第2話
その一方、空間の歪みに引き込まれてしまったユーリアとカーミラの状況はというと……。
「ううっ……ここは一体……?」
ユーリアの意識が戻り周囲を見渡すと見たこともない場所に倒れていた。
運が悪いことにネージュの魔法に巻き込まれてもなおもとどめを刺そうと襲い掛かって来たカーミラも一緒である。
しかし今のカーミラには少し前まであった禍々しい角は無く、赤い髪と瞳を持った妖艶なプロポーションを備えた人間の美女の姿をしている。
「今や勇者独りか。ならば……死ね!」
カーミラが魔力で槍を放とうとするが何も起こらず、カーミラは脱力感すら感じている。
カーミラの体が鉛のように重く、力が流れ出ていくかのような気怠さがカーミラを襲う。
「何じゃ……? 力が……うぬ? 貴様、勇者か?」
人間の姿になったカーミラが自らの状況を察し、そばにいたユーリアに改めて問いかけると「そうだ」と返ってくる。
ユーリアは人間であるため、軍服を着た男装の麗人といった雰囲気や外見に変化は無い。しかし……。
「剣よ来い! えっ、力が……聖剣が出て来ない!?」
カーミラが力を失っていると見るや千載一遇の好機とばかりに、魔王城での戦いで手負いながらもユーリアは聖剣を召喚しようとするが何も起こらない。
本来ならば呼べば出てくる聖剣が体に封印されたまま、光を失っていた。聖剣から感じられるはずの聖なる魔力も感じられない。
「聖剣が出ないということは、僕は勇者の資格を失ったのか……?」
聖剣が現れないという、勇者としての沽券にかかわる状況に狼狽している様子のユーリア。彼女が聖剣の勇者からただの女に見えた。
一方のカーミラも体を動かすにも気怠く、単純に殴り掛かることも難しい様子であった。そこでカーミラはユーリアに残酷な現実と共に提案を持ちかけた。
「どうやら妾も貴様も今は無力のようじゃ。あの転移魔法が不安定になった結果”魔王城のあった場所”とは違う場所へ流れ着いたと考えてよいやもしれぬ。勇者よ、貴様が差し支えなければここは一旦休戦協定を結ばぬか?」
勇者としては魔王と手を取り合うことになるなどプライドが許さない所だが、かといってカーミラを倒すことも出来ないユーリアはひとまずそれを抑えた。
「そうだね、ここで争っても何も進まない。だったら元の世界に帰るための方法を一緒に探した方が賢明だと思う。その提案に乗るよ」
「では決まりじゃな。貴様のことはユーリアと呼ばせてもらうので妾のこともカーミラと呼ぶがよいぞ」
ユーリアがそうして応じて休戦協定を結び、不本意ながらもユーリアとカーミラは協力関係になった。
両者とも力を失っていることと、ここが魔王城のあった場所ではないという現状が把握出来た以上、ここに留まっていても仕方がない。
人々の賑やかな喧騒が聞こえる方向へユーリアとカーミラは歩を進めるのであった。
「妾の見立てじゃが、ここが誠に”魔王城と異なる場所”であるのならば我らの土地の常識が通じぬ可能性が高い。妾達にも”この世ならざる地の伝承”があったのじゃ」
カーミラが転移された世界、現代地球について淡々と言葉を紡いでいく。”この世ならざる地”、空は黒く染まっていたにもかかわらず街中は明るかった。
それにしても歩く度に人目を引いてしまう。街を歩く人間達の服装は自分達と全く異質なものであったからである。街中で輝く、篝火とも違う街灯りがユーリアとカーミラを照らす様も違和感があった。
ユーリアとカーミラが踏みしめる地面も城下町や魔王城の石畳とは異なり、自分達の知る石とは感触が異なるが確かに石と錯覚させられる異質さを感じさせる。
ところどころに鉄の蓋がしてあるのも見えてか、繋ぎ目なく続くそれらはまるでこの地に結界を張るかの如き魔法陣のようにも感じられた。
馬車でも出せないような速さで走る”荷車”もユーリアとカーミラからすれば”おかしな煙を吐き、前へと延びる篝火を灯した荷車”というよく解らないものであった。
けたたましく急かすような破裂音を響かせるものから、馬車よりもはるかに大きな荷車を背負ったようなものまで。大きさも形状も一様ではなかった。
