第3話 それぞれのチート的な何か


Side A:レイナルト=フォン=グランシュタイン


 聖典『殿方自身』に導かれ、我は「ボッチキャンプ」と呼ばれる勇者の修行に挑むことにした。

 孤独に耐え、大地に寝起きし、己を鍛える――戦場を離れた我に課せられた新たな試練である。


 森に分け入り、地に手を当てる。


「……感じるぞ、地脈のうねり……!」


 火炎魔導の塔の主として培った直感が告げた。

 ここだ。この地を刺激すれば、神々の力が目覚める……!


「我が魔力よ、大地を揺るがし、炎の恵みを解き放て!」


 ドゴォォォォン!!

 轟音が森を震わせ、大地が裂けた。

 真紅の閃光とともに熱水が噴き上がり、瞬く間に蒸気が天へと昇る。

 硫黄の香りが鼻を突き、白き柱はまるで竜の吐息のように立ち昇った。


「……これは……温泉だと!?」


 熱き湯の飛沫を浴びながら、我は拳を握った。


「やはり勇者の修行は、大地の恵みを呼ぶのだ!」


 湯気に包まれたその瞬間、我は思い出した。

 戦乱で荒れ果てた故郷、飢えに泣いた民の顔――。


「神よ……この力を、今度こそ人々を救うために……」


 ◇


 その光景を、近くのキャンプ客がスマートフォンで撮影していた。


「謎の外国人がキャンプ場で温泉掘り当てたwww」


 動画はSNSで爆速拡散した。

 #謎の温泉おじさん

 #バスローブ魔術師

 #地面からドゴン

 #ボーリングマン


「CGだろ?」

「いや、本物っぽいぞ!」

「これ、魔法じゃね?」


 コメント欄は大荒れとなり、やがてその映像は政府の目に届いた。


 ◇


 内閣府・極秘会議室。


「……地質学的に説明がつきません。自然の温泉ではありえない噴出です。」


「つまり、異界の存在が現代日本に介入した――と?」


「転移者。その可能性が高いかと。」


「総理、バズってます。」


 研究官の一人が青ざめた顔で報告する。


「さらに……件の人物が提示した通貨は、『古代王の金貨』でした。」


 会議室にざわめきが走る。


「まさか……伝説の……!」


 年配の官僚が机を叩いた。


「古代リディア王国滅亡以降、この金貨が現れるたびに――

『国が三日以内に滅んだ』と記録されている!」


「三日!? 早すぎるだろ!」


「滅亡の理由も毎回違う!

 一度は酒におぼれた王が暗殺され、

 二度目は肉牛の飼育失敗からの牛の暴徒化、

 三度目は小麦の買い占めによる穀物騒動でクーデター!」


「そんな伝承、本当に信じていいのか!?」


「だが史書には確かにそう書いてある!」


 沈黙。

 そして、結論が下された。


「……保管も研究も危険すぎる。唯一の方法は――」


「本人に返すことだ!」


「そうだ、『呪いは術者に返せ』って、うちのばあちゃんも言ってた!」


 ◇


 だが当の本人は、そんな事態など露知らず。

 立ち昇る湯気の中で両手を組み、ただひたすらに祈っていた。


「この湯は神々の褒美……。

 争いなき世界でも、人々は癒しを求めて山と向き合うのだな。

 我も、彼らの安寧を祈ろう。

 必ずや、この世界を救ってみせる――」


 湯けむりの向こうで、スマホのレンズが光った。



Side B:池田祥子


 収穫したヤマノイモと豆を、花と旗で飾り立てた荷馬車に積み込む。

 太鼓と笛の楽師が先導し、私と父は堂々と市場へ向かった。


 鈴の音、歓声、そして「芋嬢さま商隊」の旗。

 通りの人々が手を振り、花びらをまいて迎えてくれる。


「芋嬢さまのお通りだ!」

「今年も豊作をありがとう!」


 市場はまるで祭りの凱旋門。

 香ばしい焼き芋の匂い、紙吹雪のように舞う花弁、笑い声の渦。

 荷を広げると、領民たちが歓声をあげて押し寄せ、銀貨を手に取引が始まる。

 収穫の恵みが人々に行き渡るたび、太鼓が高鳴った。


「ショーコよ、農業は収穫だけではなく、取引が要なのだ。」


 父の言葉に、私は思わずうなずいた。

 ……ほんと、それな。

 異世界なのに経済ニュースみたい。


 父が差し出してきた硬貨を見て、私は息をのんだ。


「これって……古代王の金貨!」


「先日、市場に流れたのを我が家が買い戻したのだ。」


 陽光を浴びて黄金に輝く金貨を、私は震える手で握りしめた。


「出所はグランシュタイン公――お前のおじいさま。

 そして、それを使ったのはお前だな。」


 あの金貨、もとはおじいさまのものだったのね。

 父は穏やかな目をして言った。


「古代王の金貨には伝承がある。

 民のために金貨を手放した王には、必ず繁栄が訪れる。

 だが、欲に使えば国は衰えるのだと。」


 そして私の肩に手を置き、優しく続けた。


「ショーコよ。

 この金貨を持つのなら、気をつけなさい。

 必ず『使うべき時』が訪れる。

 それまでこの金貨は、所有者のもとに帰ると言われている。」


 え? 遊んじゃダメってこと?

 今までの私は、楽して遊ぶことばかり考えてたな……。


 胸が熱くなり、思わず深くうなずいた。


 そのとき、広場に集まった人々が一斉に声を上げた。


「芋嬢さま! 芋嬢さま! 黄金の芋! 金貨より価値ある芋!」

「神々の芋だ! 豊穣の女神、芋嬢さまの芋!」


 太鼓と笛の音が合わさり、替え歌の合唱が始まる。

 花びらが宙を舞い、子どもたちは芋を掲げて行進。

 老人たちは涙を浮かべ、拍手を送っていた。


「やめろぉぉぉ! 凱旋式みたいにするなぁぁぁ!」


 笑いと歓声に包まれながらも、胸の奥には確かな自信が芽生えていた。

 知識を使えば、異世界でもちゃんとやれる――そう思えた。


 そのとき、手の中の金貨がほんのりと温かくなった。


「……民のために使ったから、喜んでるの?」


 金貨は柔らかく輝き、まるで『その通りだ』と微笑んでいるように見えた。


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