第6話 それぞれの成果


Side A:レイナルト=フォン=グランシュタイン


 政府の学者たちとともに、我は「地熱発電」なる術に挑んでいた。

 だが、どうやらこの世界の人間には『魔力』というものが欠けているらしい。


「グランシュタイン様、地脈が反応しません……」


「ふむ……魔力を持つ存在を探せばよい。」


 そう呟いたとき、一匹の猫が足元にすり寄ってきた。

 黄金の瞳がきらりと光る。

 その輝きに、どこかあの『古代王の金貨』と同じ波長を感じた。


「……貴様か。大地の霊脈を感じ取れるのだな。」


 我は猫を抱き上げ、地脈の管理を託した。

 猫が地面に爪を立てる。

 すると、大地が静かに唸り、熱が巡り始めた。


 学者たちは息を呑み、役人たちは一斉にメモを取る。


「よし……我は地脈に水を誘う!」


 我は呪文を唱え、大地に炎を注ぎ込んだ。

 轟音とともに、熱水が噴き上がる。

 白い蒸気が天を突き、硫黄の香りが立ちこめた。


「見よ! これぞ文明と魔導の融合!」


 大地を震わせた地熱の炎は、やがて『湯けむりの里』を生んだ。

 温泉があふれ、発電塔が建ち、夜には街全体が光で満たされた。

 湯気と電灯が混ざり、星々と競うように輝く――まさに奇跡。


 役人たちは書類を振り回し、興奮した声を上げた。


「経済効果は数百億規模!」

「新エネルギー政策の突破口だ!」


 どうやらこの世界では、神託を数字で表すらしい。


 だが、民の喜びはもっと素朴で、もっと尊かった。

 寒さに震えていた老人が湯に浸かり、「ありがてぇ……」と涙を流す。

 農夫が電灯の下で夜遅くまで種を選り分け、

 子どもたちが勉強机で、光を頼りに文字を覚える。


 その光景に、我は深く胸を打たれた。


「炎を戦に使うのではなく、人を照らすために使う――

 これこそ、神託の示す道……!」


 その中心にいたのは、あの黄金の瞳の猫だった。

 地脈を読み、湯の源を導いたその猫は、いつしか村人によって祀られることとなった。


「お猫さま! 地熱の神よ!」


 白い紙垂で飾られ、鈴を首にかけられた猫は、どこか誇らしげに毛づくろいしていた。

 新聞の見出しには、こう踊っていた。


〈地熱神社誕生! ご利益は『ぽかぽか経済』――観光庁もヨロコンデ。〉

 猫がくしゃみを一つすると、村人が叫ぶ。


「神風だ!」


 ……いや、あれは花粉症であろう。


 だが民が笑顔なら、それでよい。

 炎の力が、戦ではなく幸福を灯すものになったのなら。


 やがてその地は温泉街として栄え、参拝客と観光客で賑わった。

 猫は「地熱の神」として人気を集め、

 土産物屋には早くも「お猫さまタオル」や「地熱せんべい」が並び、行列ができていた。


「おお、神よ……これでこの地の民も、豊かに暮らせるだろう。」


 我は金貨を握りしめ、静かに祈った。

 そのとき――遠く離れた別の世界でも、同じ光が確かに瞬いた。


 

Side B:池田祥子


 私は芋を広めるだけでなく、さらに知恵を注いだ。

 焼き芋、芋ようかん、芋チップス――まさに『おやつ革命』だ。

 さらに発酵技術を使い、酒造りにも挑んだ。


「でんぷんを糖に分解して、酵母で発酵! はい、お酒完成!」


 領民たちは目を丸くした。


「おお……これは神々の飲み物……!」


「だって、飲みたかったんですもの。」


 けれど、ふと気づいた。

 みんな小柄で、どこか元気がない。

 弱々しく咳をしていて、笑っていても顔色が悪く、やせ細っている。


「……おかしいな。お芋もいっぱい食べたはずなのに。」


 私は手のひらをかざし、スキルを発動した。


 ――鑑定!


《クロッサス症候群:腸内に潜む病原菌群によって、慢性的な栄養不良を引き起こす風土病。》


「え? 栄養を横取りする菌がいるってこと!?」


 さらに解析を進める。

 感染経路:接触・経口。

 体内で繁殖するが、アルコールにより死滅する。


「これって……私の出番じゃない?」


 私は即座に酒を蒸留し、高濃度のアルコールを生成した。


「高濃度エタノール、異世界製造成功! さぁ、行くわよ!」


 それを村中に配り、徹底的に消毒を指導した。


「おいしい酒と、健康な体を手に入れよう!

 食べ物に触る前に消毒!

 食器を使う前に消毒!

 テーブルも消毒!

 最後に自分の手も消毒!」


 最初は誰も信じなかったが――。

 数日後、村から咳が消えた。

 子どもたちが走り、笑い、食べ、眠る。

 老人たちが「身体が軽い!」と喜んで畑に戻る。


 疫病は、あっけないほど速やかに終息した。


「消毒のショーコちゃんよー!」


 子どもたちは歌いながら、アルコールボトルを振り回した。

 商人たちは「ショーコ式消毒液」を売り歩き、街には次々とポスターが貼られる。

 焼き芋祭りと並んで、今や『消毒祭り』まで開催され、観光客が押し寄せた。


 健康を取り戻した領民はみるみる力を増し、『三倍動ける!』と喜びながら、畑仕事に精を出す。

 市場は活気づき、笑い声が絶えなかった。


 そんなある日、領主が私の前でひざまずいた。


「ショーコよ。汝は余に『焼き芋無双流』を授けてくれた。

 我はここに、免許皆伝を受けたものとする!」


「いや、それ武道じゃないですから!」


 私のツッコミは歓声にかき消され、村人たちは叫んだ。


「免許皆伝だー!」


 笑いに包まれる中、私は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じていた。

 自分の知識で人を救えるなんて、思いもしなかった。


「……わたし、がんばったよね。」


 そう呟き、金貨をそっと握りしめる。

 その瞬間、金貨はやわらかく光り、手の中で脈打った。

 まるで「その通りだよ」と優しく語っているように。


 その夜、金貨の光は二つの世界をまたぎ、

 湯けむりの空と、焼き芋の煙をひとつにした。

 同じ星の下で、笑う声がこだました――。


「ヨロコンデ!」

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