「お前が言うように本当にここは”この世ならざる地”なのかもね。みんな僕らが見たことのない服を着ている」
「魔族でも見たことのない奇抜な出で立ちから、紋章を掲げておらぬ軍服のようなものまで、妾も見たことがないものばかりじゃ」
王都の城下町でも見たことのないような個性豊かなものから、格式すら感じさせるスーツ姿まで、通り過ぎていく者達はみなユーリアもカーミラも知らない服を着ていた。
周囲の視線で痛みすら感じると人目が刺さるような思いをユーリアが語りながら歩いていると突然、叫び声が聞こえてきた。
不自然な持ち方で綺麗な鞄を抱えて逃げるように走る男がこちら向きに迫って来る。
確信があるわけではなかったが、きっと”盗賊”であると判断したユーリアはすれ違いざまにその足を引っかけて転倒させた。
「ほぉ、これはまた珍妙な鞄じゃの。何かしらの生物の皮で出来ておる」
カーミラが物珍しいと感じた鞄を拾い上げると周囲が「ひったくりが出た」と騒ぎ立てている。
ユーリアが倒れたひったくりを抑え込んでいると警察官と呼ばれる二人組がユーリアとカーミラへと近寄っていく。
その様子を見た街の人々が薄い板を取り出して光を放っている様にユーリアもカーミラもまだ気付いていない。
『なっ! コスプレ野郎……! ぐうぅ……』
「”コスプレ野郎”? 何を言っているんだい?」
転んだ痛みに呻くひったくりをユーリアが抑え込んでいる間に、鞄の持ち主であろう白い服を身に纏った少女がユーリア達の元へ駆け寄る。
ひったくりがなおも抵抗してくるので、ユーリアは反射的にひったくりの頭を掴んで地面に叩きつけようとする。が――
「やめよ。斯様な下賤な賊の血で己が手を穢すでない。ここが如何な場所かもわからぬうちから無闇な真似はよせ」
珍妙な鞄を片手に持ったカーミラがユーリアの肩を掴んで制止に入る。ひったくりに抵抗されて頭に血が上っていたユーリアが我に返ると周囲の人だかりが光を浴びせて来る。
ユーリアとカーミラの姿が物珍しいのであろうか、みな小さな音を立てて”薄い板”を親指で叩いている。
「彼らは何をしているんだろう……?」
「愚か者め。貴様が悪目立ちしおったから面白がった民草が寄ってきておるのじゃ」
『ハロウィンでもないのに外人がコスプレしてる』
良かれと思ったユーリアの行動が仇となってユーリアとカーミラは余計に注目を浴びてしまうこととなった。
ユーリアとカーミラを嘲笑うような声が聞こえたような気がしたが、人々の騒ぎでユーリアもカーミラも動揺して気付かない。
そうしている間にユーリアのそばまで寄った警察官がユーリアからひったくりを取り上げてパトカーに押し込む。
『御協力有難うございました。ところでその恰好は……?』
謝意を示しつつもユーリアとカーミラの服装を訝しむ警察官達。それはそうだ、ユーリアは軍服を身に纏い、カーミラは女王の如きドレス姿をしている。
それぞれ街を歩くには不自然な出で立ちであったからだ。騎士団とはまた異質な秩序だった警察官達の出で立ちにユーリアもカーミラも気圧されている。
不審な服装と狼狽するユーリアとカーミラに訝しむ瞳を向けている警察官に白い服の少女が駆け寄って告げる。
「演劇の練習から抜け出した子達です。捜していたらこんなことに」
そんな中に近寄って来た白い服の少女が咄嗟に誤魔化してくれ、もうひとりの警察官もパトカーに乗り込む。
何故かは解らなかったがユーリア達は事なきを得たと思いつつ、パトカーが走り出すのを見送って行った。
カーミラが珍妙な鞄を白い服の少女に返すと、少女がユーリアとカーミラに声を掛けて来る。
「改めて有難うございます。御礼もしたいので、ひとまず
白い服の少女がユーリアとカーミラに願い出る。如何にも優雅な雰囲気が漂う少女の佇まいと、ユーリアとカーミラが只者ではないことを見抜いていたかのような好奇心に満ちた瞳をしている。
無力なユーリアとカーミラにはその言葉が救いの手のように思えた。ユーリアとカーミラは顔を見合わせて無言で頷いて同意を取る。
