第15話 桃瀬七花から見た同級生

◆『桃瀬七花』



 水村穂波くん、改め、ほなみんと仲良くなったきっかけを思い出す。


 元々、なんとなく頼もしい人だなーと思っていた。

 クラス委員に生徒会。色んな理由で色んな頼まれごとをしている。

 でもいつも軽やかに笑っていて、忙しさを感じさせない。

 だからみんなつい頼ってしまう。


 けれどわたしは彼に一つ、気になっているところがあった。


(なんだか、たまにぼーっとしてるような?)


 当時はまだ、水村くんと呼んでいた。

 水村くんは時折、一人でぼーっと何もない所を見つめている。

 視線の先を追ってみるけど、人も物もいっぱいあってどこを向いてるのかピンとこない。


(なんでかなぁ)


 疑問には思ったけど、すぐに忘れてた。

 その頃はまだ、ただのクラスメイトなのだ。

 初めは理由を探るほど、水村くんの事が気にはなってなかった。



 ――それが変わったのは、わたしがをした日からだ。



「え? このキーホルダー誰の?」


 教室の隅に、わたしの大好きなアニメ『魔法少女プリズム☆スパークル』のキーホルダーが落ちていた。


 それを聞いた瞬間、さあっと顔から血の気が引くのがわかった。


(わたしのだ……)


 誰にも見つからないよう、バッグの内側にこっそり付けていたはずのキーホルダー。

 わたしが『プリクル』が好きなことは友達にも隠している。

 それは大好きなアニメを軽い調子でさえもからかわれたくなかったからだ。


 なのにいつの間にかほどけて床に落ちてしまっていた。


「え、ヤバくね? このクラスこんなアニメ見てる奴いんのかよ!」


 しかも最悪なことに、拾ったのはよく騒いでいる隣のクラスの男子だった。


 時折わざわざこっちのクラスに来て大声で話す。割とみんな迷惑している。しかも、わたしの友達に知り合いがいるせいでこっちに絡んでくることも多い。苦手な人だ。


 その人に見つかってしまった。


 さらに丁度わたしの友達を見つけて、へらへら近寄ってくる。


「ね、これ誰のかわかる?」

「えー知らないよ」

「桃瀬ちゃんは?」


 いきなり呼ばれて心臓が跳ねる。


 馴れ馴れしく呼ばれるのも嫌だけど、それ以上にいきなり目の前に隠していたものを突き付けられて頭が真っ白になった。


 気づかれてはいないはずだ。けど、咄嗟に対応できなかった。


「あ……えっと……」

「え? これもしかしてぇ、桃瀬ちゃんのやつぅー!?」


 話しかけてきた彼が意味のわからないところで盛り上がる。

 そうなん? と隣の友達が聞いてきて、それにも対応できなかった。


 こんな風に気づかれるのは嫌だ。

 大好きなアニメがこんな男子にへらへら触られるのも我慢できない。


 失敗した。大好きだから、元気が出るから、持ってきていただけなのに。違うと一つ言えばいいのに。動揺してそんな簡単なことすらできなかった。こんな風になるなら、プリクルなんて持ってくるべきじゃ。


「――おい、うるせえぞ」


 涙が出そうになった瞬間、ひどく冷静な声が教室に響いた。

 みんな一斉に音の出どころを見た。


 水村くんが、眉をひそめて立ち上がっていた。

 騒いでいた男子が声を低くする。


「……は? お前誰だよ。てかもしかしてこれ、お前のやつなん?」

「そうだよ。返せ」


(……えっ)


 男子がつまむように見せびらかすキーホルダーに、水村くんは躊躇いなく頷いた。


 そんなはずはない。だってあれは、わたしの。


「お前、高校生にもなってこんなアニメ見てんの?」

「誰がどのアニメ見ててもいいだろうが。女児向けアニメ舐めてたら大人の男の子にぶっ飛ばされるぞ」

「……誰か庇ってんじゃねえだろうな。オタクがよ」


 水村くんの正論に、男子は攻める方向を変えたようだった。

 あてずっぽうかもしれないけど、言ってることは正解だ。

 プリクルのキーホルダーなんて、持ってないはずだから。


「オタク? 上等だな――」


 でも、水村くんは真顔のままいきなり呟いた。


「私はあなたのような人が世界で一番きらいよ」

「は?」

「今のは第3話『謎の転校生!?』で月影ルナが言ったセリフだ。ルナとの出会いは主人公に対して辛辣な台詞から始まる」


 周りはみんなぽかんとしていた。

 いきなりこいつは何を言うのだろう、という顔だ。


 わたしも驚いていた。けど、理由は違う。

 あってる。一言一句、間違ってない。

 その台詞は、本当に作品の中にあるものだ。


「お前……」

「でもそこから主人公に絆されて変わってくんだ。『あなたって何を考えてるのかわからないわ』って疑問を持ったり、『大馬鹿者ね。あなたって』とか少し心を開いたり、『あなた程度なら守ってあげる』とかデレ始めたり」


