③
「あなたはバカなんですか⁉」
額にくっきりと十字架の形の火傷を負い、またゴロゴロと床を転げ回るその者に向かって、シスター・マリエが怒鳴った。
「どこの世界に、シスターに求婚してくる真祖ヴァンパイアがいるのです!? 私の生き血を狙おうとしているなら、何よりも浅はかですよ⁉」
「ち、違うよ! 僕は本気なんだってば!」
何とか体勢を立て直し、正座の格好で床に座るその者は、またじいっとシスターを見据える。今度は迷える子羊のように。
「……そりゃあ、始めは君の血を狙ってた事は認めるけど、今はそんなつもりはさらさらない! それどころか、この世界の誰よりも君を幸せにしてみせるよ! だから、どうか僕と結婚して下さい!!」
そう言うや否や、ついには土下座しながら頭をペコペコと下げ始めるその者。そんな姿を見て、シスター・マリエはこれまでの人生の中で最も困惑していた。
彼が普通の人間の男だったら、例えシスターといえども素直に嬉しさを感じていたし、信仰を捨てる訳ではないのだから、その手をすぐに取ったのかもしれない。
だが!
どうしても!
どうあっても、この壁は乗り越えられない。神様どころか、誰にも認められない恋になるのだから。
シスター・マリエは大きく息を吸い込んだ。
……よし。この提案なら、きっと大丈夫。最初から報われなかったものだと諭して、それから潔く闇の世界に帰ってもらおう。
「……そんなに、私と結婚したいのならば」
吸い込んだ息を吐き出しながら、シスター・マリエが言葉を紡ぐ。
「一つだけ、条件があります」
彼女がそう言った瞬間、その者はさも嬉しそうにぱあっと明るい表情を乗せた顔を持ち上げる。高まる期待に、牙を覗かせる口元はにっこりと弧を描いていた。
「そ、それは何!? シスター・マリエの為なら、僕は何でもやるよ!」
「そうですか。では、言わせていただきます……」
シスター・マリエは、握りしめたままだったペンダントの十字架をずいっとかざしながら言った。
「あなたが、真祖ヴァンパイアを辞める事です!!」
……。
一分後。教会の礼拝堂から、その者の悲痛な叫びがこだまして響いていった。
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