白い服の少女に誘われるままに、その場の喧騒から逃げるように付いて行ったユーリアとカーミラ。物珍しく街中を見回しながら白い服の少女に付いて行くユーリアとカーミラを気にかけたように話を切り出す。
「ところでおふたりは、今夜はどちらへお泊まりになられますの?」
現代的ではないユーリアとカーミラの服装を見た少女は、それらを演劇の衣装ではないと踏んで問いただし始める。
「僕達はその……」
「参ったの……」
言い淀むユーリアとカーミラ。そういえばここが何処かもわからず、街中で寝ようにも人々が歩き回っていて危険極まりない。
それに、自分の身元を明かす術もなく、持っている金貨や宝石もここで使えるかもわからない。
自分のことを明かすのは恐ろしかったが、それ以上にこの地の異質さが恐ろしかった。
「”免許証”や”パスポート”はお持ち? それと”クレジットカード”も」
矢継ぎ早に白い服の少女の質問が飛ぶ。聞いたこともない言葉にユーリアもカーミラも「そんなもの知らない」といった具合で頭を抱えている。
「どうやら何もお持ちでないと存じましたわ。おふたりにはもっと詳しいお話をお伺いする必要があるようですわね。さあ、お乗りなさいませ」
白い服の少女に連れられるままに黒塗りの高級車の扉が開いて、恐怖を抱いたままその中に連れ込まれる。
乗り込むと今まで乗って来た馬車とは異なる内部の異質さを感じ取る。
「この荷車、馬車よりもずっと乗り心地がいいや。揺れも少ないし、席も柔らかい」
「中の空気も心地よい温度で落ち着く。この荷車の仕組みはどうなっておるのじゃ?」
乗り心地がよく馬車よりも速い”荷車”に乗せられたユーリアとカーミラは、中の快適さに感嘆とする。
と、そこに白い服の少女が問いかける。早速”尋問”が始まるようだ。
「お二方のお手持ちの資産を拝見させていただけて?」
そういえばここでの通貨はどうなっているのだろうか。ユーリアもカーミラもそれが不明なままだった。
ユーリアは宿代にと取っておいた数枚の金貨と銀貨を、カーミラは指輪と懐にしまっておいた宝石を見せる。
「これは……貴女達、質屋で扱うような品ですわよ? これでは無一文と変わりませんわね」
白い服の少女が呆れたように頭を抱える。そして更に問いかける。
「そして、貴女達のお名前は? それと”国籍”は?」
「僕はユーリア・シュベルトブルクと申します。勇者です。国籍ってやつはシュベルトブルク王家、でいいのかな?」
「妾はカーミラ・グレモリー。魔王を名乗らせてもらっておる。国籍とは何ぞや?」
白い服の少女からすると信じ難い事だった。ふたりはまるでアニメキャラが実体化したかのように不自然な格好で真面目に話をしている。
ユーリアとカーミラの”本当に何も知らない”素性が解ったところで、白い服の少女が重たく口を開く。
「改めましてお初にお目にかかります。私は
「ニッポン? 聞いたことのない国だなぁ」
「妾も聞いたことがない土地なのじゃ」
いたたまれない空気の中で互いに自己紹介を終える。麗華は彼女らの自己紹介が「設定なのでは?」とまだどこかで訝しみながらも、興味深そうに周囲を見渡す様子からその異質さにも合点が行った。
そして麗華が懐からスマートフォンを取り出すと画面を操作して何かをしている。
「麗華さん、その薄い板って? 街の人達が僕らにそれを向けていたんです」
「ああ、これは遠くの方々と連絡が取れたり情報を知ることができる道具でしてよ」
「情報ということは、もしやそれで妾達の姿を写し取っておったのやもしれぬぞ」
「あら、カーミラさん。なかなか目端が利きますのね。あれで写真も撮れましてよ」
(まずいですわね。これは何か手を打つ必要がございましてよ。このお二方をどう扱えばよいのやら。まさか本当に”異世界人”だとしたら……)
スマートフォンで「コスプレイヤー街中に現る」とSNSが賑わうのを見て、涼しい顔の裏で疑念が深まっていく麗華。
それをよそにユーリアとカーミラは車の乗り心地に揺られながら街中の景色が続々と切り替わっていくのを眺めることしか出来なかった。
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