第7話
予定どおりに事は進み、ついに今日、ハルはゼインと正式に結婚して王太子妃となる。
ハルは婚礼のための服を身につけている。艶やかな白色の生地に、金色の絢爛な刺繍が丁寧に施されている、普段は着ることのない豪華な服だ。
男オメガは式の際、頭にヴェールを着けることになる。そのため、ハルはゴールドの土台にダイヤモンドをあしらった華奢な輪っか状の冠を被っている。華奢とはいえ、ゴールドもダイヤモンドも重みがあるもののため、重厚感がある。
ハルは、ひとり馬車に揺られながらずっと考えていた。
オルフェウスとの婚約を破棄し、ゼインと婚約してからひと月。そのあいだにゼイン側から届いたのは、ゼインのサインが書かれた婚約証明書のみだ。婚約証明書は、実は法的な縛りのようなものは何もない。ただの覚書と同じ効力しかないものだ。
ハルはその証明書にゼインのサインと並べて自分のサインを書いた。そして一枚は手元に、もう一枚はゼインに送った。
そのことに対するゼインの反応は何もなかった。ハルが婚約証明書とともに、ゼインに宛てて手紙を書いたのにも関わらずだ。
きっと、ゼインとしては気が乗らない結婚なのだろう。
「ゼインさまは他に好きな人がいらっしゃるのかな」
ハルは独り言で不安を吐露する。
もしゼインに好意を抱いている相手がいたらどうしよう。
アルファのゼインならば、たとえハルと番ったとしても他の人と関係を持つことができる。その点、オメガ側はできない。一度でも番ってしまったら、番以外のアルファと行為はできない。話によると、それはとても不快で苦しいものらしい。
政略結婚の王太子妃に本命の側室、なんてパターンはよくある話だ。
ゼインがもし側室を迎えたら、ハルはただのお飾り王太子妃になるのだろう。
そうなったときの王太子妃の惨めさったらない。
「頑張らないと……!」
ゼインに嫌われているのはわかっているが、ここからなんとかゼインに好かれるように努力をしなければ。
フラデリック家の地位安定のためにも、ゼインの子どもを産みたい。お飾り王太子妃なんかになりたくない。
「はぁ……」
ハルはいつものゼインの冷たい眼差しを思い出し、溜め息をつく。
前途多難だ。だいたい人に好きになってもらう方法なんてわからない。嫌いな人は嫌い、好きな人は好き、そもそも好かれる方法などないんじゃないだろうか。
「ハルヴァードさま、まもなく城に到着いたします!」
御者の声が聞こえて、ハルは身体を強張らせる。
正直な気持ち、ゼインに会うのが怖い。でも、頑張らないといけない。
婚約者がオルフェウスだったら、こんなことにはならなかったのに。
思ってはいけないことをつい考えてしまい、「ダメだダメだ」とハルは大きく首を横に振る。
オルフェウスのことは忘れる。これからはゼインにこの身を尽くす。そう何度も自分に言い聞かせる。
やがてハルを乗せた馬車は城に到着した。
ハルが婚礼を挙げるのは、先祖が祀られた教会だ。ハルが身内になることを先祖に伝えるための儀式を執り行う。式のあと婚礼パーティーがあり、夜はゼインとふたりきりになる。
それを全部乗り越えなければならない。
ハルが城内を歩くと、皆からの視線を感じる。綺麗、美しいという声が聞こえるのは、今日の日のために仕立てた婚礼のための煌びやかな服のおかげだろう。
ハルは心とは裏腹に笑顔をみせる。ハルが笑って応えると、皆、喜んで笑顔を返してくれた。その中には羨望の眼差しを向けている人もいる。
そうなのだ。ハルは上位アルファのゼイン王太子殿下と結婚して王太子妃になる、幸せオメガという立場だ。
文句を言うことは許されない。「身に余る光栄です」「今日は最良の日です」と言わなければ。
「ハル! よく来てくれた!」
ハルを見て駆け寄ってきたのはこの国の王でありゼインの父親、カーディンだ。カーディンは「教会まで一緒に行こう」とハルの横を歩いてくれる。
「この日をどれだけ待ち侘びたことか。我が息子、ゼインをよろしく頼む」
「はい。精一杯、務めさせていただきます」
「ああ。ついにハルが我が一族に仲間入りか! 今日は記念すべき日だな! 国民の祭日に制定しようか!」
カーディンはあながち冗談とも取れない勢いだ。ゼインとハルの結婚を心から喜んでくれているのが伝わってくる。
「ゼインは先に教会にいる。あいつ、ハルを迎えに出ろと言ったのに、『ひとりで祈りを捧げたい』などとガラにもないことを言うんだ。まったく気の利かない息子でハルに申し訳ないよ」
「いいえ、ゼインさまはとても優秀な御方です」
ハルは慌ててフォローをする。ゼインはハルの夫になる人だ。夫の悪口など義理の父に言うわけにはいかない。
「ハルはよく出来た嫁だ。ゼインは幸せ者だな、はっはっはっ」
上機嫌なカーディンの横で、ハルは「畏れ多いお言葉です」と畏まる。
カーディンと話しながらも気になるのはゼインのことだ。
婚礼の前にゼインはいったい何の祈りを捧げたのだろう。
本人に聞けたらいいが、ゼインとそんな仲ではない。口数の少ないゼインから話してくれることなんてもっとありえない。
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