第8話 外に2

 そこには馬、というには、ちょっと違う、二頭の動物だろうか、四足歩行の両足部分に鱗が生えて角が羊のように丸く顔の両側についた、動物がいた。

飛馬ひばの経験は、ないだろ」

「こっちの生き物でしょ? ないに決まってるよ」

 でも大丈夫だ、とセキエイは言うと、すでに荷物がくくりつけられている飛馬に、僕を持ち上げて乗せると「よろしく頼むぞ、アムリタ」と撫で、もう一頭の飛馬に乗り、

「いくぞ、カンロ」と言って、そのカンロを足で叩き走り出す。そうするとアムリタと言われた飛馬も走り出し、二頭縦移動で走って行く。

 乗馬の経験などない。

 けれどアムリタの動きは、どこか滑っているように感じて、よく聞く、上下移動で尻と腰を痛めるなんてことはない、と感じとり、されるがまま走って行く。

 セキエイとは縦移動だから「これからどこいくの」と聞けない。

 ただ恐ろしい程に輝く月が道を照らして、宝石の中を走る。

 ふと後ろを向くとモスクみたいな建物があった。あれが城なのかと遠く感じて、あそこでセキエイは育ったのだ。そして捨てさせたのだ。

 そんな考えが頭をよぎる。

「ごめん」は違う。風が涙を消してくれた。

「ありがとう、セキエイ」

 前を行く背に、心から伝えて未知に向かおうと決意する。

 どんなことがあろうとセキエイの隣にいよう。離れてしまうくらいなら死を選ぶくらいに、そう僕の心は決まった。

 ちらちらと後ろ見て、城が見えなくなると、次は街らしきものが見えて、これが城下街というのかな、通り抜けるのだろうと思っていたら飛馬、ただしくはセキエイだろう、関所らしきものが見えてきたのに左に逸れると、森の中に入り、しばらくして右手に袋かなにかを持って、ぱらぱらとなにかを落としていく。

 ふと下を見ると、それは輝いた粒だと分かり、それでもなにをしているのか分からず、アムリタはカンロにくっつくよう走って行く。

 ここでやっと獣道を走っていたことに気づいて、このままどこに行くのだろうと、この世界を知らないせいで、おろおろと不安になって何度もセキエイの背中を見る。

 二十分ぐらいか、獣道を抜けて、今度は「道」に出た。

 その道は、森を抜けると輝き、目をそらしたくなるほどで、これが水の輝きと、また知るのに時間がかかる。

 簡単に言えば城下街への道を走り、そこから左に逸れて普通の道に出た先に、おそらく湖みたいなものに出会ったのだ。

 この夜はひたすら走る。馬みたいなものなら疲れてしまうのではないかとアムリタを見たが、息を切らす様子もなく、優雅に走っていた。

 湖が終わり、また両側が森になる。

 そしてまたセキエイは袋を取り出して、ゆっくりと粒を零していく。

 気づいた時には別の城壁が見え、関所みたいなところに行くのかと思ったら、また左に逸れて壁伝いを、ゆっくり走り、木戸があるところで止まる。

 待つと木戸から人が出てきて、それにセキエイは袋と紙を渡し、木戸が開いてカンロが入り、もちろん、アムリタと僕も入ってく。

「わあ」という声は飲み込んで、目の前に広がったのは西洋でみるレンガでできた家々と、そのレンガが光り輝いている綺麗さに目を見張った。

 走るのをやめ、滑るように歩き、その間、周囲を見渡しながら、今度はどこに行くのだろうとセキエイの背中を見る。

 ある意味、夜通し走ったのだから、ここで休憩かと疑問を心の中で投げかけたが、セキエイは街を過ぎて、また木戸がある場所まできた。

 まさか、と思いつつ、入った時と同じく袋と紙を渡して、この街を出て行く。

 またカンロとアムリタは走り始め、今度は光りの粒を撒かないまま、目の前に見えた山の中に入る。しばし走るとカンロの歩調が緩くなり、気づくと小さな池が現れ、やっとカンロが止まり、それとセキエイが降りた。

「大丈夫か」

 アムリタの背から僕を降ろすと、とんとんとアムリタがカンロに近づいて頬を擦り合わせて池の水を飲み始める。やっぱり、疲れていたのだ。

「……」

 なにを言おうか分からず、セキエイを見る。

 気づけば月は傾き、空の色は紫と橙になっていた。

「少し休もう」

 言われ、手を引かれて池のそばに座れば、また横にいるセキエイの顔を見る。

「もう少し、走らないといけないんだ」

「そう、なんだ」

 訳が分からないが「逃げている」のだ。

 なにも知らない自分は、この世界の作法など分からない。光りの粒も木戸の人も、カンロやアムリタという動物も。

 ただ本物と言えば、人間で、隣に座るセキエイのことだけだ。

 なにもできないから、セキエイに身を寄せて身体を預けると、頭を優しく撫でられて、目を瞑る。

「アキラ」

 呟く声の心地よさに、身を深く寄せた。

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