 驚いたことに、彼が言っているのは全てプリクルの中に出てきた台詞だった。

 呆気に取られてる男子に首を傾げる。


「いくらでも喋れるぞ。お望みならもっと出そうか? こっちは"オタク"だからな。お前の耳にプリクル名言集ASMRしてやったっていい」

「……ちっ。萎えるわ」

「キーホルダー返せ」


 男子が雑に放り投げたキーホルダーを受け取る。


 そしてハンカチにくるんでバッグに仕舞うと、何事もなかったかのように着席した。


 丁度チャイムが鳴って、休み時間が終わる。


 男子は隣のクラスに戻って、担当の先生が教室にやってくる。クラスメイトも慌てて自分の席に戻った。緊迫していた雰囲気は先生のゆっくりした声に紛れて、だんだんと薄まって消えていく。


(水村穂波くん……だよね)


 それから、彼を目で追う事が増えた。



 ◇



 その放課後に勇気を出して話しかけてから、わたしと水村穂波くん、改め――ほなみんは友達になった。


 内緒でこっそりプリクルの話をする秘密の友達。

 話している内に、だんだんと彼のことが気になっていく自分がわかった。

 ほなみんの優しい受け答えや、わたしの楽しいと思う物を楽しんでくれる感性が心地よかった。


 そしてほなみんをよく見ている内に、前からぼーっとしてる理由にも気づいた。


(――不登校の子の席、見てるんだ)


 気づいたのは席替えがあってからだ。

 ほなみんの変わる前と後の席で、視線の向く先が変わった。

 共通点は、窓側の前にある一つの空席。


 そこは――『東雲ミオ』という女の子の席だ。


(どうして、その子の席を見てるの?)


 東雲ミオという女の子は、入学してから一回も見ていない。


 担任の先生から健康上の理由だ、と軽く言われて、それきりクラスの皆の記憶からは放り投げられている。


(知り合いだったりするの?)


 健康上の理由ということだから、何か病気なのかもしれない。

 病気の知り合いが戻ってこれるように願っているとか。

 それとも他の理由があるとか。

 まだ聞けていない。


 ふと……その遠い目をした横顔を写真に納める。


(わたしは、きみを見てるのに)


 きみはどうしてそこにいない女の子を見つめているんだろう。



 ◇



 小さなもやを抱えながらも、二人で過ごす時間は楽しかった。

 それが終わったのはわたしのせい。


「み、見た?」

「……み、見てない……部分もある」

「絶対見てるじゃん!」


 噂を真に受けて写真をロック画面に設定していたら、それをほなみんに見られてしまった。


 でも、それはもう、仕方ない。

 過ぎたことより、先のことを考えるしかない。



「その……好きです。……わたしと、付き合ってくれませんか……?」



 返事はその場では聞けなくて、逃げ出してしまった。


(い、言っちゃった……!)


 覚悟も何もできない内に告白した。けどそこまで後悔はしてない。どうせいつか言うことだったのだ。言わずに終わるよりはまだいいかなと思う。


 後はほなみんの返事を待つのみだった。

 いい返事でも悪い返事でも、ほなみんに告げてもらえたら受け入れられる気がした。


 そんな風に悩みながら過ごした翌日。


 突然――ほなみんから抱きしめられた。


(ええええっ!?)


 青天の霹靂だった。本当に晴れているところに雷が落ちるくらいの衝撃だった。


(な、なんでハグ!?)


 訳がわからなかった。

 頭の中が爆発しそうになって、どうしていいかわからなくなって、それでほなみんに何かを叫んで逃げたような気がする。


 けれど――それで何か吹っ切れた。



 きみがそういうことをするのなら、わたしだってしてもいいよね?



 おかしなことをしてるなら、こっちも少しくらいおかしなことをしたっていい。


 告白したけど、それでアプローチが終わるわけじゃないし。


 好きだって伝えた以上、わたしってけっこう無敵だ。



「じゃあデートしたい」



 保健室でそう言った時のほなみんは目を丸くして、戸惑ってる風だった。


 でも考えて、頷いてくれた。……それ、脈ある? どうかな?


 尋ねたいけどまだ悩んでるみたいだから我慢。


 小指を結ぶ。

 

(約束だよ)


 きみがもし誰か別の人を見てたとしても、わたしの方を向かせてやるのだ。



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