第二話 ほら吹きホフキンスの子どもたち

 爆笑という言葉は、ひとりでは当てはまらない。

 その場にいる一同が皆ゲラゲラと笑って、初めて爆笑と言うらしい。

 しかるに目の前で起きたのは、爆笑だった。


 ドッと。

 ゲラゲラと、酔漢よっぱらいどもが笑う。

 顔を覆い、天を仰ぎ、少年ふたりを指差して。

 ああ、バカだと、マヌケがいると言いたげに。


「バケモノだってよぉ~!」

「こわいねぇ、ボクちゃんたち!」

「いるわけねぇんだよなぁ、町中によぉ、モンスターだって寄りつかねぇのに」

「冒険者と自警団が見回りしてるってガキにはわかんねぇんだよだれか教えてやれよ」

「無駄無駄。だってこいつらは」


 一部が、声を揃えてあざける。


「「「ほら吹きホフキンスの子ども達だからー!」」」


 嘲笑を浴びせられて、子ども達は震えていなさった。

 けれど強く拳を握り、ふたりは声を合わせて、もう一度叫ぶ。


「バケモノが出たぞ! ゾンビだぞ! 廃教会のほうだ! 速くにげろー!」


 再び起こる爆笑の渦。


「ゾンビは墓場に出るんだよ?」

「ほら、飯とカネ恵んでやるからおまえら帰れよ」

「俺たちも暇じゃないんでなぁ!」


 三度嘲り、客達は少年たちを完全に無視、自らの話題に戻っていく。

 彼らふたりは身を寄せ合い、唇をきつく噛むと「ホラじゃない!」一際大きく叫んで、きびすを返し、立ち去っていった。


「可哀想にな、親父がほら吹きホフキンスだったばっかりに」

「でも、血は繋がってないんだろ? ホフキンスがだまして連れてきたって話じゃないか」

「あいつはよそから来た客人や冒険者を騙してからかうような最悪のほら吹きだったからな……」

「けどよ、子どもの面倒はちゃんと見てたぜ?」

「だったらあんなガキには育たないよ、あー、可哀想にねぇ」


 そんな会話が飛び交うなか、私の首が浮いた。

 見遣れば、クロノが座った目つきをして、少年たちが去って行った方を見詰めている。


「追いかけるわよ。追えるでしょ?」

「もちろんでさ」


 二つ返事で是と告げる。

 私の聴覚は、そして彼女の嗅覚も、まだ少年たちを補足していやしたし、なにより放っておけやしねぇ。


 彼は嘘をついていなかった。


 他ならない、私の聴覚がこれを証明している。

 なら、何かがあるんだ、見過ごせるもんかい。


 その旨を姐さんに告げると、彼女は強く頷き、代金をテーブルに置くと、一息に駆けだした。

 とても先ほどまで酔い潰れていたとは思えない足取り。

 彼女が一流の冒険者であることを思い出す。


「見えた」


 すぐに少年たちの姿を捉えられたのは、彼女が斥候せっこうとしてもズバ抜けていたことの証明であり。

 なにより、彼らが懲りることもなく同じ行動を続けていたからに他ならなかった。


「バケモノが出たぞー! ゾンビだぞー! はやく逃げろー!」


 住民達に対する、避難勧告。

 ……なにが彼らをそこまで必死にさせるのか、私にゃわからねぇ。

 本当にバケモノがいるのか。

 わかる範囲で聴覚へ集中するが、いまいちピンとこない。ゾンビと出くわしたことがないからか、それとも本当は存在しないからか。


「キリィ。悪いんだけどさ」

「彼らの話を聞きたい、でしょ? 接触しましょうや」

「いいの?」


 驚いたように目を丸くするクロノだったが、いいも悪いもない。


「本当にバケモノがいるんなら、対応が必要でさ。自分たちの命を守るためにも。いないのなら……単純に彼らが心配です」


 真面目に話せば、クロノはしばらく考えて。

 なんともイヤらしい笑みを浮かべた。


「キリィって、ひょっとしていいやつね?」


