龍宮院家の勇者と魔王

鳳ひよこ

第1話

 短く切られた金髪と軍服姿による佇まいはまるで演劇の王子様。”男装の麗人”と名高き女勇者、ユーリア・シュベルトブルク。

 彼女は生まれ持った剣術の才を光り輝く聖剣に応用し、魔王が生み出した怪異達を次々と斬り倒す剣豪。王族の生まれでその礼儀正しさと心優しさで数多の女性に恋心を向けられる”王子様”である。


 短めの銀髪と生地の薄く悩ましいボディラインを隠し切れない修道服で背徳的なシルエットを見せつける女賢者、ネージュ・モンブラン。

 学術に秀でた頭脳で魔術を習得し、ユーリアの右腕として攻撃から回復までこなす縁の下の力持ちとして立ち回る魔法使い。腕力こそユーリアには及ばないが、芯の強さでユーリアを支える”女房役”である。


 この勇者コンビは魔王軍の厳しい警備の目をかいくぐり、魔王城の奥深くの”玉座の間”を目指し潜入していた。

 ネージュの不可視化魔法によって姿は見えないとしても、足音を立てぬよう静粛に歩を進めてゆく。


 玉座に鎮座する、紅蓮の炎の如き長髪とルビーの如く煌めく瞳と共に絶世の美女と呼ぶに相応しいプロポーションを備えた魔王、カーミラ・グレモリー。

 元は魔族における弱小貴族に相当する生まれであったカーミラは突然変異的に生まれ持った強大な魔力で魔族達の頂点へのし上がった実力者。人間達から見れば”女王”の如き振る舞いで魔族達を統率している。


 魔王カーミラは「独りにしてくれ」と配下達を出払わせた隙にカーミラを暗殺すべくユーリアとネージュはその懐まで飛び込むことに成功した。

 そしてネージュの拘束魔法で動きを封じ、ユーリアの聖剣で一刀両断して終わるはずであったが……。


「何だと……! 魔王の力は僕達の想像を遥かに凌駕している……!!」


 ユーリアの光り輝く聖剣がカーミラの身を斬り裂く寸前――カーミラは真剣白刃取りを披露してみせた。周囲の空気が灼けるような感覚と共にそばにあった玉座も砕け散る衝撃が走り、カーミラの圧倒的な力量が見せつけられる。

 更に畳みかける魔力の衝撃が放たれ、ユーリアをネージュもろとも玉座の間の壁際まで吹き飛ばしてみせた。

 禍々しい角さえなければ人間の女など足元にも及ばぬであろう美貌を持つカーミラであるが、魔王を名乗るだけあってその力は凄まじいものであった。


「くくく……魔王を謀らんとする度胸は褒めてやらんでもないがな。しかし……」


 ユーリアもネージュも慎重を期してカーミラが独りになった隙を襲おうと企んだものの、それが功を奏すことなくあっけなくふたりは返り討ちに遭ってしまうのであった。

 ユーリアとネージュが倒れ伏した隙を見逃すはずはなく、カーミラは手刀に魔力を込めて刀剣状に形成し、その凶刃をユーリアへと今正に向けようとしていた。


「無に帰るがよい! 魔王に刃向かった報いをその身に叩き込んでくれる!」

「――危ない!」


 ネージュ共々倒れ伏して無防備なユーリアにカーミラの魔力の剣が振り下ろされようとする刹那……。

 ネージュが「みだりに使うでないぞ」と師に念押しされていた転移魔法をユーリアを守りたいが一心で魔力を込めて放った途端、空間が歪んで大きな黒い穴が開く。

 ユーリアとネージュはそこへ吸い込まれてゆくが、不運なことにすぐそばにいたカーミラまで巻き込む形となってしまう。


「小癪な真似を! 魔王から逃がれられると思うてか!?」


 飲み込まれて不意を衝かれたように驚きながらもカーミラが執念深く迫り、異空間の中でユーリアとネージュを始末しようと魔力を解放しようとする。

 カーミラを振り切るべくネージュはカーミラを振り払おうとして光弾の魔法を放つも、カーミラの魔力の盾で防がれてしまう。

 一方のユーリアはカーミラがここでユーリアとネージュを始末するつもりであると察し、ネージュの光弾に重なるようにカーミラへと飛び掛かっていく。


 だが、カーミラが全力で解放した禍々しい魔力とネージュの光弾の魔法の衝撃に耐えきれず空間が再び歪み、その歪みへユーリアとカーミラは落下していくように凄まじい速度で吸い込まれる。

