第23話

翌朝。

私は、久しぶりに、ぐっすりと眠れた。

ふかふかのベッド。静かな部屋。

そして、食堂から漂ってくる、焼きたてのパンと、

昨日作ったばかりの、甘いジャムの香り。


「んん……。あさ……」


目を覚まして、ベッドから身を起こす。

なんて、穏やかな朝。

これぞ、スローライフの第一歩、って感じだ。

今日は一日、宿屋の看板娘として、

のんびりジャムを売るのもいいかもしれない。


私が、そんな平和な未来を思い描いていた、その時だった。


ガチャッ!


部屋の扉が、勢いよく開かれた。


「ルナリア様! おはようございます! 本日の『森の生態系・現地調査』、準備万端、整いました!」


そこに立っていたのは、

私の、超過保護で、超有能で、

ちょっと(?)ズレてるメイドさん。

……の、格好をした、誰か。


「…………え?」


私は、自分の目を疑った。

セレスティアは、いつものシックなメイド服じゃない。

まるで、秘境にでも挑む探検家みたいな、

カーキ色の、ものものしい活動服に身を包んでいた。


額には、暗視ゴーグル付きのヘッドライト。

腰には、大小さまざまなポーチがびっしりとついたベルト。

背中には、通信アンテナみたいな棒が突き出た、

巨大なバックパックを背負っている。


「……セレスティア?」

「はい、セレスティアですが?」

「その格好、なに?」

「はい! こちら、私が一夜にして開発しました、対・森林調査用『メイド・エクスプローラー』装備一式でございます!」


彼女は、ビシッと敬礼してみせる。


「ルナリア様、ご安心を。貴方様用の装備も、もちろんご用意しております」


そう言って、彼女が差し出してきたのは、

フリルとリボンが満載の、

ピンク色の、可愛らしい探検服だった。

……うん、知ってた。


「あの、セレスティアさん?」

「はい、ルナリア様!」

「私たちは、ベリー畑を作るための、下見に行くだけだよね? 隣の森に、ちょっとお散歩しに行くだけだよね?」

「その通りでございます!」

「なんで、これから魔王城にでも殴り込みに行くみたいな、重装備なのかな!?」


私のツッコミに、セレスティアは、

心底不思議そうな顔で、首を傾げた。


「万が一、という事態に備えるのは、メイドとして当然の心得です。例えば、未知の毒性花粉に遭遇した場合、こちらの【対汚染タクティカルゴーグル】がルナリア様の御目を守ります」

「うん」

「土壌の魔力汚染度を計測する必要があるかもしれません。そのための【携帯型・ソイルアナライザー】も完備しております」

「うん……?」

「森の精霊との円滑なコミュニケーションを図るため、こちらの【精霊周波数・チューニングフォーク】も……」

「もういい! わかった! わかったから!」


私は、観念して、

ピンクの探検服(フリル付き)に、袖を通した。

セレスティアが用意してくれた、

ふわふわのブーツも、履き心地は、悪くない。


「……なんだか、遠足みたいで、ちょっとだけ、ワクワクしてきたかも」

「はい、ルナリア様! 本日の調査計画書(オペレーション・スターライトフリーダム)はこちらに!」

「作戦名までついてるの!?」


分厚い羊皮紙の巻物を見せられ、

私は、今日一日の、過酷な(主にツッコミで)道のりを予感し、

遠い目をするのだった。


食堂に降りると、

私たちの格好を見たエララさんが、

目を丸くしていた。


「まあ、二人とも、可愛い格好して。本当に、ピクニックみたいだねぇ」

「えへへ……」

「森に行くなら、気をつけるんだよ。あそこは、昔から、気難しいきのこの子たちがいるからねぇ。怒らせると、泥を投げてくるからね」

「きのこの子……?」


エララさんの、のどかな忠告。

それが、のちに、

とんでもない騒動を引き起こすことを、

この時の私は、まだ知る由もなかった。






「まずは、先日浄化した泉より、調査を開始します」


森の中。

セレスティアは、例の分厚い計画書を広げ、

テキパキと指示を出す。

完全に、隊長の風格だ。


私たちが、森の心臓である泉にたどり着くと、

そこは、昨日とは比べ物にならないくらい、

穏やかで、美しい場所に変わっていた。


泉の水は、キラキラと輝き、

私たちの周りを、小さな光の精霊たちが、

嬉しそうに、くるくると舞っている。


「うわぁ、綺麗……」

「……素晴らしい。汚染濃度、0.003%未満。魔力循環も、完全に正常化しています」


私が、精霊たちと戯れている横で、

セレスティアは、例のハイテク(?)装備を次々と取り出し、

本格的な調査を開始した。


地面に、金属の杭を打ち込み、土壌サンプルを採取。

水面に、謎の液体を垂らし、水質をチェック。

チューニングフォークを、キーン、と鳴らして、

精霊たちの反応を、記録クリスタルに録音している。


「被験体:星明かりのベリー(学名:フラガリア・ノクターナ)。最適土壌pHは6.2〜6.8と推定。月属性の魔力親和性が極めて高く、特に、満月の夜に活性化する傾向が……」


ぶつぶつと、専門用語を呟くセレスティア。

……私、なんか、手伝うこと、あるかな?


手持ち無沙汰になった私は、

ふと、思い出した。

『第二の試練』で、私が奏でた、あのメロディ。


私は、口ずさむように、

静かに、あの曲を、ハミングしてみた。


きらきら、ひかる……お空の、星よ……


すると。

私の周りを舞っていた精霊たちが、

一斉に、さらに輝きを増し、

私の歌声に合わせて、楽しそうに、踊り始めた。


「わっ……!」


歌い終わると、

精霊たちは、お礼とでも言うように、

近くの茂みから、一番熟した、

星明かりのベリーを、一粒、私の手のひらに運んできてくれた。


「……ありがとう」


なんだか、心が通じたみたいで、

すごく、温かい気持ちになる。


「ルナリア様」


いつの間にか、調査を終えたセレスティアが、

私の隣に立っていた。

その手には、びっしりとデータが書き込まれた、

調査レポートが握られている。


「今の歌……やはり、ルナリア様の魔力には、

他者の心を、穏やかにする、特殊な波長が……」

「ううん、違うよ」


私は、彼女の言葉を、そっと遮った。


「私が、特別なんじゃない。

ただ、心が通じただけだよ。

私と、この森の心が」


それは、前世の私には、決してできなかったこと。

今の私だからこそ、できること。

技術や、知識じゃない。

心で、対話すること。


それが、私の、新しい力なのかもしれない。


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