第7話 外に
その思いのままパンをかじる。
水も飲んで、どんな風に人払いしたんだろうと余所の考えに思考を傾けた。
お父さんが病気なのか、第二王子ということはお兄さんがいるのか。
少し固めのパンだが、水と一緒に飲めば美味しいものだ。
セキエイの様子だと、僕の処遇は明日に決まるという。
獣から人間に。確かに驚きの結果。
前例があるか、そういう風には見えなかった。
最後の一口を食べ終えて、石壁に身体を預ける。明日はバキバキの身体になるかもしれないが、汚いベッドで寝たくないので体育座りで寝ることにする。
「あの人がセキエイなんだ」
声でしか交流がなかったし、会うつもりもなかった。
電話の先では巨漢の人や普通と言えるような会社員とか、色々と想像していたけれど、まさか、こんな「当たり」を引いてしまったとは。人生の運を全て使ってしまったようだ。
使いすぎて死刑になるんじゃないかと想像する。
召喚されてから通った道は、部屋とここに繋がる通路と今いる牢屋だけだ。
なにも知らないがセキエイの服装から考えて西洋的なところだと思う。
そして外国人的なものだ。
異世界転移なんて本やアニメだけのものだと思っていたけれど、意外に落ち着いている。セキエイがいるからだろう。
最終的にはセキエイのことを考える。
キスをしてしまったが、少しやりすぎたかもしれない。
こんなに夢中だったろうか。セックスの相手として夢中だったのは確かだけれど、リアルな身体の繋がりは考えていなかった。
もし、機会があれば抱かれてみたいと思う。
でも、セキエイの話から繋がるのは「奴隷」とか、そんな話だ。
召喚された理由が、お父さんに食べてもらいたい獣というのだから奴隷にもなれかいかもしれない。セキエイはどう説明しただろうか。素直に言えることじゃないし、召喚するまで三十分もかかったんだ、と話してくれた時の悲しそうな顔を思い出す。
僕は兄弟がいなかったから、兄や弟などとの軋轢はなかったし、だが、それでも他人に対しての葛藤はあった。
今、考えるべきことはなんだろう。
やっぱり、セキエイが傷つかない方法で事が終わるといいな、そんな思いがあった。
そうしていると、うつらうつらと眠気が襲ってくる。
あ、寝れるなと身体と思考が重なりそうなところでカシャンと音がして、意識が回復した。
なんだと顔を上げれば松明を持ったセキエイがいて、
「え」と素で言葉が出る。
セキエイは手を伸ばしながら「行こう」と言う。
「どうしたの? どこに?」
なにもかもが分からなくてセキエイを見やる。
松明のせいで綺麗な髪は一層輝き、橙色に染まっていた。綺麗だ。そんなことを思い浮かべていたら、
「行こう、アキラをどうするか決まったんだ」
もう? と声に出したかったが、セキエイは僕の手を掴んで引っ張ると、胸の中にすっぽりと入り、抱きしめられる。
少し、震えていた。
セキエイがなにをしたいのか気づく。
逃げようとしているのだ。僕を逃がすつもりなのだろう。
「……セキエイ、でも、僕は、この世界のことを知らないし、逃げたとしても、どう逃げればいいのか分からないから。その決定に従うよ?」
そういうとセキエイは、右手から左手に松明を移して、僕の顔を見、ぐいっと顎を持ち上げるとキスをした。
「んっ」
突然の口づけにパチッと頭が震える。にゅるりと舌が入り、口の中をねぶる。
深いキスに震えながら、応えるように絡ませてセキエイに抱きついた。
長くはなかったが、お互いに味わったとい感じに離れ、見つめ合う。
「話し合いでアキラを奴隷として下賜されることが決まったんだ」
「だったら」
「俺は自分が召喚してしまったのだから面倒を見る、と言ってみた。だが、父への供物が人間ではなににもならない、と。この身が燃えるようだった」
セキエイは泣きそうな顔をしながら、口にする。
「だから、最高級品として神官のハーレッドという男に渡し、愛でさせる。そう扱うことで父上の病の対して、よくなるよう願わせると決まったんだ」
それでいいとは言えないに決まっている。そのハーレッドという人物のことを知らないが、最高級品という物をみたいに扱われることに恐怖を覚えた。なにをされるか怖いという気持ちがまさる。
愛でさせると聞いて、よくしてくれることと最悪なことが頭によぎった。
ただの想像だが、身が犯されるなんて考えてしまい、セキエイの服を握り締めて、それを感じとったセキエイが抱きしめてくれる。
「逃げよう」
そう言ったセキエイの格好は、最初に見た時のローブではなくてゲームの村人が着ているような少し汚れた形で、こちらも少し汚れた深緑のコートを着ていた。
「……逃げれる?」
セキエイは離れて牢屋の入り口に置いていたのだろう、鞄の中から服を取り出すと着替えを渡し「着替えてくれ」と言う。
「どこまでいけるか分からない。だが、俺は……アキラが誰かの元に行ってしまうなんて我慢ができない。永遠に後悔し続ける」
服を受け取って、ぐっと力を込めると、セキエイと同じような服に着替えて、元の服を置いていこうとしたところでセキエイに、
「いつか帰れるかもしれない。持って行こう」
などと言われて、涙が出そうになった。
もう別れるなんてできない。下賜されるのがいやで逃げようというセキエイの心に応えるのは「ずっと一緒にいよう」なのだから。
準備が整うと、セキエイは松明の火を消して荷物を背負うと、手を握り、慎重に階段を上っていく。
明かりが見えてきて、それは松明かと思ったが、その透明感に大きな月が輝いているのだと知って、ますます異世界にきてしまったのだと確信した。
今、なにかしゃべると、誰かに聞こえてしまうような気がして、二人して黙り、セキエイの背中を見ながら移動する。
どこがどこか分からないが、足早に通り抜けると外に出た。
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