第2話
「ねぇ、あの子って」
「そうよ。あの、関口先生を殺した子供」
「それに、まだ7歳の子も殺したって」
「ここも物騒になったわよね」
「あんなに大きくなって。よくのうのうと生きてられるわよね。坂本さん家の奥さん、陽奈ちゃんが殺されちゃったことで今も精神科に言ってるみたいよ」
近所の奥さん達が、道端で奏多のことを指差しながら話題にしている。
最近、奏多は外を歩くだけ後ろ指さされるようになった。
でも、僕が出かける理由は、ここにある。
そこは、築10年で、一部屋一部屋が少し大きいマンションだった。
ピンポーン
インターホンを押してあの人を呼ぶ。
「はいはーい。あ!奏多くん。おいで〜鍵は開いてるよ」
「はいッ!」
そう。ここは
美波さんは母さんが人殺しをした後で知り合った。
***
「貴方のせいでッ!貴方が止めなかったせいでッ!なんで、わたしの……わたしの子がッ!」
彼女は、近所のお母さんに僕に飛び掛かるのを抑えられていた。
「………ッ」
「何も、言えないでしょうッ?」
パアンッ!
「坂本さん!」
「ちょっと落ち着いて!」
「一旦離れましょう」
僕には、くっきりと頬に手のひらの跡が赤くついた。咄嗟に、頬を両手で押さえたが、赤く腫れていた。
「許さないからッ……」
(あぁ、僕は一生嫌われる運命なんだろうな。………?誰かこっちに向かって来ている。野次馬だろうか)
「すんまへん、ちょっとよろしおすか?」
その人は、いきなり京都弁で現れた。
「な、何よ貴方」
「いやぁ、ちっちゃい子いじめるんもどないかと思おけど、人殺しはんは、お母はんがしはったんやし、その子には関係おへんのちゃいますか?」
綺麗だと思った。美しいと思った。かっこいいと思った。自分が思ったことをしっかり言える。こんな僕でも、母さんを止められなかった僕でも庇ってくれる。物怖じせずに言える。
「だ、だとしても、坂本さんは赤ちゃんを失ったのよ?そこはどうするの?」
「頭悪いわ。せやから、そないなことお母はんがやってる言うたやろ。あん時、この子何歳やったん?責任取れる歳やったんかいな?」
彼女は、近所のお母さんに向かって軽く嘲笑いながら、軽く睨みながら言っていた。それでも、彼女は美しいと思った。すると、彼女はこっちを向いた。
「そこの少年。あの時、きみは何歳やった?」
「え?あ、ああえっと、6歳か、5歳だった…です。朝、起きたらもう母さんがいなかった…です」
「ほら、まだちっちゃいし、昼間に起きたことでもなかったから、どこか行くん止められへんかったやろ」
「……ッ」
「ほら、図星やろ?言い返せへんのやろ?そうそう、それにな、そこの少年の頬っぺたひっぱたいたわけやから、訴えることもできますえ?坂本さん?それに、あんさん方も止めることできへんかったんやさかい、同罪どすやろ?」
「う、うるさいんだから!今日は、失礼するわッ。ほら、坂本さん行きましょう」
近所のお母さんは、そそくさと坂本さんを連れて帰って行った。
「なんか、悪役っぽぉい言い方やなぁ。それに捨て台詞なんか、ダサいな」
「ふふっ」
僕が、笑っていた。すると、
「なんや、笑えるやないか。人生笑ぉといた方が得やで。」
彼女は、さっきのキツイ表情とは違い優しくにっこり笑った。
「はい!あ、あのお名前聞いてもいいですか?」
「いいだろう!わたしは、喜多方美波。ぼうや、きみは?」
「僕は、春口、奏多!」
「ほな、奏多くん、ちょっとついておいで」
小学校で知らない人にはついていくなって口すっぱく言われていたもののこの時はそんなことを全て忘れていた。
「ここがうちやで。あんまり綺麗やあらへんけど、くつろいでねぇ」
「うわぁ⤵︎」
奏多は、無意識に息が漏らしていた。部屋の内装は綺麗だった。シャンデリアやでっかいTVのある一人暮らしの都内にしてはデカすぎる2LDKのマンションだった。内装は綺麗なのに、……床がとてつもなく汚い。
書類の束が落ちていたり、万年筆のインクだろうか、なんかの黒いインクがシミになっていたり、机の上もごっちゃごちゃだが、とてもお値段もランクも高いPCもある。
そして、部屋の隅には絶対一人暮らしの家に、いや一般家庭にも置いていなさそうなコーヒーマシンに大量のコーヒー豆。そして、部屋中に満ちている鼻腔をくすぐるコーヒーの匂い。
すると、美波はコーヒーマシンを片腕で抱え込み言った。
「なぁ、奏多、これ見てみいひん? このコーヒー、むっちゃええ匂いするやろ? この豆とか、この機械とか、集めんの、えらい大変やったんやで! なぁ、どうや? 奏多も、ちょっと飲んでみいひん?」
「奏多くん、どう?ほら、このコーヒーの香り、めっちゃええ匂いするやろ?うっとりするくらいやろ?