 渋面じゅうめんになる。


「そうと決まれば、急ぐが吉!」


 即座に、獣人特有の身体能力で加速した彼女は、少年たちの前に飛び出る。

 面食らった様子の彼らに、我らがモフモフ狐おねーさんは啖呵たんかを切るのだった。


「バケモノの居場所を教えて。ぶっとばしてやるから!」



§§



 颯爽さっそうと逃げられた、子ども達に。

 そりゃーそーでしょうよー。

 だって、ドー見ても私たちは不審者ですしー。


「身体無しデュラハンがいけなかったわね」

「アルコール臭ヤバヤバ獣人が怖かったのでは?」

「ハァ?」


 めっちゃすごまれた。

 やめましょうや、この話。私に分が悪すぎる。

 というわけで、成り行き上このまま無視というわけにも行かないので、少年たちの住居を探すことに。

 これは、そのあたりのひとたちに聞けば一発だった。

 ……少年たちの養父の、悪い噂とともに。


「ホフキンスの子ども達だろ。ありゃあ可哀想だよ」


 硬くなったパンを売っている老婆が、言う。


「ホフキンスは、小さい頃から手のつけられないあくたれでね。嘘ばっかりホラばっかり吹いていたんだ。やれ、ドラゴンが出た、羊がスライムに襲われている、野党が出たってね。そうやってひとをからかって、町の人間に相手にされなくなると、今度はよそから来る冒険者や商人を騙すようになった。目的? カネが欲しかったのかって? 違うよ、あの子はただ、手のつけようがない嘘つきだったのさ。なに? 先が知りたい? だったらパンを買いな。客でもない相手に無駄口を叩く余裕はないよ」


 すごい顔をしたクロノをなだめ、パンを購入すると、老婆は「ふえっへっへっ」と笑う。


「ほら吹きホフキンス、嘘ついた。ひとつ、ふたつ、たくさん、嘘ついた」


 まるで童謡でもうたうかのように、老婆が続ける。


「あの子は騙したよ、いくつも騙した。その日も同じようにしたさ。冒険者に、『人買いの野党が町の外に住むついているんです、なんとかしてください』って泣いて懇願こんがんした。嘘泣きさ、自由に涙を出せる男だったからねぇ。そしたら冒険者は、案内しろとホフキンスに言ったのさ」


 いまさら嘘を引っ込められないので、ホフキンスは案内をした。

 適当なところで冒険者をいて、道に迷った彼らを嘲笑ってやろうと考えていたんだねぇと、老婆は言う。


「ところが、連れて行った先には本当に野党がいて、そいつらは人買いだった。冒険者は野党どもをやっつけて……そいで残ったのが、あの子たちよぉ。親族も親兄弟もいない、商品でしかない子ども達。ホフキンスはね、それをよりにもよって、自分のものにしちまったのさ。そうして、奴隷のようにこき使って、自分の身の回りの世話をさせて、それで先日失踪しちまった。無責任極まりないねぇ。で、残されたのが」


 すっかりホフキンスに洗脳された子ども達だったと、老婆は話を結ぶ。


「いや、そこで終わらないでよ。聞いてるのは居場所だってば」

「なんだい獣人はけちくさいね、金勘定かねかんじょうはおまえらの得意分野だものねぇ! もっとパンを買ったら教えてやるよ!」

「この業突ごうつくババァ……」


 ギリギリと歯ぎしりしつつ、財布を再び取り出すクロノ。

 そういえばパーティーの会計は彼女がやっている。

 いま老婆が語ったように、獣人は金勘定に向いているらしい。


「ふぇっへっへ。まいどあり。あの兄弟なら、廃教会の近くにあるあば、ホフキンスの家に住んでるよ」


 ようやっと目的の情報を手に入れた私らは、一路廃教会へと向かう。

 そこで、おぞましい現実を見ることになるとも知らずに。

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