魔女見習いと悪魔の1ヶ月

秋犬

1日目 黒猫『きょうからおともだちだね!』

 気が付くと、ヴァニアは柔らかい天蓋付きのベッドに寝かされていた。こんな上等な寝床で寝たことのないヴァニアは跳ね起き、辺りを見渡す。豪華な調度品が置かれた部屋には薄明かりが灯されていて、まるで御伽話の世界のようであった。


「お目覚めですか、契約者様ドミナ


 ヴァニアの目の前には、燭台を持った貴族のような素敵な男の人がいた。黒い髪に赤い瞳が輝く、まるで悪魔のように美しい青年だった。


「あの、私、ヴァニアです」

「いいえ、貴女が私を呼び出し、契約を交わしたのです。だから契約者様ドミナで間違えるはずがありません」


 ヴァニアは考えた。気が付く前のことをあまり覚えてなかったが、そう言えば何かを悪魔に祈ったような気もする。


「あの、私、何をお願いしたのかよく覚えていないんですけど……」

「貴女の願いは至って簡単です。『もっと遊びたかった』ということで、これから一か月間、私と遊んで遊んで遊びまくります」

「遊んで遊んで遊びまくる……」


 ヴァニアは呟いた。ヴァニアは、どこかから買われてきた奴隷だった。幼い頃から叩かれて朝から晩までこき使われ、痛い思いもたくさんしてきた。もちろん、今まで遊んだ記憶など一切なかった。


「いいわね、私、遊ぶわ」

「さすが飲み込みが早いですね、契約者様ドミナ


 それからヴァニアは、小首を傾げて悪魔を見上げた。


「ねえ、そのドミナっていうの止めない? 私にはヴァニアって名前があるんだけど……」

「それではヴァニアいらない子様とお呼びすればよろしいでしょうか?」


 それもヴァニアは嫌だった。そもそも、ヴァニアという自分の呼び名が好きではない。


「……じゃあ、私のことはニアって呼んで。堅苦しいのは嫌だから、様付けもナシね。これから遊ぶんだから、もっと打ち解けないと」


 そこでようやく、ニアはベッドから降りた。いつの間にかみすぼらしい服ではなく、絹の美しい寝間着を着させられていた。それまで薄暗かった部屋は急にさっと明るくなり、窓から急に日の光が射しこんできた。


「そうそう、貴方のことは何て呼べばいいかしら? 悪魔さん、ではおかしいでしょう?」

「私ですか? それなら、ニアが呼びやすいようにゼルとお呼びください」

「わかったわ、ゼル」


 ゼルはベッドから降りたニアを鏡台の前に連れていき、その長い金髪に丁寧に櫛を入れ、髪を結い始めた。


「ここは、ニアのために作ったニアが遊ぶための部屋です。たくさんの玩具やお菓子、服に宝石、何でも取り揃えてあります」

「それじゃあ、私、猫が欲しいわ。お友達が欲しいの」

「猫ですか、いいですね」


 すると、すぐにゼルは虚空から黒猫を取り出した。黒猫はニアの膝で丸くなり、にゃあと一声鳴いた。宝石のように光る黄色い目がとても印象的だった。


「まあ、なんて可愛い子」

「よろしければ、ニアが名前をつけてやってください」

「そうね……あなたはノクス。真っ黒だから、ノクスよ」


 その日、ニアはゼルに素敵な洋服を着せてもらって、ノクスとたくさん遊んだ。それからたくさんお菓子を食べて、部屋が暗くなってからまた絹の寝間着を着て柔らかいベッドで眠った。とても気持ちのいい日であった。


『1日目:終了』







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