつつ、カンロたちの扉を開けて外を見ると、陽が昇り、人々が働き出す頃合いだ。

「丁度いいよ、行こう」

 着替えて、まとめてあった荷物を持つと宿の出入り口の扉に手を掛ける。

「お世話になりました」

 その言葉に女主人は、しっしっとジェスチャーしてセキエイを笑い合う。

 子供たちを連れていく話は全体に広がっているのだ。

 一回、頭を下げて出る。

 飛馬を連れて後ろを見ずに歩いてく。大通りに出ると門兵のギャフルが、こっちだこっちと手を振っていた。

「おまえはギャフルと聞いたぞ。胡椒の話はしてないだろうな」

「うへえ、あいつ、言いやがったのかよ。もちろん、胡椒の話はしてねえから安心してくれ」

 短い遣り取りのあと、市場を抜けて反対の門まで駆け抜ける。

 ちらちらといた人たちは、お辞儀する人も見つめる人も様々で、それにコクリと頷く。

「こっちは地続きだから、すぐに出られる」

 もう用意された荷台には荷物が置かれ、それに自分たちのを加えてアムリタとカンロをハーネスで繋ぎ、いつでも出れるようにして待つと一分もしないうちにアルシュバッドたちが小さな荷物を持って走ってきた。


「ごめんなさいっ」

 ミサーラが言いながらギャフルの手をとる。

「大丈夫だ、のれ、のれ」

 ギャフルは子供たちを次々乗せて「よし、いいぞ。道中、気をつけろよ」と言う。

「……ありがとう! ギャフル!」

 軽く出発したところでアルシュバッドが叫ぶ。

 ギャフルは手を振りながら「じゃあな!」と見送ってくれた。

「セキエイさん、これ」

 揺れる中、アルシュバッドがセキエイに紙を渡す。

「……地図じゃないか」

「本屋の人が、途中でくれたんだ」

「……そうか、大事に持っていてくれ。街から、この山間は山賊が出やすいと言っていたからな。アルシュバッド、地図を開いてくれ」

 今は荷台の歯車が聞こえるだけで、飛馬たちの走る音は聞こえない。

 駆ける荷台の子供たちは荷物に掴まりながら、外に飛び出ないよう耐えている。

「アルシュバッド、場所変わろう。僕が後ろに行くから、セキエイの隣に座って」

 揺れて危ないが、どうにか交換して必死なミサーラや小さいピキたちを抱きしめる。


 朝から急いでいる理由は、ただ一つ。

 山賊に出会わないためだ。ここいらは掃討されたと聞くが、逃げたものもいるだろう。手負いの人間は、なにをするか分からない。

 飛馬も高価であるし、奴隷商人と繋がっていれば非合法な扱いを受ける可能性がある。

 山賊のテリトリーから逃げられれば、ゆっくりと進むことができるし、昼前には、この山間を抜けたい。

「もう少し耐えてくれ」

 セキエイの言葉に、僕たちは身を縮めながら荷物に捕まっていた。


 そう目を瞑っているうちにアムリタとカンロの動きが、ゆっくりとなっていき目を開いた。

「セキエイ?」

 問うと、笑顔のセキエイが、こちらを向く。

 ゆっくりと凍っていた身体が溶けていくようで、

「ほら、見てみろよ!」

 アルシュバッドが前を指す。ここは丁度、坂の上らしく、目の前には開けた森が広がっていた。

「すごーい!」

 飛び出すピキを押さえつつ、誰もが深く息を吸って吐く。

「地図を見せてくれ」

 すぐにセキエイは地図を見て、

「休憩できそうなところがあるな、そこまで行こう」

 綱を軽く振って、二頭が歩きはじめる。

「ミサーラ、ヴィム、クオン、大丈夫?」

「はいー」

 三人ともふらふらで、酔ったように倒れた。

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