夜光虫~朱のマジシャンが拾ったのはヴァンパイア一号

いすみ 静江

01 朱のマジシャンが拾ったのはヴァンパイア一号

たき先輩! がんばって」

悠輝ゆうきくーん」


 俺は亜慈あじ高校の花形で、高校生猿待さるまちやま山岳駅伝を飾ろうとしていた。

 だが、直ぐ後ろに一年生がきている。

 確か永露ながつゆいとって男子はちょっといい女の顔しているヤツだ。

 その後の他校は見えない。


「僕が抜く! 先輩」

「どちゃくそ、俺だって」


 頂上にあるゴールを目前にふっと気が緩んだ。


「え、こけたか……」


 ◇◇◇


 ピタッとしたシャツに短パン襷姿だったが、質素な薄茶の半袖上着と膝丈のズボンにズタ袋を背負っていた。

 思いっきり違和感を覚えた。


「ゴールはどうなったんだ」と、間抜けな質問を自分に投げたが、分からない。


 カーカーカッコウと、鳥らしきものが啼いている。

 俺は動物は嫌いではないが、樹が吠えているのもなんかいやらしい。

 高い所に葉を蓄えて木陰が落ちてきやしない。


「あっちいな。太陽さんよ、燃え盛り過ぎじゃない?」


 急に耳鳴りがしたかと思うと鳥の声が聞こえなくなった。

 その代わり紫の大きな蝶が金粉にまみれて現れたが。


 ――ハルキ・タキよ、あの厩に入るのです。


「誰だ! 確かに滝悠輝だが。蝶々さんは女神でもないらしいな」


 ――バタフライは仮の姿です。私の真の姿を見ると彫像になってしまいますよ。いいでしょう、名を明かします。私は夜光虫やこうちゅうです。私の鱗粉で命運が変わる力があります。浴びますか。


「妙な圧があるな。木陰を求めていたが、いいや。厩にしよう」


 逃げ水でもあったかのように、遠くにあった厩がもう迫っていた。

 とにかく暑いのは避けたい。ついでにバタフライにアバヨしよ。


「へーい、お邪魔っすよ」


 誰もいないと思いつつ、断りは入れるもんだ。


「お前は、ヴァンパイア一号いちごうか? 夜光虫からくると聞いたばかりだ」

「ヘンテコな名前で呼ぶな。俺はヴァンパイアでも一号でもない。正真正銘の人間、滝悠輝だ」


 自分に向けて親指を振る。


「僕はあけのマジシャンらしいよ。さあ、拾ってあげるよ、ユウキ」

「俺は落としもんじゃないが」


 コイツに苦い顔をしてやった。

 でも思い当たるとすればだ。


「ん……。じゃあ、夜光虫に導かれたのか?」

「そう、イト・ナガツユだ。漢字では永露絃、と」


 彼が空に文字を書いた。


「もしかして、日本人か?」

「そうだよ。だけど、朱のマジシャンが僕でヴァンパイヤ一号が君だろう?」


 咳を二つして、俺は断言した。


「あれは、夜光虫の遊びじゃないか」

「順応が早いね。僕らは元の世界にいない。山岳駅伝から消えたんだ」

「じゃあ、海外か? 追い剥ぎにでもあったか」

「持ち物にお金があるだろう。単位はルリラらしい」

「ん……。ズタ袋か」


 コインばかりで紙幣がないが、硬貨が巾着に入っていた。


「多分、銀だ。銀貨なのだろう」

「だな。重さを量って使うってこと」

「価値は分からねえが幾ばくかあるな」


 彼は巾着に入った自分のお金を広げてみせる。

 銀じゃない。

 それは金貨だった。


「僕のがこれ。知ったところで使い道がないだろう」

「お、さっきからいいたかったことを一つ思い出した。どうして俺がくたびれた服で、お前が貴族の恰好なんだよ」


 彼はお金を集めて懐に仕舞い直す。


「誘拐なんだろうか……」

「誰得な話だな」

「一号は僕の血を吸えばいいだろう? 腹が減ったらさ」

「俺が? がぶって?」


 僅かに彼の肩が震えている。


「寒いのか?」

「これから寒くなるの。血を吸われたら寒くなるでしょう」


 待ってんのか、コイツ。


「いただきまーす」


 さっと避けられた。

 そして俺は俵山に頭から突っ込む羽目に。


「痛くしないから」

「アンタは呑気でいいな! 僕はマジシャンだとしてもこの先食べていく術が分からないよ」


 気が立っている。

 どんな雌鶏?


「今夜はヒヨコの気分で寝よっか、朱」

「どんな気分……」

「だからさ、お互い敵じゃないってこと。ピヨピヨないて無垢なヒヨコ気分なら襲ったりないだろう?」


 ん?

 間が空き過ぎる。


「そうだね。藁で寝床を作って休もう。明日にはなにかあるかも知れない」


 べと——。


「な……」

「どうした朱」

「鼻水つけられた……。目下敵は馬かも知れない」

「拭いてやるから、背中見せてみ?」


 素直らしいな。

 イトは俺を脅かすランナーだったが、こうしてみると愛嬌がある。


「藁でいいか。はい、ごしごし」

「ティッシュないのか。厩だしな」

「藁でティッシュ作れたらいいだろ」

「和紙なら、コウゾなんだけどな」


 なんとかサンキューをもらえた。

 三秒で睡眠に落ちた朱のマジシャン。

 それも芸じゃないの。


「おやすみん」

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