これねぇ、このコーヒー豆も、機械も、集めるんめっちゃ大変やってん。あっちこっち探し回って、やっと揃えてん。だから、こんなにコーヒーのええ香りがするんやで。さ、どう?一杯飲んでみぃひん?特別にお姉さんが淹れたげるさかいに。どう、飲んでみたいやろ?な?」
奏多はちょっと強引な感じはしたが、匂いの誘惑に抗えきれずに首を縦に振った。
「美味しい」
「そうやろう?」
そうしたら何故か僕は涙が溢れてきた。すると美波さん
「だいじょぶ、大丈夫。泣いてもええで。ぎょうさん泣いてもええで」
「ぼくっ、お母さんを、止められなくって。それで…僕が、わるいっ…てみんな言って。……みんな、僕のこと…避けて。ひとりぼっち…になって。悲しかった。…嫌だった」
「そうやなみんな言うてるさかいそう思うしかのうなってまうわな。うん、大丈夫そんなん気にせんでええさかい、平気やさかい。偉かったね、よう耐えられたね、ほんまは大人守らなあかんかったのに。ごめんね。子供は無条件で愛されてええで。こんなん言われ続けんでええで」
「うわぁああああ」
僕は、認めて欲しかった。僕が生きてても良いってことを。僕のせいじゃないってことを。愛されて良いってことを。
僕は、褒めて欲しかった。耐え抜いたことを。我慢していたことを。
美波さんは僕が欲しいものを全部くれた。嬉しかった。僕はそれが
***
これが美波さんと僕の出会いだった。
今では美波さんが僕の平常心を保つための羅針盤だ。
だから、今回のことは絶対に許せなかった。
あの日、僕はいつものように美波さんに会いに行こうとしていた。すると、家へと向かう途中に何か人溜りがあった。僕は嫌な予感がした。
走って近づくと人溜りの中心には美波さんが地面に尻餅を付いていた。そして、頬にはくっきりと手形が赤く残っていた。
「美波さん!」
僕は必死に人をかき分け人溜まりの真ん中に立った。美波さんを庇うように。美波さんは一瞬目を見開いたがすぐにいつものようにヘラッと笑った。
「あらら、見つかってもうたか…奏多には知られとうなかってんけどな」
僕は手を思いっきり握りしめた。僕は、こんなに弱かったんだ。改めて痛感した。
僕が、傷付く分にはいくらでもいい。でも、僕のせいで美波さんが傷付くことに僕は怒りを鎮めることができなかった。
「うわぁあああああああ!」
僕は、周りのことなど気にせず美波さんの周りにいる人たちに殴りかかろうとした。
「奏多くんッ!」
「へ?」
僕は、美波さんに抑えられてしまった。
「あかんで、奏多くん。ここで手ぇ出すたら、前科もんになってまうで。な?ウチは大丈夫やから。気ぃせんとってええし。落ち着きよし。いっぺん帰ろ」
こんな時でも優しい。僕のせいだと言うのに責めない。
僕は優しすぎる美波さんに対して申し訳なさすぎて今日は帰ることにした。
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