 崖から落ちるよりも急激な加速度がかかる感覚にユーリアもカーミラも意識を失っていき、それに伴って力が抜けていく感覚にも見舞われた。


「しまった……! ユーリア……!?」


 ユーリアとカーミラが吸い込まれた空間の歪みの先を見ると、王都や魔王城とも違った高い塔が立ち並び、その下を馬車とも異なる細長い金属の箱が走っている光景が見えた。


「何だ……!? 王都でもないところが……!?」

「あの塔の群れは一体……!? 魔王城より高いのじゃ……!!」


 一瞬目を覚ましたかのようにユーリアとカーミラが”異様な光景”を評した刹那。裾の長いワンピースとエプロンを着けた女性達が”王女様”のような女の子に仕える姿がユーリアとカーミラの脳裏をよぎる。

 ネージュも含めた三人は僅かに見えた”元の世界とは異なる場所”の景色が瞼に焼き付けられた刹那にネージュが瞳を閉じると、ネージュの体が柔らかく叩き付けられる感触に見舞われた。

 急な柔らかな感触に眼を開いたネージュが予め魔法で記憶していた拠点に戻るとそこにユーリアの姿はなく、ネージュ唯一人が失意の中でどこかもわからぬベッドの上で力尽きたように眠りに就いた。


「ユー……リア……」


 ユーリア独りを吶喊させることになってしまったと、自分の咄嗟の攻撃がユーリアと離別することになる失態を招いた。

 その失意に打ちひしがれ、ネージュの寝息はどこか嗚咽が混じったように苦しげであった。





 魔王城から脱出した翌朝、ネージュが力なく目覚めるとそこは最後に立ち寄った宿屋であった。ネージュはここを帰還地点と定めていたようであった。


「ここは……後で女将さんに謝っておかなきゃ……」


 無念を押し殺しながら身支度を整え、宿屋の主”女将さん”に無断で宿泊してしまったことを謝罪しながら一泊分の宿代を支払って宿屋を出る。

 宿屋の外へ出ると逢魔ヶ時で薄暗かった魔王城とは異なり、涼やかな朝風と晴れやかな陽気に包まれていた。


『勇者様は一緒じゃなかったのかい? それに顔色が悪いよ』


 ネージュの去り際に女将さんが心配して声を掛けるが、力なく踵を返すネージュの耳には届いていない。

 街に照り付ける陽気が鬱陶しく思え、街中の活気も騒音のようで今すぐここから離れたかったが、その元気も出ない様子であった。


「どうして私だけ……?」


 そう思いながら重い足取りで長い帰路に就く。馬車の硬い席で流れる景色を眺めるネージュの瞳はどこか虚ろで、心は魔王城に置き去りにされたかのようであった。

 馬車を乗り継ぐネージュの足も病人の如く覚束ず、どこか鉛のように重たかった。最後の乗り継ぎ馬車に乗って同じように流れる景色を眺めているうちに馬車が停車した。


『着いたぜ、お嬢ちゃん。その、何だ。元気出せよ』


 ネージュの力なさを案じた馬車の主の声と共に馬車を降り、懐かしき故郷へと舞い戻ったネージュ。久々の故郷を懐かしむ間もなく、駆け出していく。

 勇者を伴っていないネージュを案じた長老の声にも耳を貸さず、いの一番に村のはずれにある自らの”自宅”である工房のドアを開けて本棚へと向かう。


「待っててユーリア……絶対に探し出すから……」


 馬車の景色を眺めていくうちに憂いが晴れたネージュがそう決意すると、ネージュは工房に収められた大量の蔵書を漁り始める。


「お師匠が遺してくれた大量の魔法書、この中にきっと手がかりがあるに違いない」


 魔力が全快するのはまだ少し時間が要る、その間でも出来ることは全てやる。その思いが彼女を突き動かす。

 こうして空間の歪みの先で苦闘することになるユーリアとカーミラを捜索する方法の模索に奮戦する日々が始まるのであった。


「お師匠が昔話してくれた”異世界”がもし本当なら、私もそこへ行けるかもしれない。絶対に迎えに行くから」


 ネージュの瞳はユーリアを失った失意から来る虚ろさはなく、ユーリアを助け出すという強い決意が感じ取れた。

 それをよそに、ユーリアとカーミラのふたりの苦闘が幕を開けたことをネージュは知る由もない。

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