第7話 セーブポイント
アリアは事務所のソファに座り流されたばかりの動画に目を通す。
『ひときわ、大きな歓声です!』
『白銀カレンですね。元々モデルとしての仕事も多いからか、慣れたウォーキングですね』
画面から流れてくるのはガルコレの映像だった。
舞台の袖から見たときとは、また違う。
正面からスパンコールが散らされた衣装を着たカレンを見ると、まるで照明さえ計算されたように光り輝く。
その煌めきにアリアは目を細めた。
「いいわ」
「一体、何回見れば気が済むんですか……」
ソファの後ろに立つ小暮が呆れたように重いため息を零す。
アリアは後ろを振り向こともなく答えた。
「いいじゃない」
(袖の近さも良かったけど、やっぱ正面サイコー!!)
ほんと、トップバッターをさっさと終わらせて良かった。
時間的にはアリアがトップで、カレンが間にモデルを挟んで5番目。
終わってから衣装を着替えることもせずに、袖で待機した。
もっとも帰ってくる場所は同じ場所だから、半分ちょっとだけしか見れていない。
血の涙を流しそうになりながら、アリアは着替えに戻ったのだから。
「はぁ、白銀さんはほんと、こういう舞台が似合いますね」
「ほんとにね」
アリアは小暮の言葉に深く頷いた。
いくら魅了の衣装を着ているとはいえ、カレンの舞台映えの良さは目を見張るものがある。
観客の反応も圧倒的で、カレンが決勝に残れたのも納得できた。
(とりあえず、決勝まで残ってくれてよかったー)
これでカレンが主人公ルートなのはほぼ確定だろう。
あとは、超絶ボーダーラインを聴くために、トゥルーエンドに持っていくだけ。
そのためにはーーアリアは見終わった動画をストップさせま。
「さて、対戦相手も決まったし、挨拶に行こっか」
パソコンを畳んだ音が事務所に響く。
小暮が口の端をひくひくさせながら、アリアの前で盛大に首を傾げた。
「えぇっと、本気ですか? 辞めときません?」
「必要なことだから」
アリアはばっさりと首を横に振る。
小暮がどんなに嫌そうにしたって行く。
決勝にカレンが進んだから、はい、終わりで済むならいい。
だが、白銀カレンの今のステータスでは、その前に躓く可能性がある。
「この間のガルコレから、白銀カレンの人気は右肩上がり……わざわざ敵陣に飛び込む必要もないでしょ」
「何言ってるの」
アリアは口の端を歪めた。
わざわざ、敵陣に飛び込む必要はない?
アリアにとっては、まだカレンのステータスは敵になるほどではない。
カレンにはもっと伸びてもらわないといけないし、そうなることをアリアは知っている。
(カレンちゃんが伸びるのなんてわかってたでしょ!)
今まで自由にさせてくれたのは、カレンが伸びると思っていなかったからなのか。
それはアリアの逆鱗に触れる部分だ。
推しを侮られては堪らない。
だが、表面の黒澤アリアはそんな感情を一つも出さずに目を細めた。
「敵陣に飛び込まなければ、わたしの相手を近くで見れない」
白銀カレンが黒澤アリアの相手になるのか。
もう一度見極める必要がある。
だって、麻友の目的はカレンが限界を超えた先で歌う曲【超絶ボーダーライン】なのだから。
「白銀カレンにはアイドルとして足りないものがある。それを教えておかないと」
「……それはアリアさんの仕事じゃないですよね」
小暮のもっともな一言にアリアは頷いた。
本来であれば白銀カレン陣営自体が気づかなければならない。
だが、急ピッチで白銀カレンを成長させたのはアリアだし、その弊害で白銀カレンの陣営は周りが見えていない可能性がある。
(カレンちゃんは素敵だから、それもわかるんだけどね)
アリアは視線を窓の外に向けた。
カレンには致命的な弱点がある。
黒澤アリアはそれを知らしめる必要があるのだ。
「持ち上げるだけの無能ばかりじゃ、すぐにこの世界で足をすくわれる」
「いつから、そんな面倒見がよくなったんですか」
小暮の視線が突き刺さるように、アリアを見ていた。
だがアリアは逃げずにそれを受け止める。
「白銀カレンに会ったから」
アリアが静かにそう言うと、小暮は少しだけ眉を下げた。情けない顔だ。
まるで泣きそうな顔で、小暮は唇を尖らせる。
「彼女より、アリアさんの方がアイドルとして優れています」
震える声が嬉しい。
そんなことをアリアは頭の片隅で考えた。
彼女がアリアを本当に一番のアイドルだと思っているのがわかったからだ。
「わたしはわたしが一番だって知ってる。だからこそ、わたしを超えるアイドルを見たい」
素直に自分の言葉を伝える。
カレンをここまで育てられたのは小暮の協力があったからだ。ラスボスのアリアにこんなに親しいマネージャーがいたなんて知らなかった。
(黒澤アリアが一人じゃないと知れただけで、良かった)
言葉にできない想いを込めて、アリアは小暮に微笑んだ。
ふいっと小暮が顔を俯かせ、目元を拭う。
小暮はきっと、黒澤アリアの願いをわかっている。
自分を超えるアイドルが見たいーーそれは黒澤アリアの敗北を示しているのだから。
「知りませんからね」
「ええ」
小暮からの忠告も、アリアを止める事は出来ない。
だって、そのためにアリアはアイドルバトル中も努力を続けていたのだから。
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