第5話 神託
Side A:レイナルト=フォン=グランシュタイン
古代王の金貨を握りしめ、我は再び声に耳を澄ませた。
金貨は手の中で脈打ち、虹色の光を放っている。
『神よ! 我は導きに従う者なり!』
『あの……神様、焼き芋ってどう焼けばいいんですか?』
相変わらず、言葉の意味はかみ合わない。
しかし、その瞬間――。
空気が震え、第三の声が割り込んできた。
『……それぞれの世界で、なすべきことをなせ。
さすれば道は一つになる。
やがて願いはかなうだろう。』
低く荘厳な響き。
金貨が虹色に輝き、部屋中が光に満たされた。
――本物の神だ。
我は胸を震わせ、金貨を高く掲げた。
窓から差し込む朝日と混じり合い、世界が神光に包まれる。
「神よ……! 我が命、この身、この力、すべてを捧げよう!」
そのとき、ちょうど内閣府の役人たちが部屋へ入ってきた。
書類を抱え、眼鏡を直しながら、彼らは切り出した。
「グランシュタイン様。
先日の温泉の力を応用して――地熱発電ができないでしょうか?」
「地熱……! 大地の炎を制御し、民の糧とする術か!
それはまさに神の御心!」
我は胸を打たれた。
神託の意味が、ついに繋がったのだ。
炎を戦ではなく、癒しと繁栄のために使え――そういうことだ。
「思えば、我が世界では炎は常に争いの象徴だった。
街を焼き、敵を討ち、力を誇示するためのものだった。
だがこの世界では、炎が人を温め、光を生み、命を支える。
……これぞ文明の叡智、神の奇跡!」
「地熱発電の意義を、ここまで理解していただけるとは……」
黒服の一人が震える声でつぶやいた。
「大地の炎を平和に転ずる……! これぞ神託の示す道!」
我は拳を握り、熱き決意を胸に刻む。
炎の力を、人々のために。
(……いや、こっちはただの省エネ政策なんですが)
役人の誰かが心の中でつぶやいた。
だが、誰もそれを口にできる勇気はなかった。
「それでは早速まいりましょう。
――おっと、その前に、牛丼でしたな。」
「うむ。あの店の給仕の娘には、すっかり世話になった。
今日も我が行くことで、歓喜の声を上げるであろう。」
「はい、ヨロコンデ。」
こうして神託を受けた炎の魔導士と内閣府の黒服たちは、
まず牛丼屋へと向かうのだった。
Side B:池田祥子
金貨を握りしめ、私は必死に神に訴えた。
「お願い神様! 『芋嬢さま』って呼ばれるの、もうやめさせて!
ていうか、どうせなら――おいしい焼き芋にして!」
その瞬間、金貨が熱を帯び、広間全体がまばゆい光に包まれた。
空気が波紋のように震え、金貨の奥にもう一つの世界が見える。
まるで誰かが、別の場所からこちらを覗いているようだった。
そして――低く荘厳な声が響く。
『……それぞれの世界で、なすべきことをなせ。
さすれば願いはかなうだろう。』
「えっ……今の声、ガチの神様!?」
心臓が跳ねた。背筋が凍るような威厳。
でも、不思議と胸の奥が温かい。
軽口も迷いも、すべて見透かされている気がした。
だが次の瞬間、商業ギルドの使者たちが駆け込んできた。
「芋嬢さま! 領民が『焼き芋』という菓子を欲しております!
どうすれば、あの芋を甘く香ばしくできるのでしょうか?」
「えっ……焼き方!? いや、そこ!?」
けれど――神の言葉が胸に残っていた。
なすべきことをなせ。
もしそれが、焼き芋を伝えることなら。
私は深呼吸し、皆の前に立った。
「いい? 石を熱して、遠赤外線でじっくり焼くの!
そうすればデンプンが糖に変わって、甘くなる!
ただの料理じゃない、科学の奇跡よ!」
領民たちは息を呑み、目を輝かせた。
「おお……また神々の秘術を……!」
「これで寒い冬も生き延びられる!」
子どもたちが「焼き芋! 焼き芋!」と歌い出す。
笛と太鼓の音が加わり、気づけば即興の祭りが始まっていた。
「芋嬢さま! 芋嬢さま! 焼き芋ポルカを!」
リズムに合わせて人々が踊り、紙吹雪が舞い、
どさくさに紛れて屋台まで立ち並ぶ。
「芋飴! 芋しるこ! 芋酒はいかが!」
次々と声が上がり、熱気が空を震わせる。
さらに、どこからか巨大な“芋神輿”まで登場した。
「わっしょい! わっしょい!」
民は踊り、歌い、笑い、そして――心から生きていた。
領主が最初の一本を手に取り、黄金色の芋を割った瞬間、
湯気が立ちのぼり、甘い香りが広場を包んだ。
「……うまい! 芋嬢さまの神託、ここに成就せり!」
その声を合図に、群衆は歓声を上げた。
「芋嬢さま祭りだー!」
笛と太鼓が鳴り響き、踊りは大円舞へ。
笑いと歌と熱気が、夜空にまで届いていく。
私は頭を抱えながらも、笑っていた。
もう止まらない。
神託は、もはや『文化祭』になった。
「……完全にお祭り騒ぎじゃない。
ああ、これってたぶん、みんながいっしょに笑える奇跡なんだね。
神託って、これでいいのかなぁ……。」
そのとき、手の中の金貨はやわらかく輝いていた。
まるで「それでいい」と、言ってくれているように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます